第13話 オラリオの独白① 晴天の霹靂
エーリンの過去を認めたオラリオは、今度は自分が過去を話すという。
そうして語られるのは、彼の複雑な出自からだった―ー
俺、オラリオ・ジオフリンテは、代々軍人を輩出する名家ジオフリンテ家の三男として生まれた。
現当主である実父クリフ・ジオフリンテには二人の妻がいる。
一人は正妻アンジュで、もう一人は妾マカラ。兄のケヘラーは正妻の子であり、俺は妾の子だ。
貴族家において妾を持つことは別段珍しいことではないが、我が家の場合は少し事情が複雑だ。
マカラは地元祭司の娘で、父の最初の婚約者であり、元は正妻だった。二人は幼馴染で幼少の頃より互いを意識しあう間柄だったらしい。格差ゆえ周囲より反対があったが、父はそれを押し切り、恋愛結婚への道を突き進んだ。そして幸せな結婚生活を送っていたという。
しかしそこで生まれた第一子は、生まれてすぐに死去した。その理由は明らかになっていないが、二人は悲しみに暮れたことだけは間違いない。
不幸は続き、貴重な跡継ぎの死亡を理由に、二人は引き裂かれてしまう。
結局父は、親の言う相手、侯爵令嬢のアンジュを娶り、当主としての仕事を全うした――つまり俺の兄ケヘラーをもうけたのだ。
しかし父が心から愛しているのはマカラだった。アンジュと結婚した後もマカラを妾として傍に置き、彼女が再び子を宿し俺が生まれた時は、喜びのあまり泣き崩れるほどだったという。
アンジュにとって、それは面白くないことだった。
侯爵令嬢としてのプライドもあっただろう。父がいる前では表に出さなかったが、彼女は明らかに俺を毛嫌いし、事あるごとにケヘラーを贔屓していた。だが幼子の俺にも、彼女の立場と気持ちは理解できた。俺は兄を引き立てるために立ち居ふるまったが、それは嫌ではなかった――実兄ケヘラーのことが大好きだったからだ。
兄は俺の面倒を進んで見てくれていた。遊び、鍛錬、勉学、マナー……率先して、誉め、叱り、励ましてくれた。加えて、優秀だった。
ケヘラーはまず体が丈夫だった。体格に恵まれ、頭の回転に優れ、瞬発力が高い。幼少の頃より早くも頭角を現し、青年に至るころには、軍人としての白兵戦スキルは同年代でも右に並ぶものはいなかった。それは彼が軍に入隊してからも変わらず、出向いた先では華々しい戦果を挙げていた。彼が大軍を指揮する日を誰も疑わなかった。そう思わせるほど、当時の彼には勢いがあった。
俺が早々に軍部への興味を無くしていたのは、まずこの優秀な兄の存在が大きい。これと張り合わなければ戦場で活躍できないのであれば、あまりにも分が悪すぎる。俺が銃剣を扱う斥候兵を志願したのもこのせいだ。同じ土俵で争いたくなかったのだ。今にして思えば、俺が兄と同じ剣士の道を進んでいれば、義母アンジュも救われたかも知れない。
そんなある時だった。ケヘラーは重傷を負い、足の腱を損傷してしまった。怪我を負わせたのは隣国の英雄と呼ばれた者のようで、その強烈な奇襲攻撃により兄は部隊員も失ってしまったのだ。
――この敗北が、彼の出世に大きな影を落とすことになる。
ケヘラーは以降、部隊の指揮を任されることになるが、その結果はあまり芳しくなかった。彼は名実共に、埋没していったのだ。
未来を約束されていた兄。
戦場で武勲を挙げるはずが、その戦場で未来を失ってしまった。
――俺は戦争を嫌悪した。
軍人として素質のない俺は、より一層勉強に励んだ。
戦争のない世界を創るために。
戦争がなければ、ジオフリンテ家は戦いに身を投じずに済む。優秀な兄は戦場以外でも成果を残せただろうし、父も二人の母も、武家貴族の柵に辛酸を舐めずに済んだかも知れない――そう思った俺の行動は早かった。
その後俺は、宰相セルゲイに直談判して弟子入りを志願、数年の実務を経て、やがて宰相補佐になった。
宰相を目指したのは、それが一番の近道だと考えたからだ。
国の情勢を把握し、金と政策を塩梅し、未来を創造する。戦争を回避するには多くの情報と手札が必要だし、実権が無ければカードを切ることは出来ない。宰相であればそれができる。
目論見通り、宰相補佐につくことで、あらゆる情報を入手できた。そして調べを進めるうちに、俺の仮説は確信へと至る。
――多くの戦争は話し合いにより回避することが出来る。
隣国との抗争はそのほとんどが小さな小競り合いから始まっていたし、兄が襲撃されたことにしても、そもそも国境境界線付近の流民問題へ丁寧に対応していれば防げた話だ。他国へ金が流れるのを良しとせず武力を用いた結果、むしろより多くの金を失っていることすらある。下らぬ矜持が邪魔をして、ほんの少しの譲歩もできなかった驕りが招いていたのだ。
我が国は明らかに武力を持て余している。無駄な戦争を回避するために、なんとかしなければならない。
俺は宰相補佐として数多くの問題に着手する傍ら、どうすれば本国の軍部を縮小できるのかを模索した。それは政策、対策、交渉、譲歩、各国各地域に点在する課題ごとに、軍部縮小により新たな問題を生まないよう、多方面において詳細に設計することが必要だった。
俺は宰相セルゲイへ相談した。セルゲイは現状の業務へ影響を及ぼさないことを条件に、素案作成への許可をくれた。ある程度内容が纏まったのちに彼へ提出すれば、プランの検討を共にしてくれると約束してくれた。
それ以降、俺は業務の合間を縫って、寝る間も惜しんで調査・資料作成に没頭した。
そんな折、宰相かつ上司であるセルゲイが、隣国との調整のために半月ほど他国へ赴くことになった。一部業務を委任された俺だったが、資料作成もひと段落した今、問題なくこなすことができ、それは俺の自信に繋がった。
――俺はやれる。
セルゲイが戻ってきたら、資料を見せよう。俺はきっと、この案を実現に導ける。よりよい国の未来を思うと、胸が熱くなった。
しかし、現実はあまりにも非情であった。
「――オラリオ・ジオフリンテ。貴殿を国家転覆未遂により追放する」
それを晴天の霹靂と言わなければ、なんというのだろうか。
優秀な兄を襲った悲劇から、戦争を嫌悪したオラリオ。
しかしその計画が国家反逆罪として追及されてしまう――。
オラリオの身にいったい何が起こったのか?
次回も独白編! よろしくお願いします。




