表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

目覚め

東国と呼ばれる隣国では、今から30年くらい前にこれまでの宗派とは相容れない宗派が起こり、今までの政治に対する不満も募り教徒達の反乱が起こった。当初すぐに収まると見られていた反乱が自由を求め入信する信徒が増え国を二分する内戦へと拡大した。

その内戦を5年ほど前に終わらせたのが現在の国王であるテオフィルである。彼は前王の17子(多産系の王室だ)であるにも関わらずその手腕を認められて王太子となった。つい最近に前王が亡くなり即位したばかりだ。


この国と東の国で領有を争っているゴッタルトという地方がある。ゴッタルトは数年ごとに統治される国が変わるつまり政情不安定な為、いつもいざこざが絶えない危険地帯でもあった。だが資源が豊富な為どちらの国も譲れないといってこのゴッタルトを巡っては両国は100年以上に渡って紛争を続けている。


最近では即位したテオフィルがゴッタルトのみならずこの国全体を支配下に置く準備ができているという情報もある。

そのせいか軍や政治に関わる貴族は東からの人や物の動きに敏感だ。


マーヤに賢人のふりをする様に依頼した行商人は、東の国からゴッタルトを抜けてこの国に来ていたとの事だった。


ゴッタルトには商人などに扮した両国の間者が多い。その行商人がどちらかの国の間者であった可能性は高いだろう。


「ところで本当の賢人は? 誕生日に招かれなかった本当の賢人はどういう人なんですか?」

アビゲイルがザラに尋ねた。

「彼女の名はナタリー。人付合いが嫌いなナタリーはわたくし達賢人仲間とも付き合いがほとんど無く、個人的な事は一切知られていないのです。彼女の姿を見なくなってから、わたくしもいろいろと調べたのですが、消息も全く掴めないのです。死んだのかどうかも含めて」

「最後にその賢人を見たのはいつですか?」

チェスターの問いにザラは続ける。

「公の場には滅多に出なかったので最後に見たのは国王陛下の結婚の時だったと思います」

「25年以上前ってことね。当時何歳くらいでしたか?」

「うーん、その質問はあまり意味がない様な気がします」

「強い魔法使いは自分の見た目の年齢を変える癖があるのです。例えば若い者は老人へ歳を重ねた者は子供へと」

「え? じゃあもしかしてザラ先生って見た目と違って」

アビゲイルが言いかけたところ、慌ててチェスターが彼女の口をおさえながら言った。

「いくつに見えようともザラ先生のお美しさは変わりませんよね」

なんで僕の顔を見ながら言うんだ? 同意を強要するなよチェスター君。でも、

「はい、とてもお美しいです」

僕は最高の笑顔で応えた。


「お前は賢人ナタリーに会った事はあるのか?」

話題を変えるため僕はマーヤに尋ねた。

「いいえ、一度も会ってないです」


すると急に外から人々の声が聞こえてくる。騒ついている様子だ。


「城を見てみろ!」

「どうなってるの? 茨が!」


僕らはすぐに外に出てみた。

マーヤも頭に布をかぶって恐る恐る外を見る。やはり短い髪は見られたくない様だ。


見ると城全体を覆っていた茨が少しずつ動いていて段々と城の様子が見える様になってきている。

シャーロットはどうなっているのだ?

