親子の会話
賢人ザラにかかった「沈黙の誓い」を破るために、僕たちは「血の継承」と呼ばれる方法を行う事にした。呪文を命じた者の血縁者が解除を行うのだ。血縁者の証明のためその者の血が必要となる。
その血縁者に選ばれたのが王弟アルフレッドだ。
「先生、父の血を手に入れても、父が解除を命じなければならないのですよね?」
「はい。そうなりますね」
ザラの答えにアビゲイルは不安そうな顔で言う。
「ねえ、チェスター。やっぱり私たちの血の方がいいわ。お父様に頼むのは無理よ」
「まずは王弟の血を採るところからだな」
「チェスター、聞いてる? 血が手に入ってもどうやって解除するつもりなのよ」
「俺は確実に国王陛下達を助けたい。可能性が高いものを試すのは当たり前だろう?」
「わたくしは……」
二人のやり取りにザラが割って入った。
「血の継承による解除の準備をしておきましょう」
「準備ですか?」
僕は尋ねた。
「はい。今回の魔法はかなり規模が大きなものです。そして絶大な効果をもたらす魔法には魔法陣が必要となります。規模が大きかったり効果が高いものほど魔法陣は精巧になり人間の手では作れなくなるのです」
人の手では作れない?
それではどうやって作るのだろうか。
「ですから作る技術のあるものに頼むのですよ。そのもの達は」
ザラが名を告げているのはわかる。だが声は耳に届いているのに何を言っているのか分からない。
「聞き取れませんよね。わかりやすく言いますと『妖精さん』です。今の名前は妖精さんの言語で言いました。妖精さんは敏感で魔法陣が必要と思う人の前に現れて仕事をとっていくのです」
妖精さん!
子供の頃から知っている童話やお伽話には出てきたが、そんなの本当にはいないと思っていたのに。存在するのか、実際に。
驚いている僕たちにザラは続けた。
「姿を見せてあげたいけれど、彼等を見る事ができるのは魔法を使える者だけなのです」
それは残念だ。本当にそう思う。
「わたくしは妖精さんに発注する魔法陣の要件定義作成に入るので、これで失礼しますね」
そう言ってザラは去っていった。
妖精とはこうふんわりとしたファンタジーなイメージだったが、実際にはかなり現実的でバッチリと要件定義を作って齟齬のない様にするんだということが分かった。
「とりあえず、どうしたら血って取れるかな?」
僕が呟くとチェスターが言う。
「子供だったら転んで膝擦りむくとかありがちだけどな。大人になると転ばないし、無茶もしないから難しいな」
続いてアビゲイルが言う。
「あ、そう言えば、私この間庭で血を出したわ」
「アビゲイル、何をした? まさか木から落ちたとか。だとしたらお転婆が過ぎるんじゃないか?」
チェスターが心配そうに言う。
「そんな訳ないでしょう」
僕もアビゲイルが木登りしていて足を滑らせたのを想像していた。アビゲイルは淑女の鑑みたいに思われたいらしく、外見はどこに出しても恥ずかしくないくらいに淑女そのものだ。だが、シャーロットと一緒に育ったからだろうか。お転婆とか勇ましいとかそう言う形容も似合うのだ。
アビゲイルは僕の想像に気がついたのか一瞬不快そうな表情を浮かべたが直ぐに真面目な顔をして言った。
「庭園で花を摘んでいた時に、葉っぱで手を切ったのよ」
なんだ、思ったより普通で面白くない。
「ちょっとパトリス、変な期待しないでよね」
アビゲイルは鋭いと思う。何も言ってないのに。
確かに、草花でも肌を出していると結構切るよな。
「来週頃にはお父様のバラがちょうど見頃になりそうなのよ。だからね、お父様にそれを一輪だけ裸でプレゼントしようと思うの」
そしてこう付け加えた。
「あ、そうそう。棘ってね、取るのを忘れてしまいがちなのよ。刺さると血は出るしかなり痛いから、申し訳ないわ」
アビゲイルは白々しく申し訳なさそうな演技をする。
それから一週間後の午後、天気は麗らかでちょうど見頃のバラを見に3人で庭園に向かった。……という事にした。
シャーロットもバラが好きだったな。庭師が新たに作ったシャーロットという品種は中心が薄いピンクで縁の方に向かって淡い黄色に変化する繊細なイメージのバラだ。
この国の国花はバラで、王族には皆自分と同じ名のバラがある。誕生や婚姻等で新たに王族が増えると庭師は丹精込めて新しい品種を作り、新たな王族の名を付けるのだ。
当然国王夫妻や王弟の名を冠したバラもある。王弟妃の物もあるが、彼女は自分の名のバラを見た事があるのだろうか。
「パトリス、今目の前にあるのがアルフレッドよ」
「これが王弟のバラか」
「そう。ちょうど見頃で良かったわ」
