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龍の国にて  作者: しし
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3-8 小春日和


3-8 小春日和


「じゃあ、行ってくるよ」


野兎に軽く手を振り、清空と共に家を出た。


梨花のことが頭から離れなかった。

けれど今は、目の前のこの小さな時間を大切にしようと思った。


彼女は、私の手に提げた荷物を面白そうに覗き込む。


「さすが朱映。みんなにお菓子を買ってくるなんて……

皇子様は気遣いが違うね」


先に渡していた一つを手に、からかうように笑う。

私は、懐に隠していた組紐を静かに取り出した。


「……何それ?」


「君に。君を守るお守りになればと思って。

趣味が分からなかったから、色合いが好みじゃなかったら……許してほしい」


「え、組紐? 細いし、長いし、丈夫だね……

魔法を通したら武器にできるよ、これ。

えっと、すごく嬉しい。私、貰ってもいいの?」


清空の目を見て、私は静かに頷いた。


彼女はぱっと花が咲いたように笑った――

その場で組紐を髪に飾りつけた。


「あとでもっとちゃんと綺麗に結ぶね。……嬉しい。ありがとう」


少しはにかみながら、清空が私を見上げる。


「……私だけ?」


曖昧に微笑んで、正直に答えることにした。


「人間の女性には、君だけだよ」


清空は一瞬驚いたような顔をして、じっと私の目を覗き込む。


「……なんだ、アズールにもあるのね」


唇を尖らせ、少し拗ねたような顔になる。


「へぇ……私だけかと思ったのに」


「アズールにもあるけどね。意味合いが違いますよ」


「……ふーん。なら、許す」


いたずらっぽく笑いながら、組紐にそっと指を添えた。


その仕草を見つめながら、私は小さな幸せを感じていた。

あまりの清空の喜びように、アズールへの贈り物も気に入ってもらえるだろうかと、少しだけ不安になる。

――そう、彼には革製の縄跳びを選んだのだ。


人間の身体能力に関心を寄せる彼には新鮮に映ると思ったのだが、

よく考えると、彼自身は使えないかもしれない。

仕方ない。もう買い直すことはできない。


上機嫌の清空と共に、アズールの待つ岩場へと歩を進めた。



---


岩場に着き、私は縄跳びを使って飛んでみせた。

アズールは目を丸くして言った。


「へーっ、人間ってこういうので身体鍛えるの?」


やや好意的な反応だった。

だが、予想外の反応を示したのは清空だった。


「革、革製だよ! 高級品!

魔法の伝導、紐とか縄と全然違う!

これ、伸びるし縮むし、すごい……戦闘でも使えるよ、これ!」


清空は目を輝かせていた。


「アズール、これ見て!」


彼女の魔力に反応して、革製の縄跳びは自在に長さを変えていく。


「両端に持ち手があるのもいい! すごく使いやすい。

アズール、反対側を爪で持ってみて!」


アズールは片方の持ち手を、鋭い爪で軽く引っかけるようにして握ると、ふわりと空へ舞い上がった。


清空は地上からもう一方の持ち手をしっかり握り、魔力を注ぐ。

革縄はみるみるうちに伸び、アズールの高度に追いついていく。


「行くよ~!」


清空が魔力を強めると、縄跳びはぐんと縮まり、彼女の体がふわりと浮かび上がった。

空を舞い、アズールの手のひらまで舞い上がる。


「えー、すごーい!」


アズールと清空は大喜びで、何度も何度も同じ遊びを繰り返した。

夕方になるまで、岩場には笑い声が響き続けた。



---


岩場を後にして、私たちはまた村へ戻る。

夕暮れに染まる空の下、清空の笑顔は無邪気で、どこまでも明るかった。


――けれど、私の胸の奥には、うっすらとした不安が残っていた。

さっきの縄跳びを巡る浮かれたやり取りすら、明日には別の火種になるかもしれない。


「朱映ー! 早くしないと、みんな帰っちゃうよ!」


清空がはしゃぎながら私を急かす。

その上機嫌な様子に頷きながらも、私は少しだけ理不尽さを感じていた。



---


村の集会所に寄り、近くにいた子どもたちや女性に菓子を配る。

清空は子どもたちとはしゃぎながら、お菓子を開けて一緒に食べていた。

ふと春祝の時に陽仁と共にいた女性がいることにも気付く。

目が合い、頭を下げると、向こうもそっと頭を下げて挨拶をしてきた。



近づいてきた長にも一つ渡し、「ここにいない女性と子どもにも配ってください」と言付けた。


「おや、こんな年寄りにもくれるのかい? 済まないねぇ」


存外嬉しそうに、長はお菓子を受け取った。


ふと、梨花の姿が気になって周囲を見渡すが、今日は見当たらなかった。


「梨花ならば、しばらくは家で謹慎だよ。

まあ、いつまでにするかは悩みどころだね」


昨夜見せたあの絶対的な長の姿はそこにはなく、

今はただ、村の未来を静かに憂う老婆が立っていた。

長のことだ、どこまでが演技か本当か分からぬが、

多分全てが嘘ではないだろう。


心のどこかで、梨花にも良い未来が訪れればと願ってはいたが、

桂花に対する反射的な忌避感が、どうしても心から拭えなかった。


私はただ、「お疲れ様です」とだけ長に伝えた。


村は、長の権力と、三つの派閥の争いの中、絶妙なバランスで均衡を保っていた。


だが二年後、私のある決断はその均衡を崩し、村に混乱と争いを招いた。

そんなことは、このときは思いもしなかった。






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