第11話 オラリオの懺悔室
ここに来るまでの経緯を全て話したエーリン。
黙って聞いていたオラリオは果たして――?
「それから、荷馬車で揺られて数日。以降は、ご存じのように」
オラリオは私の説明を黙って聞いてくれていた。整理のつかない私の言葉に、じっと耳を傾けてくれる胆力に驚きつつも、感謝した。
そして、話しながら、思ったことがある。
「今にして思えば、私は言い訳ばかりで、一言の謝罪もしていませんでした」
襲撃を知らされた日。私の頭の中は、なぜ、どうして、裏切り、残酷、そんなことばかりだった。その展開にばかり意識がいって、肝心なことを受け止めていなかった。
「多くの人が私を手伝ってくださいました。でも、それももうなくなってしまった。私は彼らの期待を裏切ったのですね」
私は自慢だった。志に共感し、同じ目標を掲げて共に歩んでくれる人がいることに。
でもそれは私の思い上がりだった。
「亡くなった三人も、よくやってくれていました。本当に熱心に。彼らにも未来があったでしょうに」
でも殺された。私が彼らに命じたせいで。
「申し訳なくて、たまりません」
彼らの笑顔が、走馬灯のように頭に浮かんだ。彼らがもうこの世にいないのだという事実が、とめどなく私に襲い掛かってくる。それは、涙として溢れた。
エスト地区救済失敗は、いずれ貴族中に知れ渡る。そうなれば、貧困地区に対する風当たりはより強くなり、救済活動の芽はますます摘まれやすくなるだろう。私が起こした失敗は、彼らを救済するばかりか、より困難な道に追いやったのだ。私は彼らを無駄死にさせてしまった。
「オラリオ様も、申し訳ございません。私は、殺しの重罪人です」
オラリオも不運だ。こんな辺境に追いやられ、こんな重罪の女を妻にしなくてはならないのだから。
この話を聞いて、オラリオは一体どう思っただろうか?
ひどく糾弾するかもしれない。
いや、それをされても私には何も言う資格はない。
ここを出ていけと言われたら、潔くそうしよう。
それが私にできる、最後の罪滅ぼしなのかもしれないのだから。
窓の外からは暖かでさわやかな風が吹き込んでいる。あたたかな日差しが差し込み、部屋は穏やかだというのに、私の嗚咽はそれを台無しにしてしまっている。
そうしてしばらくして私の涙も落ち着いてきた頃だった。
オラリオは立ち上がり、私の傍へ寄ると、私の手を取って言った。
「話してくれてありがとう。つらいことだっただろうに」
その優しい言葉に、私の心臓が高鳴る。
「すまない。こんな時に、なんて言葉をかけていいのか、思い当たらない。不甲斐ない私を許してほしい」
オラリオはそう言って、胸のポケットからチーフを取り出し、私の涙をぬぐい、私の掌にそっとそれを握らせた。
「私を責めないのですか?」
「責める? どうして?」
彼は首を傾げたあと、再び自席に戻り、私と相対した。
「だって、私は人殺しで――」
私がそこまで言いかけると、彼は再び真面目冷徹な表情に戻り、手をかざして言葉を遮った。
「自分の妻がつらい想いをしている時に、責め立てる夫がどこにいるというのだ? 世間は知らんが、少なくとも私はそんな畜生ではない」
夫として妻を庇う優しい言葉、私はそれに再び涙腺が崩壊しそうになるのを懸命に堪えた。
――まだ私を妻として見てくれているんだ――
それだけで十分だった。
「――だが、言いたいことはある」
私が再び驚いた顔を見せると、彼は再び真面目な顔をして言った。その態度に、思わず私の背筋も伸びる。
「なんでしょう?」
「貴方の話にはいくつかの疑問がある。……いや、指摘というべきか、文句というべきか……」
彼はそう言って腕を組み、わざとらしく悩んでいる素振りをした。
「どうぞ」
私がそういうと、彼は咳払いして話し始めた。
「まず、貴方は殺しの罪に問われるという点だが、それはあり得ない」
「しかし――!」
私が思わず口を挟むと、オラリオは自身の口元に人差し指を当てて、小さく「しー」の仕草をした
「反論は話を最後まで聞いてからでも良いのでは?」
まるで子供をしつけるような彼の言動に、恥ずかしさのあまり頬が紅潮する。
「失礼しました……」
「かまわない」
オラリオは続けた。
「聞こう。貴方は命の危険があると知りながら、彼らの派遣を命じたのか?」
「い、いえ。襲撃は、まったくの予想外でした」
「では常識を超えた過酷な業務を押し付けたか?」
「断じてしていません!」
「ならば問題はない」
彼は少し大きく両手を広げ、肩を竦めた。
「貴方は殺しに加担していないし、予測もできなかった。本人たちも拒否しようと思えばできたことだ。業務内容は適正。紛争地域でもない貧困地区での見張りと、領民の診察。どちらも難度が高いとは言えないし、それも専用の建物を提供していた――雇用主として管理責任を十分に果たしている。貴方が殺しの罪に問われることはない」
彼は元宰相補佐らしく、難しい条件を羅列して見せた。なるほど、確かにその理屈なら法としての殺しの罪には問われないのだろう。
しかし……
「ですが、父が……『お前が殺したようなものだ』と」
私にはあの時の父の言葉が胸に深く突き刺さっている。殺しの罪でないからよかった、なんて心境には到底なれないのだ。
「エーリン」
俯く私を、オラリオが真剣なまなざしで呼ぶ。
「貴方の御父上にしたらそうかもしれないが、現実は異なる。それ以上、自分を悪く言うのは止めた方がいい。貴方には何の得もないことだ。それよりは現実を受け止め、前を向くことの方が大切だ」
その言葉にはっとする。
自分を責め落ち込むことは、だれにだってできる。自分を悲劇のヒロインのように言ったところで、だれも救われることはない。
それよりも私がしなくてはいけないのは、彼らの死を無駄にしないこと。
父の『汚名を返上しろ』という言葉の意味が、今わかった気がする。
私は自分を奮い立たせて、再び背筋を伸ばすと、力強く返事をした。
「わかりました」
オラリオはまた意地悪そうな顔をこちらに向けている。
「よろしい」
どうやら彼は、私を子供か何かと思っているらしい。確かにそう思わせるような幼い言動がこちらにあったかもしれないが、とは言え、こちらももう十七歳。立派な大人である。
そこまで考えて、一つ疑問が生まれる。
――オラリオは、いったいいくつなんだろう?
容姿はよく、肌艶もある。だが言動はかなり落ち着いている。年齢不詳だ。
そうやって私が余計なことに気を回していると、彼は咳払いをしてから、言ったのだった。
「それと、もう一つの指摘についてだが」
エーリンの話を黙って聞き、「殺しはしていない」と認めてくれたオラリオ。
しかしオラリオにはエーリンの話に指摘したいことがまだあるようで――?
真面目な元宰相補佐は、いったいどんなことを指摘してくるのでしょうか?
次回もお楽しみ頂ければ幸いです!




