第10話 エーリンの独白③
エーリンの慈善活動はうまく行っていたはずだったが、
突然、その為に建造した庶務棟が襲撃されたと聞かされるエーリン――。
全てが上手くいっているはずだった。
配布は毎回盛況で、受け取りに来る領民が増えていく度に成果を感じたし、会うたびに血色がよくなっていく人々を見て、自分の心が満たされていくのを実感した。
私は医者の卵を現地に送り常駐させ、物資を受け取りに来た領民の健康状態を記録させた。特に子供は重要として、「受け取り時に子供を同伴させるとお得」になる施策をうった。
数カ月が経ち、多くの記録が集まってくると、何が足りないのかも見えてくる。
まずは清潔な水。雨水だけでは足りず、感染症も防げない。付近の川から水を引いてくるか? 治水工事なら仕事のあっせんも可能か?
私はこの時、有頂天になっていた。私はやれる。私の力で、エスト地区を救ってみせる。それができるのだと、本気でそう思っていた。
「襲撃された……?」
父の執務室に、多くの人が集まっていた。母や姉妹、執事のクレベーン。父の補佐執務官アジルと、そして姉の婚約者である伯爵。椅子にかけ背を向ける父を除いて、皆が私に視線を送っていた。しばしの沈黙のあと、アジルが一歩進み、手元の資料を読み上げた。
「昨夜未明、エスト地区にて、同地区領民を支援するためエーリン様が建造された木造倉庫型建築、通称庶務棟に対し、地元領民ら十数名が押し入り、支援物資を強奪。その際、監視の任にあたっていた兵士二名と、宿直していた医療従事者一名を殺害、衣類等も合わせて強奪したものです」
事態の重さに、立ち眩みがしてその場にしゃがみこんだ。侍女のユミルが咄嗟に体を支えて何かを言ったが、頭に入ってこなかった。
食料強奪。数十名にも及ぶ犯行。それは明らかに計画的に行われたものということを示唆していた。
背中越しに、父が言った。
「すでに彼らは我が私兵団によって粛清した。今頃、その首が庶務棟跡に並べられていることだろう」
その光景が頭に浮かぶ。強烈な吐き気を堪えながら、私は声を絞りだしだ。
「なんて残酷なことを!」
私は領民を救済したかった。しかしその一行が命を奪い、その証拠を陳列するという異常な事態。苦しい日々に突きつけるその光景は、絶望でしかない。
「残酷? それをお前が言うか」
父は椅子ごとふりかえり、冷淡な視線を向けて言葉を続ける。
「兵士二名は我が私兵候補だった。医者の若者は我が庇護下にある準男爵の嫡男――共に優秀だったと聞く。それをあんな場所に無理やり送り込み、あまつさえ死なせたのだぞ」
父はこう言っているのだ。お前が殺したのも同然だ、と。
「ちょっと待ってください! 無理やりだなんて、そんな――」
件の三名については、執事クレベーンを通じてアジルにその人選を依頼していた。だが紹介をもらった後、私は本人たちへ直接お願いに上がった。その時、私の思いと考えを真摯に伝え、そして快諾を貰ったのだ。無理強いなんてしていない。
「彼らは快く引き受けてくれましたわ! 私の思いに共感して――」
「――断れるわけがないというのがわからんか!」
机が強く打たれる音が部屋に響き渡った。父の顔に無数の血管が浮き上がっている。
「お前は自身がどれほど影響力を持つのか、まるで理解していない。今や私に組み入りたい者など数多いる。その娘であるお前の頼みを断るということがどういうことかを考えぬ者などいない。お前の思想に共感してもそうでなくとも、彼らはそうしただろう。わかるか? これを強制というんだ。お前がそれを理解していようがそうでなかろうが、な」
「そんな――!」
