第12話 稲穂の髪
エーリンの経緯を聞いたオラリオは、エーリンの話にいくつか疑問があるという。
その指摘内容とははたして――
「それは、貴方のその髪色についてだ」
オラリオは私の髪を指さした。
「周囲から不気味がられた――ということだが、真相は異なるのではないだろうか?」
私の髪。父の赤褐色と母のプラチナブロンドとの中間の、橙色。染まりムラがあり、あるところは赤に近く、あるところは白金に近い。
まるで松明が燃えているようだ――。
その形容を、私は不気味以外には受け取れそうにない。
「――どういうことでしょうか?」
私の問いに、オラリオはさらに手を伸ばし、私の毛先に触れながら明言した。
「私には、とても美しく見える」
そのまっすぐな目に、思わず心臓が高鳴る。
今、この人は、私の髪を美しいと言った――?
「――そ、そんな。オラリオ様のお目がおかしいのではないですか? こんなムラのある髪を……」
そんなこと、男の人に言われたのは初めてだった。
侍女たちは私の髪を整えるたびに、どうムラが出にくいようにするのかを苦心していた。髪の梳き方か、あるいは結わき方か。どこの部分を表にして、裏にして――。彼女らが悩ましげにため息をつくたび、申し訳なく思ったものだ。本当はもっと姉や妹に時間をかけたいだろうに、と。
だからオラリオのそれも冗談かお世辞だと私は思ったのだ。
――恥ずかしさのあまり、失礼な言い返し方をしてしまった。
「ふ。確かにそうかもしれないな」
申し訳ないとは思いつつ、それくらいならば許されるだろうと、そう思った時だった。
「――私には、色の違いというものがあまりよくわからないから」
オラリオの言葉に、我が耳を疑った。
「え――?」
――色の違いが、わからない?
オラリオは視線を窓の外に向けて告白した。
「どうやら、他の者と見えている景色が違うらしい。医者が言うには、色を認識する力が生まれつき少し弱いそうだ。これは、それを少しでも悟られぬように使っているのだがな」
オラリオはそう言って胸からモノクルを取り出し、左目にかざした。レンズ越しのオラリオの左目は、幾分小さく見えた。
「も、申し訳ございません。とんだ無礼を」
恥ずかしさをごまかすために言った言葉が、本当だったなんて。
なんてひどいことを、言ってしまったのだろう――。
私は血の気が引いていくのを感じた。
「いや、いい。事実だからな。それに、大して不便はしていない」
が、オラリオはまるで気にも留めていないと言った様子で、窓からの陽光に眉を細めている。
「私は軍の家系だと話したな。そんな生まれの私が政務につくことを許されていたのは、この眼のおかげでね」
するとオラリオは、まるで猟銃を構えるかのように腕をあげ、何かに狙いを定めると左目を閉じた。その洗練された動きは、まるでそこに本当に猟銃があるかのように錯覚させた。しばしの間のあと、その人差し指がわずかに動くと、彼の口元は小さく「バン」と呟いた。その音は聞こえないほど小さかったが、その刹那、遠くで鳥が飛び立つ音が聞こえた気がした。
「遠方の敵味方の区別がつかないんだ。どんなに遠くの獲物を仕留められても、いつ背中を撃ってくるかわからん奴を、同じ隊にはおけないだろう?」
オラリオは自嘲するように言った。
「まぁ、もとより軍部に関心の低い私にとって、それはむしろ好都合だったんだがな」
その言葉に、しかし私はうまく言葉を返せなかった。うまい言葉が見つからない。
そんな私を見かねたのか、彼は一呼吸してから優しい口調で言った。
「とはいえ、政界に入った後も、この眼のせいでそれなりに苦労することもあった。例えば晩餐会である貴族令嬢を探さなければならない時、多くの人は色でアドバイスをくれる。ほら、あそこの何色のドレスの――何色の髪の――とな。おかげで何度か別の女性に声をかけ、苦し紛れの世間話に頭を捻ることになったよ。ただでさえ同じような化粧・容姿の者が多いというのに」
確かに現在の貴族社会のそのルッキズム・ヒエラルキーはとどまることを知らない。ある令嬢が美しいとされれば、すぐさま皆が同じような格好をする。そのような状況で色を区別できないのは大変なことだったろう。
「だが、貴方は違う」
彼は言った。
「その髪は、まるで風にたなびく稲穂の海のようだ。たとえ数百の群衆の中であったとしても、見つけることが出来るだろう」
稲穂の海。風にたなびく稲穂畑は、白浜の波のように見えることがあるという。多くの人には松明の炎のように見える私の髪も、彼には目にはそのように映っているのだろう。
人の髪の色は千差万別だが、私のように染まりムラのある髪を持つ令嬢はほとんどいない。色の違いは分からなくとも、濃淡の違いがわかるのであれば、なるほど確かに私の髪は見分けやすそうだ。
そこまで考え、一つ思い当たる。
オラリオはその見目美しさと実力で、多くの令嬢から注目されていた男だ。
当然、言い寄る者も多かったはずだ。
なのに、浮いた話はまるで聞かない。
「もしかして、オラリオ様がご結婚なさらなかったのは」
オラリオならいつ嫁をとってもおかしくない。
それなのに、その一人を選ばなかったのは――。
「違いがわからないんだ」
オラリオは両肩を竦めて告白した。
――やっぱり。
言い寄る令嬢のそれが誰なのか、見分けることが難しかったんだ。
「正直、そのドレスが青だろうか赤だろうが、どうでもよいんだ。私にとっては、その者が何を感じ何を考え、そしてどんな言葉を交わしたかの方が重要なのだが――しかしどこへ行っても、世辞と世間話ばかりだ」
確かに、年頃で恋焦がれる令嬢達がこの堅物の興味関心を引ける話題を持っていたとは考えにくい。オラリオにとってそんな彼女達を区別することは難しかったのだろう。恋に発展しないのも頷ける。
「その点、貴方の話は興味深かった」
オラリオは嬉々として身を乗り出していた。それでいえば、私の話はさぞ刺激的であっただろう。私が自嘲するように笑うと、彼は真剣なまなざしに戻った。
「失礼、もっと言葉を選ぶべきだった」
「いえ、誉め言葉として受け取っておきます」
「助かる」
しかし、私の身の上話はそこそこ重たい内容だったというのに、それを興味深いとは、この男もなかなかに言ってくれる。
「おあいこ、ですわね」
私がそう言って笑うと、オラリオも一緒に笑ってくれた。
――笑うと、目じりに皺ができるんだ。
いつも笑っていれば、もっと印象も違っただろうに。
「――私、もっとオラリオ様のことが知りたいです」
真面目で堅物。
隙の無い立ち居振る舞いと、圧を感じるその口調。
人形のように端正で美しく、まるで感情が備わっていないかのような氷の表情。
でもこうして話していると、違う印象も湧いてくるのだ。
――この人は、きっと――
「そうだな、私も話さなければならないだろう」
彼は姿勢を正し、言った。
「私がどうして、ここにいるのかを」
エーリンの髪を美しいと言ったオラリオは、色弱であることを告白した。
彼の意外な側面に触れたエーリンだが、
果たして、オラリオは自身の過去をどう語るのか――
次回はオラリオの回想編です。
二人の人となりが辺境での活動に大きく影響してきますので、
引き続きお楽しみ頂けますと幸いでございます。




