第22話 お互いの事情と感情の壁
食料支援を村のまとめ役であるダンに打診した所、「できない」と回答されてしまった。
ロン村長から「二人に協力するように」と言われていたラルは、ダンに口を挟むが――
「ダンさん」
ラルが割って入ろうとするが、ダンはその大きな拳をかざして、それを阻止し、オラリオを睨みつけながら、低く唸るように言った。
「ここにある食料は、村のやつらが汗水垂らしてこさえた物だ。タダメシ食おうって連中に、俺の一存でくれてやれねぇよ」
その言葉に、胸が軋んだ。
「ラル、おめぇは知らねぇかも知らねぇがな、大変な時はそれこそ女子供関係なく死に物狂いで働いたんだ。そんで何人も死んだ。働きすぎで、それでも食えなくて。今があるのは、あの時俺らが頑張ったからだ。それをなんだ? 突然訪れた他所者に、なんでくれてやらなきゃならねぇ? こいつらはそん時何してた? 逃げ出しただけじゃねぇか。俺たちの食うもんを横取りしただけじゃなく、逃げ出したんだぜ?」
アトラ領は本国でも指折りの貧困地区だと聞いた。十数年前の流行病は多くの命を奪い、そして働き手と食料の不足を招いた。そんな時も当時の領主は高額の税を徴収し続け、あげく逃亡した。ダンのいう事は全て事実なのだ。
「で、でも、ダンさん。この方々は前の領主とは別人で――」
「一緒だよ、ラル。貴族ってのはそういうもんなんだぜ」
「ですが、ロンさんが――」
ラルがそう言った時だった。ダンの血走った目が、ラルを捉えた。
「おやじがどうした。今のまとめ役は俺だ。まさかお前――こいつらの肩を持とうっていうんじゃねぇよな?」
――殺気。人を殺しかねない怒りが他者に向けられている瞬間を見た。その手はラルの胸倉に伸ばされ、今まさに、締めあげようとしている。
ラルはこの村の出身ではないと言っていた。商人の付き人をしていたとも。彼の物分かりの良さは、そういうところから来ているのだろうことは分かる。彼がこの村に居続けることができたのも、その素養あってのことだろう。
でもだからこそ、真の意味で村と同化することはできない。
今、彼が私達を庇い立てするように捉えられれば、それはつまり、ラルも私達と同じ立場だということになる。
この場を乗り切ったとしても、明日からこの村に彼の居場所はなくなってしまう。
「――あの!!!」
そう思った瞬間。私は叫ぶように声を出していた。
二人が振り向く。血走った目のダンと、恐怖に震えたラル。
ラルに悪気はない。彼はただ、恩人であるロン村長の指示に従っただけだ。彼はこの村を愛している。それに、この村に愛する人がいる。
――私達のせいで、それを奪ってはいけない。
私はこわばる体を奮い立たせ、椅子から立ち上がった。血の気が引いて眩みそうになるのを、気合で押し止める。つま先に力を入れると、歩き出した。
「おい――」
オラリオが静止する声が聞こえた気がするが、気にしない。私はテーブルをまわり、ダンの前へ立つと、私はすっと跪き、両手を胸の前で合わせた。
「無粋なお願いとは理解しています。どうか、その手を下ろしては頂けませんか」
「――あ?」
ダンの唸り声が聞こえるが、私は止めなかった。
「ラル様はただ、ロン様の依頼通りにしているだけなのです。ラル様はこの村を愛していらっしゃいます。悪いのは私達です。どうか、どうか、お間違えのないよう、切にお願い申し上げます」
しばしの沈黙が、永遠に感じるほどの緊張感。下げた目線では、ダンの様子も伺い知れない。額から滴る汗が、止まってくれない。
するとオラリオが言った。
「私からも、頼む。感情を向けるべき相手は、その者ではないはずだ」
オラリオの言葉に我に返ったのか、ダンは息を吐いて言った。
「――ったく、わーってるよ」
それと同時に、ラルの胸を撫でおろす音が聞こえた。どうやら、ラルの胸元から手を放してくれたようだ。
だが、ばつが悪いダンは、居心地悪そうに座る向きを変え、その大きな足を放り投げて貧乏ゆすりを始めた。彼の足が作る振動は、私の合わせた手まで伝わってくる。
「んで、いつまでそうしてんだよ」
ダンがこちらを見ずに言った。
「ラルに手は出さねぇよ。だからお前も早く席に戻――」
「――いいえ、戻りません」
私の食い気味の回答に、ダンは「はぁ?」と拍子抜けしたような声と共に私に振り向いた。彼の目に先ほどまでの殺気はない。私は意を決して言った。
「食料の件、もう一度お考え直し頂くことはできませんでしょうか?」
私の言葉にダンは、今度はため息として「はぁ」と口にすると、「あのなぁ」と私を覗き込むようにして言った。
「さっきも言ったろ。それはできねぇと」
「ほんの少しでいいのです」
「量の問題じゃねぇよ。わかんだろ」
「必ず返しますから」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」
私のしつこさに頭に来たのか、ダンは脚を踏み鳴らしながら立ち上がり、机に拳を叩きつけた。その衝撃で机の上のコップが倒れ、生ぬるいお茶が私の肩にかかった。それでも私は懇願の体を崩さない。
「今のこの村があんのは、全員が同じ目標に向かって頑張ったからだ! お前らを恨み、お前らみたいな貴族に負けねえと、いつか目にモノ見せてやると、そうやって生きてきたんだ! それをわかってて、どうしてお前らに施しをできるってんだよ? 俺個人で決められる問題じゃねぇんだ! 分かれよ!」
ダンの怒号が部屋に響き渡る。
村が一致団結し再生するために、貴族を共通の敵とすることで、民意を纏めたのだろう。集団が力を持つには共通の目標が必要だ。ダンたちの置かれた環境を考えれば、それが最善手だったのもよくわかる。
そんな彼らに、「前の領主とは違う」「再興を約束する」と言っても、届かないだろう。
でもだからと言って、私達が死ねば、その再興の日は永遠に来ないかも知れない。
彼らの無念を晴らすためにも、今、私達が飢え死にするわけにはいかないのだ。
「――お願いします」
だから私は頭を下げることしかできない。それを止める訳にはいかない。
「くどい!!」
こうなることをわかっていて、オラリオは私を置いていこうとしたのだ。自分の意思でここに来たのだ。せめて、何かの役に立たなければ。そして私にできることは、言葉じゃない。
「いい加減にしねぇと、つまみ出すぞ!」
怒声と脅迫に動じない私に、ダンもヒートアップしていく。
いよいよ彼も立ち上がり、私の前に立った。――いよいよか。
「――まて!」
オラリオが叫んでいる。だがこの身は、彼が駆けつけるより先に、ダンの手にかかることだろう。
――せめて、怪我が少なくて済みますように。
そう思った、その瞬間だった。
『コァァーン!!!!!!』
まるで鐘が鳴り響いたかのような快音が部屋中に響き渡った。
あまりの衝撃に顔を上げれば、頭を抱えたダンの顔があった。
「いってぇぇ!?」
気がつけば、呻く彼の背後に人影があった。
小柄なその影は、その手にしたフライパンを肩に担ぎながら言った。
「いい加減にすんのはあんたの方だよ!!!」
それはまるで真夏の太陽のような――エイダの姿がそこにあった。
平行線の中、エーリンのピンチを救ったのは、まさかのエイダだった。
エイダ参戦によりこの話合いはどうなっていくのかーー?
次回もお楽しみに!