気がつくと僕は城に向かって走っていた。

「ちょっと待てよ!」

そう言いながらチェスターも追いかけてくる。

僕たちは城門までやってきた。門は開いているが茨で覆われて歩きにくそうだ。そして城門を守っている衛兵はまだ全く動かない。目は開いているが時間が止まっている様だ。

僕は地面にまだ残る茨を剣で避けながら城の中へと入った。

しかし……

「待て、パトリス。俺たちはお前に着いていけないんだ」

後ろを振り向くと僕が通った後に茨はまた生い茂って道を塞いでいた。一番背の高いチェスターですら見えなくなっている。

「チェスター、アビゲイル、ザラ様。僕は先に行ってシャーロットの様子を見てきます」

そう言ってどんどん奥へと進んでいった。


城の中には人がいて仕事をしている。

いや仕事をしていたのだろう。その時の姿のまま彼らの時間は止まっている。

庭園を抜け、回廊を抜け、やっと塔の入り口である階段下に到着した。不思議と茨は僕が通ると上手く避けてくれて思ったよりもすんなりとここまで来られた。

シャーロットはこの上にいるはずだ。

僕は螺旋階段を駆け上った。


階段の終わりまで来ると、相変わらずすごい量の埃が溜まっていた。前回僕たちがつけた足跡がくっきりと残っている。

僕は扉を開けた。


シャーロットは全く動かないことを除けばあの時と同じ様に長椅子の上に横たわっている。

「シャーロット」

僕は彼女の耳元に話しかける。

「もう起きよう。みんな、君が起きるのを待っているよ」

だが彼女は微動だにしない。

やはり100年の眠りからは覚めないのだろうか。

「シャーロット、起きてくれよ」

半ば涙声になって僕は言う。

雫が彼女の頬に落ちた。その光景がどんどん滲んでいく。ああそうか、僕は泣いているんだ。


彼女の頬に落ちた涙を拭おうと僕の手が頬に触れた瞬間、シャーロットが動いた。

ゆっくりと目を開いて目の前にある僕の顔を見つめる。


「パトリス? なんで泣いているの? あなたも糸車の錘が刺さって痛かったの?」

シャーロットが口を聞いた。ずっと聞きたかった声だ。僕の目からは大粒の涙が溢れ出した。

「痛くなくても泣く事はあるんだよ」

そう言って僕は彼女を抱きしめた。

「おはよう、シャーロット」

僕が言うとシャーロットは不思議そうに周りを見回して言った。

「あら? どうして私こんなところで眠っていたのかしら?」

「さあ、どうしてだろうね。とりあえず君の部屋に戻って話をしよう。ここは冷えるからね」


ゆっくりと階段を降りる。ずっと寝たままだったからさぞや体が固まっているのではと思ったが、思ったよりも彼女の動きは普通だった。彼女にとっては時間は止まっていたのでほんの少しの時間横になっていただけの様だった。


階段を降りて周りを見回してみると茨はほとんど残っていない。


庭を抜けた所で僕を追いかけてきたアビゲイル達と合流した。

「シャーロット! よかった。無事だったのね!」

叫びながらアビゲイルがシャーロットに抱きつき、喜ぶアビゲイルをチェスターは見守っている。

ザラは周りの様子を眺めている。


シャーロットは僕たちが普段と違うのを感じて不思議そうな顔をする。

「どうしたの? 何があったの?」

とりあえず、シャーロットの部屋で何か飲みながら話そうと決めた僕らは、彼女の問いにははっきり答えずに曖昧なまま歩いていた。


僕たちは今シャーロットの部屋にいる。


「私は二カ月も寝ていたのね」


実感がなさそうにシャーロットは言う。

軽めの食事を持ってきてもらったが、食欲が無いらしく食べようとしない。

僕たちの説明を真剣に聞いていたせいだろうか、彼女の顔色は少し青ざめている。


「信じられないような事が起きてびっくりなさったものね。お疲れの事と思います。少し休まれた方がよろしいですわね、姫様」


乳母が優しくシャーロットの肩に手を置く。

乳母もシャーロットと一緒に目覚めたのでこの状況についていけないはずなのだが、そんな事は微塵も感じさせないで、シャーロットを安心させようとしている。


城に閉じ込められていた人たちはシャーロットが目覚めるのとほぼ同時に目覚めた。急遽出仕できる者を城に招集して、目覚めた人たちには説明をして家に帰らせた。

他の人たちが家に帰る中、彼女はシャーロットのそばにいること望んだのだ。


乳母が置いた手の上にそっと自分の手を重ねてシャーロットは言った。


「そうするわ。皆さん、ごめんなさいね。少し休んだら元気になると思うの」


僕たちは乳母を残してシャーロットの部屋を出た。


国王夫妻は目覚めた後の体調も問題なく、すぐに通常通りの執務をこなしている。王弟アルフレッドエが離宮より戻り、この2カ月中の執務の説明をしている。

眠りについていた人の中で体調が優れないのはシャーロットだけのようだった。


「みんな無事に目覚めて良かったわね。シャーロットも今は元気が無いけれど、すぐに以前の様に戻るわよね」

アビゲイルが嬉しそうに言う。


それから一週間ほどはシャーロットの体調を見ながら城の中で過ごしていた。城の中とは言ってもかなり広い。ちょっとした移動でもなかなかの運動量になる。

目覚めた時のシャーロットはあまり顔色が良く無かったが、段々と元気になって、今日は庭園でティータイムが出来るまでに回復している。

日差しもそれほど強くは無くちょうど良い気候だ。アビゲイル、チェスターと僕たちの4人で会話も弾んだ。

王宮が茨に覆われていたことが信じられないくらい、穏やかな時間が流れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