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龍の国にて  作者: しし
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3-9 派閥

3-9 派閥


梨花の謹慎は春には解けていた。

今の彼女に咎があるわけではなく、謹慎を続ける理由は薄れていた。

村の中にも、外に親族を持つ者たちは一定数いて、彼らは梨花に同情的だった。それもあっての措置だったのだろう。


長は、三派閥――殲滅派、中立派、穏健派――の力や不満が一箇所に集中しないよう、巧みに調整を続けていた。

表向きの安定とは裏腹に、村には少しずつ焦りが滲み始めていた。

帝国皇子・蒼識空の成人が近づいている。

それに伴って、帝国が龍の捕獲を再開するのではないかという噂が囁かれていた。



私に問う者も、次第に増えていった。

「お前はどの立場に立つのか」と。



私は翡翠空のことを思うと、殲滅派に肩入れすることはできなかった。

あの眼差しの奥にあったもの――それは義務かもしれない。だが私を生かし、育ててくれたあの生活は、彼女の意思があった。



とはいえ、穏健派の言う「共存」には素直に頷けなかった。

私は、生まれながらにして「死んでも構わないが、生かせば使える」という扱いを受けていた。

期待も、愛情も、信頼も――私に与えられたことはなかった。

それが、私にとっての「帝国」だった。

だから、彼らを信じることも、託すこともできなかった。


清空の属する中立派に身を置くと決めたのは、自然な流れだったのかもしれない。


穏健派だった野兎は、私の判断に何も言わなかった。

ただ、「早まるな。命は大切にしろ」とだけ――それだけを、私に伝えてくれた。


徐々に痩せていく背中を見ながら、私はどこかに罪悪感を抱いていた。

最近では、咳込むことも増えた。

けれど野兎は、「年のせいさ」と笑い、いつも通りを演じていた。


ある晩、ふと目が覚めると、隣の部屋から小さな咳の音が聞こえてきた。

朝には何事もなかったように笑っていたが、握る茶碗がわずかに揺れていたこともある。

その笑みに、少しずつ翳りが差しているのが、私にはわかっていた。



日中、

アズールと清空と一緒にいつものように

丘の上で空をどのように飛ぶかを協議していた。

私の魔法で強化された清空と強化されない清空ではどのくらいの違いがあるかについて試していたのだ。


その時、見覚えのある女性がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


あれは……集会所にもいた陽仁と親しい女性だと気が付く。

清空が降りてきて、大声で叫んだ。


「紬ちゃーん

こっちは危ないよ

何かあったのー?」



大きく首を振りながらこちらに走ってくる女性、紬の姿に、清空と私は顔を見合わせた。



「大変なんです、

白羽さんと陽仁さんが……

お願いです、集会所に来てください」


息も絶え絶えな紬を清空に託し、

私はアズールの手に乗って集会所を目指した。

紬がアズールの手に乗るのを怖がったからだ。

清空は、「歩いて追っかけていくからー」と叫んでいた。


紬に怖がられたアズールは少し落ち込み、

私はきっと高さが怖いのであって、アズールが怖いんじゃないよと声をかけていた。



アズールの手から降りると、すでに数人の村人たちが集まっていた。

集会所の中からは怒鳴り声が聞こえる。扉の前には不安そうな顔をした村人たちが固まっていたが、誰も中に入ろうとしない。



中に入った瞬間、重く張りつめた空気が肌を刺す。

部屋の中央には白羽と陽仁が向かい合って立っていた。

周囲には殲滅派や中立派の若者や、穏健派の年配者たちが固唾を呑んで見守っている。


「――朱映だって決めただろ!? 中立に入ったんだろうが!」


白羽が声を荒げる。


「なのに、お前はなんだ陽仁! 片足突っ込むような真似しやがって。どっちつかずの優柔不断が、どれだけ場を乱すと思ってる!」


「どちらにも耳を傾けることの、何が悪いんだよ!」


陽仁も負けじと声を張った。


「殲滅だけが答えじゃない。共存だけでもない。状況に応じて選べばいい。俺たちは、それができるはずだ!」


「それじゃただの八方美人だろ!」

「違う、柔軟なんだ!」


二人の言葉は次第に交錯し、論戦というよりも感情のぶつかり合いに変わっていく。

私は一歩前に出ようとしたが、桂馬が袖をつかんだ。


「白羽さんも、陽仁さんも自分達じゃ止められなくなってる」


私は小さく頷き、二人の間に入るように立った。


「……それ以上は、やめておいた方が良い」


私の声に、白羽の眉が動いた。


「……お前まで、陽仁の肩を持つのか?」


「どちらの肩も持つつもりはない。

ただ今のこれは、村を良くするための議論ではない。ただの怒りのぶつけ合いだろ。」


静かな声でそう告げると、陽仁がうつむいた。


「……すまない」


その一言が、白羽の怒りの余熱を冷ますには十分だった。

彼は舌打ちすると、集会所の奥にある長椅子に腰を下ろした。


「……納得はしてねえが、今日はこれ以上無駄だな」


周囲の者たちが、ようやく安堵の息を漏らした。


桂馬が白羽に近付くのを見て、

私は陽仁に近づき、声を落として訊ねた。


「何があったんだよ。

……珍しいな」


「……派閥の壁を越えて話し合えたら、何か良い対応が見つかるかもとね。

でも……実際は、それが一番信用されずに成果も上がらなかったな」


その目には、自分自身に対する悔しさが滲んでいた。


外に出ると、赤く染まった夕空が広がっていた。


やがて清空と紬が並んで集会所へと駆け寄ってきた。

清空の顔は曇っている。


「……白羽、最近ちょっとおかしいんだ。焦ってるのかも」


私は小さく頷いた。


この村の均衡は、思った以上に不安定だ。


春になって雪が解けても、心に積もった疑念はまだ溶けそうになかった。






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