彼らは私の話をちゃんと聞いてくれて、そして賛同までしてくれた。あの時の笑顔が私の思いに向けられたものでなくて、その背後にある父に向けられたものだなんて。
「お前の慈悲という名の自己満足は、結果的に愚かな民の反乱を助長しただけだ。領主としての品位を欠いただけでなく、領民の反感を買い、投資の全ては水の泡。何より、貴重な人材が失われた。全て、お前の指示でな」
「こんな、こんなつもりでは!」
「そうだろう。だが現実だ。結果が全て。そして、結果には責任が問われるものだ」
父は立ち上がり、厳しい表情で断じた。
「度重なる独善的な行為、損害。お前には罰を与えねばならない」
――罰。
配下へ行う罰則はこれまで幾度となく見てきた。上に立つものが下の者に与えるものとして、それは当たり前に見てきた。叱責する父の厳しい態度をどこか他人事のように見ていた私にとって、その言葉が自身に向けられた今、初めて事態の重さを痛感した。
「お前には嫁いでもらう」
それだけに、その言葉の意味が一瞬わからなかった。
「嫁ぐ、って、私が、ですか」
「そうだ。命が助かっただけでなく、貰い手まで見つかるとは、お前は運がいい。最後くらいは、マクワイヤ家の娘らしくすることだ」
頭の整理が追い付かない。
――私が、結婚?
襲撃があった時、もし私がその場にいたのなら、確かにこの命はなかっただろう。それは確かに不幸中の幸いだった。
マクワイヤ家の令嬢でありながら母の容姿を受け継げず、結婚に期待もされていなかった私に、こんな失敗までしでかした私に、貰い手がいる。確かにそれも幸運だろう。
――でも、なんで?
「し、失礼ながら、お相手はどなたなのでしょうか」
「オラリオ・ジオフリンテ殿だ。お前も名は知っていよう」
私はその名を聞いた時、ますます混乱した。
オラリオと言えば、私でもその名が届く、話題の腕利き宰相補佐だ。子爵であるが私よりも遥かに立場が上の存在。ともすれば、政略結婚として理想的な結末とも見える。では一体何が罰なのだ。
その疑問に答えるように、父が言った。
「彼は失墜した。まもなくアトラ領土へ追放される」
多すぎる情報に頭の整理が追い付く前に、父は毅然と言い放った。
「辺境アトラ領主となるオラリオ殿と合流、妻として彼を支え、共に僻地アトラ領土を立て直せ」
アトラ。
本国最南端は沿岸にある辺境中の辺境。
馬車で数日を要し、マクワイヤ領ともほとんど交流のない地。
――そうか。
私は追放されるのだ。この地から、マクワイヤ家から。
「急ぎ荷物をまとめよ。出立は明日未明。以降、戻ることは許さん。質問は?」
時はすでに夕刻。準備時間はあまりにも短い。それは、もはや私にはどうすることもできないということの証左だった。
「――かしこまりました」
私は跪き、最敬礼をした。今までだってこんな真剣な最敬礼を父に捧げたことはない。そして、これが最後だ。
「今まで、お世話になりました」
振り向き、扉まで歩く。
母は俯き、姉は同情を、妹は睨むように私を見ていた。
私は一人になってしまった。
「――エーリンよ」
扉に手をかけた時、父が言った。
「アトラは領主不在の貧しい地域だ、お前の経験を活かすにはもってこいだろう。一人前として認められたくば、汚名を返上しろ。簡単なことではないが、お前が亡くなった者にできる、唯一の罪滅ぼしと心得よ」
「――失礼します」
扉をそっと閉じ、天井を眺めた。
扉越しに母の泣く声が聞こえたが、もはや私にはどうすることもできなかった。
事態の責任を問わされアトラ地区への追放が決まったエーリン。
しかもその相手は失墜した元宰相補佐。
ここから数日をかけ、本編第一話に至るわけだが……
この話を聞いたオラリオはどう思うのか……
続きをお楽しみにいただければ幸いです!




