第15話 開拓指針 ~食料問題~
お互いの過去を話し終えた二人は、これからの行動について話し合い始めるが――
「――全ては、警戒を怠っていた私の未熟さゆえ。悔やんでも悔やみきれん」
話し終えたオラリオは、小さく首を左右に振って視線を落とした。その瞳には後悔の色が映っている。
「すみません、言葉が見つからなくて」
「いや、いい。同情が欲しいわけではないからな。必要なのは、互いの理解だ」
そういう彼はいつもの凛々しい表情に戻っている。この切り替えの早さは、宰相補佐としての経験がなせる業なのだろうか。
そのオラリオの経験を聞いて、ふと思ったことがある。
「こんなことを言うのは憚られるかも知れませんが――」
私の伺う目線に対して、彼は片手で促した。
「オラリオ様も、改革をされようと――志が同じで、嬉しく思いました」
彼もまた、国の為を思って行動を起こした一人だった。お互いに予想していなかった結果により、ここに送られることになってしまったけれど。その思いが、志が共感できることが、素直にうれしかった。
「そうだな。現状で満足していては、人は成長できない」
きっと、現状維持を敢行する政治や貴族に対しての憂いもあるのだろう。
「とはいえ、まぁ――」
彼はそう言うと、わざとらしく部屋を見渡して言った。
「――ほどほどに受け入れるというのも、必要なことなのだが」
確かに。私も思わず笑ってしまった。
「さて、一通りお互いの経緯を話した訳だが」
オラリオは一呼吸置いたのち、再び真面目な様子で言った。
「ここで一つはっきりしたことがある――それは、共に退路はないということだ」
退路。それはつまり、私達が再び貴族の生活――元の立場――に戻れる可能性についてだろう。
私は自身の行いの責任として。彼は国家転覆の冤罪として。
貴族社会は一度レールから逸れてしまったものを再び受け入れるような寛容な世界ではないことは、私もよくわかっている。
私は彼の言葉に、理解として頷いた。
「したがって、これから考えることや起こす行動については、退路を一切除したものにしたいと思う。あわよくばと気を取られていては、また致命的なミスを起こしかねないし、正直ここでの暮らしはそこまでの余裕はないと考えている。現状に対する最善の一手に対し、全力を出すべきだ」
だからこの話もよくわかる。貴族の中には、自分だけが良い思いをしようと画策する者が少なからずいる。そういう人間はたいてい、時流を読みうまく立ち居ふるまうが、振り返ってみれば何の成果も残していない、ということは割とよくある話だ。またそういう者は敵が少ないが、信用されず味方が少ないのも傾向としてある。
今や、これから二人でなんとかしていかなければならない状況で、そのような行為に走ることは破滅を招きかねない。二人で目的を共有して、共に頑張る。つまりは領主としてアトラを復興させつつ、二人の幸せな結婚生活に全力を挙げる――彼の言葉の裏には、そういう目的があるのだと理解した。
「私も、それに賛成です。それに――」
だが彼に賛成するのは、その考えを理解できたから、というだけではない。だから私は満面の笑みで答えた。
「もう未練もありませんので」
政略結婚の道具として、女を磨き続けること。それだけのために生きるということに、正直疲れてしまっていた。
他の令嬢からすれば、恵まれた環境に居ながらなんと贅沢な、と思われるかも知れない。私も姉や妹のように生まれて彼女達のような生活をしていれば、そんな考え方にはならなかっただろう。
だが私は誘拐され、そこで見てしまった。味わってしまった。
見て見ぬ振りは出来ない。一度体験してしまえば、感性は元には戻せない。
だったら今の私が一番満足できる生き方をしてみたい。
――それがこの人となら、できる気がするのだ。
私の決意の笑顔を見た彼は、口角をほんの少しだけ上げた。どうやら、この回答を気に入ってもらえたようだった。
「よかった。ではさっそくだが」
彼はそう言うと一度席を立ち、紙とペンを手にして再び席につき、言った。
「まずは食料問題について、なんとかしたいと考えている」
オラリオは言うなり、手元の紙にペンを走らせている。書き出されているのは、食材と量。私たちが持たされていた食料についての内訳だ。
「今手元にある分では、もって数日という所だろう。量、質共に足りていない状況だ。だがそれを改善する手段を、我々は持ち合わせていない」
用意された食料はもともと、馬車で長距離移動する際の緊急食という性格が強い。追放された身であるとはいえ、表向きは領主の任への拝命である。前任の領主や領主館に勤める者達は歓迎こそしないにしても、食事の用意くらいはしておくのが常だ。
しかし現在、どういう訳か領主館は入ることが出来ず、ここで暮らすしかないという状況。建物は管理されず当然備蓄食もない、料理人も不在――となれば、食料不足になるのは確定だ。
「そこで、ここは恥を忍び、領民に頼みにいこうと思っている」
その案に私は少し驚き、聞き返した。
「――食料を分けてもらえるよう、お願いに上がるということですか?」
「そうだ」
彼の迷いのない回答に、覚悟を感じる。
「しかしそうなると、当然彼らも私たちの存在を知ることになる。簡単には、いかんだろうな。危険も伴う。正直、貴方を連れて行きたくない」
領主が領民に頭を下げるのは、確かになかなかない。アトラは貧困していると聞いているから、食料を分けてもらうのにも一苦労はあるだろう。
だが、危険とはいったいどういうことだろうか?
「理由をお伺いできますか?」
私の問いに、彼は再びペンを走らせながら言った。
「領主館に入れない、という話をしたな。なぜなのか話そう」
「お願いします」
「――ここアトラでは十数年前の病が流行し、人口が激減してな。以来、復興は遅れに遅れ、我が国でも数えるほどの貧困地域となった。それを後押ししていたのが、当時の領主の悪政によるものだ」
紙には、アトラ領土の遍歴が走り書きされている。
「人は一度手にしたものを簡単には手放せない。それが生活に根差した環境であればなおさらだ。己の生活の水準を落とすことは耐えられなかったのだろうな。彼らはそんな環境下にある領民から高い税を徴収し続けた」
高い税金。どこかで聞いたような話で、胸が痛む。
「そんなことをすれば、双方立ち行かなくなるのは見えている。そして、彼らはとうとう、領主としてもっとも恥ずべき行為に及んだ」
彼のペン先が、領主の名前に×印をつけた。
「――逃げ出したのだ。アトラ領から。それが二年前のことだ」
改めてお互いの気持ちを確認した二人。
領民との関係が最悪だった前領主の失態を語るオラリオ。
そんな状況で果たして食料はわけてもらえるのか――?
次回、初めて二人でアトラ領土を歩きます。村人なども登場し物語がようやく加速していきますので、お楽しみに!