アルフレッドは黄緑色で花びらの先が尖っている。まるで剣先の様に見えて刺々しい所がイメージに合っていると思う。
花を手折るとアビゲイルはチェスターに向かって言った。
「16年前の出来事はお父様も記憶が無いのよね。説明しても分かってくれないと思うけど」
「でも、諦めるのは早い」
棘の処理も最後まで行わずにアビゲイルは言う。
「じゃあお父様に渡しに行きましょう」
「ああ」
王弟の執務室に着くまでの間、二人は口を開かなかった。沈黙のまま靴音だけが耳に入ってくる。
王の執務室まで来た。入室の許可が出たので僕は待っているからと一歩引くとアビゲイルに
「パトリスも一緒に行きましょう」
と言われ中に連れられた。
アルフレッドは執務の手を止めてこちらを見る。
「何の用だ?」
アビゲイルは一瞬怯えた様に見えたが堂々と言った。
「お父様の名を冠するバラが綺麗に咲いたので持って参りました」
アビゲイルは黄色いリボンをつけた一輪をアルフレッドに差し出した。
しばし花の一部をじっと見つめて訝しげにアルフレッドは言った。
「お前達、何を企んでいる?」
「ご推察の通りです。父上の血を少々いただこうと思いまして」
間髪入れずチェスターが答えると、咄嗟にアビゲイルが止める。
「何を言うの、チェスター!」
「アビゲイル、父上を欺けるとでも思っていたのか?」
そうだよね、僕も無理だと思っていた。
「下手な小細工よりも、本当の事を言うのが一番早い」
チェスターは視線をアビゲイルからアルフレッドに移す。
「16年前のシャーロットの誕生祝いの時の事を父上は覚えてらっしゃいますか」
「シャーロットの? 覚えているが、何を知りたい?」
「賢人達の予言の贈り物についてです」
「変な事を聞く。あの時賢人たちは招待されなかったはずだが」
「それは本当ですか?」
「ああ、間違いなく予言は無かった」
「おかしいとは思わなかったのですか? 王族の誕生祝いには今までずっと賢人が招かれていたのに」
「それは私も思ったので兄上に聞いてみたが、はぐらかされてしまったのだ。兄上の態度から触れて欲しくない事が分かったのでそれきりだったが」
「今回の茨の件ですが、16年前の出来事が関連していると思われます。そのため、事実を知るために父上の血が必要なのです」
呆れた顔をしてアルフレッドは言う。
「途中を省略しすぎだ。真実を知ることと血が欲しいことの関連が全くわからん」
「それは話を聞いて下さるということでしょうか?」
「……ちょうど休憩をしようと思っていた所だ。飲み物でも用意させよう」
チェスターとアビゲイルはアルフレッドの前の椅子に座ったので、僕は空いている席に着いた。
「まずは順を追って説明します。と言っても俺よりもパトリスの方が実際に見ていたので適任です。パトリス、任せたぞ」
いきなり振るな。前もって教えておけよ。
僕は焦りつつ老婆から聞いた「お伽噺」とその後の大広間の光景を話した。
「なるほど。それが事実なら兄上が皆の記憶を消した事も頷ける。錘の問題は王室の機密になるからな」
それで糸車を全て焼却したのか、とアルフレッドは納得していた。
僕は今までアルフレッドがシャーロットの呪いに関わっていると思っていた。だが、アルフレッドは何も知らない可能性も出てきたと思っている。
まあ、王族は考えを顔に出さない様に躾けられているから実のところは分からないが。
「シャーロットの誕生祝いに招かれた賢人たちは、国王陛下に沈黙の誓いを要請され承諾しました。この誓いが生きている限り彼女達は呪いについて話す事が出来ません。でも一つだけ沈黙の誓いを解除できる方法があります」
僕が説明を続けようと思った時、アルフレッドが口を開いた。
「血の継承か」
やはり王族、ちゃんと知っている。
「それで棘を処理していないバラに繋がるのか。申し訳ないがそれは断わざるを得ないな」
ああ、やはり断られるのか。僕らは肩を落とした。
アルフレッドは僕たちにお構いなしに蝋燭に火を灯し炎の中にナイフの刃をかざした。そして刃の温度が下がっているのを確認した後自分の腕に小さな傷をつけた。滲み出る血をハンカチで拭ってそれをアビゲイルに渡した。
「これでいいだろう。バラの棘には何がついているか分からん。小さな傷でも化膿すると面倒だからな。後の事は任せた。私は執務に戻る」
有無を言わさず部屋から追い出される流れに、やっとのことアビゲイルが言った。
「お父様、ありがとう」
アルフレッドは顔も上げず、右手を軽く振ってそれに答えた。
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