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負け組夫婦の僻地ライフは意外にも快適です  作者: ゆあん
第二章 アトラ領調査 食料問題編
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第23話 母は強し

オラリオ達のお願いに対し、ヒートアップしていくダン。

いよいよつまみ出されそうになるエーリンを助けてくれたのは、なんとダンの妻、エイダだった。

エイダは手にしたフライパンで容赦なくダンを叩きつけるが――?

 エイダが振り回したフライパンは、見事にダンの後頭部を(とら)えたようだった。鈍器として使用されたフライパンの中央はわずかに陥没(かんぼつ)している。これではもはや油を均等に()くことはできないだろう。


「何してくれてんだよ、お前は!」


 ダンは頭を押さえながら(すご)むが、エイダは(ひる)まない。


「何してくれてるのはこっちのセリフだよ! この馬鹿垂(ばかた)れが!」


 そうして再度振り回されたフライパンはダンの顔面にクリーンヒットし、鈍いとも(つや)やかとも言えない音を響かせている。ダンが(うめ)きながら膝から崩れれば、残されたフライパンにはダンの顔の輪郭(りんかく)がくっきりと浮かび上がっている。


「女が頭下げてるんだ、黙って(うなず)くのが男の甲斐性(かいしょう)じゃないのかい!?」


 そうして今度はダンの後頭部目掛けて、フライパンチョップが降ろされる。ダンは不満げにエイダを(にら)み返している。


「そんな簡単な話じゃねぇんだっつってんだ――」

「――ぐだぐだうるさいんだよ、もう! 黙んな!!」


 そうして力いっぱい机目掛けて振り下ろされたフライパンは、ダン! と鈍い音を立てた。見れば、先ほどまでフライパンにあった凹みが、机に叩きつけられた衝撃で綺麗に平らになっている。どんな理屈、いや、どんな怪力なのだろうか。

 

 エイダはフライパンから手を離すと、一歩踏み出し、仁王立ちをしてダンを見下ろした。


「困った時はお互い様、どんな奴でも見捨てずに助け合っていく――そう決めたじゃないか。ここで彼らを見捨てたら、それこそあんときの貴族様となんにも変わらないよ。それとも何かい、もう一度犬畜生(いぬちくしょう)に戻りたいってのかい。あたしはごめんだよ!」


 エイダが説教のようにまくしたてれば、ダンはぐうの音も出ない様子で、その丸まった背中からはいつの間にか覇気(はき)が消えていた。まるで親に叱りつけられた子供のそれのように小さく見える。


 もはやダンに反撃の気配はない。勝敗は決したのだ。


 その様子を納得したように見下ろしていたエイダは、続いて、驚くラルに目線を合わせた。


「ラル、まだ余裕はあるんだろ?」


 その言葉の意味はおそらく、私達に食糧を分け与える余裕についてだろう。悟ったラルは空中で指先を動かし、何やら暗算している。


「……二、いや、三、バスケット分くらいなら」


 その回答には、聞きなれない言葉が含まれていたが、エイダは得心が言ったように大きく頷くと、今度は私を見つめて素敵なウィンクをした。


「そういうわけだから、あとは私達に任せな。向こうしばらくはなんとかなるからさ」


 エイダの言葉で、今まで抑え込んでいたものが一気に溢れそうになる。それは体を震わせ、涙という形で放出されようとしているのがわかった。私は自身の両腕を抱えそれを堪えるが、それに気づいたエイダがかがみ込んで背中をさすってくれた。


