第14話 オラリオの独白② 晴天の霹靂
兄のため、国のために軍部縮小の計画を練ることになったオラリオ。
その矢先、皇帝より国家転覆未遂を言い渡されてしまうが――
皇帝に呼び出され向かった先で、それは突然言い渡された。
「――国家転覆未遂、とおっしゃいましたか?」
「そうだ」
謁見室に一人呼ばれた俺を出迎えていたのは、皇帝と十を超える近衛兵団。うち数名の剣はすでに剥き身であり、警戒されているのがよくわかる。
「どういうことでしょうか?」
宰相セルゲイ不在の中、何事かと思ってみれば。寝耳に水とはこのことだろう。
俺が尋ねると皇帝は厳しい表情で言い放つ。
「貴殿は宰相補佐という立場を利用し、軍部縮小を秘密裏に推し進め、それによるクーデターを画策している、という情報を入手した」
その言葉に、俺は動揺した。
皇帝が口にした軍部縮小。俺がそれを画策しているという事実を知る者は極限られる。上長のセルゲイですら、その内容を未だ知らないというのに。
――いったいどこの情報源なんだ、それは?
しかし皇帝の高圧的な様子を見る限り、それに答える気はなさそうだ。
「情報に基づき調査を進めた結果、貴殿の自室よりその計画書の一部を発見した。これがその証拠だ」
皇帝が放り投げたのは、俺が書き進めている調査書と仮説の走り書きだった。
本当に俺の部屋に入ったのか――
「貴殿の物で間違いないな?」
そう聞かれれば、「確かに、私の物です」と答えるしかない。
そして次の一言で、俺は悟った。
「申し開きはあるか?」
――嵌められた、と。
すでに逃げ場はないということか。
「――恐れながら、皇帝陛下。その資料は本国がより良い未来を手にするために必要な施策をまとめたものです。間違っても国家転覆を目論むものではありません」
「それを証明するものはあるか」
「……ございません」
皇帝に渡った計画書の下書きは、確かに軍部縮小を目的に仮説や裏どりが列挙されている。書いたのも俺、書かれていることも事実。
肝心なのは、これを記した目的を証明する手段がないことだ。計画書はごく部分的に切り出した事象について纏められており、全体像、つまり「国の未来のために」という主題が抜けているのだ。
一方、計画書が作成されるに至った経緯を唯一知る人物であるセルゲイは、ここに書かれている内容を未だ知らない。セルゲイが知るのは「国の未来のために必要な施策」という大枠でしかなく、彼が皇帝に「軍部縮小を認めたのか?」と詰められれば、ノーと答えるしかないだろう。あるいはその頭脳で機転を利かせてくれるかも知れないが――そのセルゲイはこの場にはいないのだ。
国家転覆を否定する証拠はない。
そして擁護してくれる者もいない。
退路は完全に断たれていた。
「もはや信用は地に落ちた。貴様を拘束する」
顔見知りの近衛兵が、俺を拘束する。あんなに良くしてくれた彼らが、今は目を合わせようともしない。
――ちくしょう。
そうして俺は牢屋に放り込まれた。
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皇居地下に設けられた牢屋は、その堅牢性たるや見上げたものであるが、居住性となると唾棄せざるを得ない。鋼鉄と石の壁からは外界の冷気が伝わり、容赦なく体温を奪っていく。藁敷は使い古され、とうに弾力性を失っているばかりか、異臭すらを放ち始めている。これでは捕虜も協力的にはなれないだろう。どう改善するか、と思い至った所で、その機会は訪れないのだと考えるのを止めた。
「母上、父上、兄様。申し訳ございません」
俺はこのまま死ぬのだろうか? 母の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「オラリオよ」
「セルゲイ様」
鉄格子越しに、セルゲイの姿があった。その細い目からは、同情の色が見て取れた。
「申し訳ありません」
俺が頭を下げると、セルゲイは首を左右に振って冷静に続けた。
「謝罪はいい。皇帝には私から事情を説明し、処刑は取り消してもらった。だが今回ばかりは運が悪い。内容が内容なだけに、聞く耳を持ってもらえない。追放は免れない」
処刑、という言葉に内心驚いた。転覆未遂の冤罪で、処刑がすでに検討されていたという状況に、だ。同時にセルゲイの尽力に感謝しつつ、落胆した。
「落とし所として、アトラ領土の辺境伯の席は用意できそうだ。今、急ぎ調整を行っている。数日の間に結論が出よう、申し訳ないが、それまではここで待っていてくれ」
「――ご迷惑をおかけいたします」
アトラ領。
本国最南端の辺境で貧困地区。
領主不在となって以降、行政が滞り、様子をうかがい知れない地だ。
――それはつまり、行ったら帰ってこられない、ということだった。
「よもや私が空けている間にこんなことになっていようとは。配慮が至らなくて申し訳ない」
「いえ、セルゲイ様は何も悪くありません。私がもっと周囲に気を配っていれば」
「そのことなんだがな――」
セルゲイは格子に一歩寄り、耳打ちした。
「お前を陥れた相手に、心当たりはないか?」
心臓が波打つ。
やはり俺は嵌められたのか? いや、そう考える方が自然だろう。
――では誰が?
そう自問自答した瞬間に、俺には一人の女の顔が浮かんだ。
――アンジュ・ジオフリンテ。
俺の第二の母にして、侯爵家の令嬢。
アンジュは息子ケヘラーが怪我をして以降、ふさぎ込んでいた。「どうしてお前が無事で、うちの子はこんな目に」と罵られたこともあった。息子が没落していくなか、宰相補佐として評価を重ねる俺の姿は一層疎ましかっただろう。
「――その顔、覚えがあるようだな」
彼女の出自は侯爵家、とりわけ皇族に対してパイプが強い家系だ。彼女なら息子の部屋に出入りしても周囲から怪しまれることもなく、俺の計画書を盗み見て告げ口することは十分可能だ。そしてそこに悪意があるならなおのこと。
「――相手は私の不在を狙った。余程の胆力と政治力が無ければ実現できまい。個人か、結託か、あるいは未知の組織か。目星をつけたい。些細なことでもかまわん、話してくれ」
だが、本当に彼女なのか?
確証はない。
確証があったとして、それをここでセルゲイに報告してどうなる?
仮に彼女が罰則を受けたとして、いったい誰が幸せになるというのだ。
母も、父も、兄も、この国から居場所がなくなってしまう。
――そんなこと、できない。
「……わかりません」
俺がそう答えると、セルゲイはしばらく俺を見つめたあと、小さくため息を吐いていった。
「そうか」
セルゲイはそれ以上追及するつもりはないらしく、俺の肩に手を乗せた彼は、息子を見る父親のような表情だった。
「お前を失うのが惜しいよ。だが優秀なお前のことだ、どこへ行ってもうまくやってくれると信じている。――息災で」
「セルゲイ様こそ、どうか息災で」
セルゲイが立ち去り、再び牢屋に静寂が戻ると、暗闇と共に後悔と絶望が重くのしかかっていた。
アトラ領土への追放が正式に決まったのは、それから数日経ってからのことだった。
政治に翻弄され追放されてしまったオラリオ。
事の顛末を聞いたエーリンは――?
次回、いよいよ開拓編のスタートです。
お互いの事情を知った二人が、どう協力して、どう仲を深めていくのか、
引き続き暖かく応援頂けますと幸いです!