「あー、もう、せっかくのお洋服が濡れちまったねぇ。ごめんねぇ、うちの旦那の肝っ玉が小さくて」


 エイダの母性溢れる対応に、自分が幼く感じてしまう。

 本当は今すぐお礼を申し上げなければ。それでも、言葉が出てこないのだ。


「この茶は染みになりやすいんだ。すぐ洗わないとね。そうだ、あたしので良ければ着替えておいきなよ」

「いえ! そこまでして頂くわけには……」

「いいんだ、いいんだよ。旦那が迷惑かけた詫びだと思って、ね。さ、あっち行くよ」


 エイダはそう言うと、私の意思など関係ないと言わんばかりに、これまた凄まじい手際で私を奥の部屋まで連れていく。


 引っ張られながら、オラリオと目が合う。相変わらず何を考えているかわからないほど色のない表情だったが、どういう訳か、ひどく心が落ち着いていくのがわかった。


 ――よかったですね――


 口にはしないが、私の心は確かにそう語り掛けていた。

 扉が閉まる直前、彼は口を閉ざしたままだったが、


 ――ああ、そうだな――

 

 確かに、そう言った気がした。



◆◆◆




 奥の部屋に通された私は、あっという間に下着姿にさせられていた。まるで子供を脱がすかのようなその手際には驚かされる。危うくすっぽんぽんにさせられていた所だ。


 貴族令嬢として自分自身の着付けをしてこなかったのも原因ではあろうが、それにしても本日の衣服だって着るのにそこそこの時間を要した。どうしたらあんなにスムーズに脱がせることが出来るというのか? 育児のなせる業なのだろうか。


 そんなことを考えていたら、今度はエイダに洋服を被せられる。筒を通すように着せられたのは、厚手の綿素材の、ベージュのワンピースだ。


「どら、あんたにお似合いじゃないか。ちーとばかし短い気もするが」


 けは膝にかかるくらいで、動きやすく涼しげだと言えば確かにそうだ。普段からエイダが着ているのだろう、私が着ると膝長けは仕方ないにしても、ウエストがややきつく胸元がゆったりしているのがなんとも悲しい。それにしても、膝を出すのはいつぶりだろうか。


「まぁあんたは美人だから問題ないだろ。旦那は喜ぶんじゃないかい?」


 そこへオラリオを意識させる言葉が投入されたことで、私の顔は紅潮していく。


 昨日顔を合わせたばかりの旦那様。私にはもったいないほどの美形で、優秀で。

 そんな彼に対し、私が見せたものとは一体なにか?


 自分の肌着を雑巾にしたり、それを使わせたばかりか、ここへ来て懇願(こんがん)(てい)と濡れネズミ、しまいには膝だしワンピースである。


 恥じらい吹っ飛ぶフルコースの提供に、私の自尊心はとうに木端微塵(こっぱみじん)である。


 そんな私の様子を気にも留めていないエイダは、水を張った平たい(おけ)に私の衣服を入れ、揉み洗いを始めている。動きに合わせて聞こえる鼻歌は知らない歌で、わずかに音程が怪しくも、不思議と心が穏やかになっていく。その後ろ姿が(かも)し出す安心感に、好感を抱かずにはいられない。


 ―ーエイダ。なんと(たくま)しい女性なのだろうか。さすが、村のまとめ役の妻だけある。


 そこまで来て、未だお礼が言えていないことに気づく。


「あの……」


 その背中に話しかけると、背中越しに返答が返ってくる。


「なんだい?」

「本当にありがとうございます。何から何まで」


 謝辞を伝えると、エイダの動かされていた手が止まり、彼女はこちらを振り向いて額を拭った。


「いいんだよ、困ったときはお互い様さ。あたしもあんたぐらいの時は苦労したもんさ。だけど人間、苦労しないに越したことはないんだよ、本当に」


 エイダは得心するように頷いている。苦労とは、村の貧困だろうか。


 そして初期の疑問が再浮上する。今なら勢いでいけると踏んだ私は、それを聞いてみた。


「あの、失礼ですが、今、おいくつでいらっしゃるんですか?」


話をまとめてくれたエイダに感謝するエーリン。

衣服を借りる最中、試しに年齢を聞いてみるが――


次回、エイダの年齢が明らかになりつつ、

居間に取り残された男性陣はどんなやり取りをしているのかが描かれます。


次回もお楽しみに!

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