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櫻木双葉2

はい、続きです。

『暇だなぁ……』


 私はとにかく暇だった。

 日がな一日ホームのベンチに座り、流れゆく景色をずっと眺めていた。

 眠そうに電車を待つ人、スマホをいじりながら音楽を聴いている人、友達とお喋りしている学生たち、新聞や雑誌を読んでいる人、駆け込んでくる人、イチャつく恋人たち。いろいろな人がいて見ていて面白かった。いつもなら乗るはずの電車を見送り、仕事をさぼったような背徳感が新鮮でわくわくした。いつもいやらしい目で私を見ていた変態おやじのカツラを飛ばしてスッキリもした。でも、それも一日で飽きた。

 時刻取りに電車は止まり、時刻通りに発車する。朝は通勤通学のラッシュ、昼は奥様方や旅行客が行き交い、夕方から夜にかけて学生や社会人が帰ってくる。当然のことだけど、これが毎日繰り返されている。

 これを何日見ていたか覚えていないけど、いい加減嫌になって来た。

 生きてる時、よく飽きもせず毎日同じ事を繰り返していたものだと自分に感心してしまう。それも仕事の為、ひいては生きる為。それをしなければ生きていけなかったのだから仕方がない。

 生きている間はそれでいいけれど、死んでしまった私はどうすればいいのだろう。誰も私に気付いてくれない。話しかけてもくれない。隣に座った人に話しかけても、聞こえないから無視されてしまう。たまに赤ちゃん連れのお母さんがいて、赤ちゃんがこっちを見てニコニコ笑ってくれたのは、寂しい私の心に潤いを与えてくれた。やっぱり赤ちゃんは第六感が鋭いのかな? 可愛いからあやしてたけど(可愛い赤ちゃんを愛でる私可愛いアピールじゃないから。本気で寂しかったのよ!)、すぐに電車に乗って行ってしまう。結局私は一人になってしまう。


『あ~あ、私も電車に乗ってどこかに遊びに行きたいなぁ……』


 ……ん? ちょっと待って。今の私、特に未練なんてないわよね? ここに居る理由なんてなわよね? どちらかというと、嫌な思い出しかないこんなところになんていたくない。そもそも私、地縛霊じゃないし、ここに居なきゃいけない理由なんてないじゃない。私を縛り付けるものなんて何もないのよ!

 そうとわかればこんな所とはおさらばよ!


『さて、どこに行こうかな?』


 観光地とか行ってみたいけど、いきなり遠出は幽霊初心者の私にはちょっとハードルが高いのよね。だから、まずは近場から攻めるべきだと思うのよね。となれば、やっぱりショッピングかな。こんなスーツ姿じゃ可愛くないもん。とはいえ、こんな田舎じゃなぁ……とりあえず、目の前にあるスーパーにでも行ってみようかな。全国展開とまではいかないけど、それでも大手のスーパーだ。食品だけでなく、ちゃんと衣類や装飾品なども売っている。有名ブランドのものではないけどね。

 私は幽霊であることを最大限生かし、線路を突っ切り、ホームから一階へ飛び降り、車道なんて何のその、信号なんて無視無視で突っ込んで行く。


『でも、生きてるみんなはマネしちゃダメだぞ!』


 と、可愛い感じにポーズを決めて言って見た。

 でも、誰にも見られず聞かれていないことに虚しさを感じ、それと同時に、こんな恥ずかしいポーズを見られなくてよかったと安堵していた。

 そうこうしてる間にスーパーに着き、開いた自動ドアを通り中に入る。

 近くにいたお客さんが驚いていたけど、それはそうよね。その人から見れば、誰もいないのに自動ドアが勝手に開いたんだもん、ちょっとしたホラーよね。まあ、誤作動ってことで納得するんだろうけど。


『さてと、まずは服ね』


 私は衣料品の店舗の入っている二階へと足を運んだ。

 足を運んだって言うのも変な表現よね。足はないしフワフワ浮いてるし。この場合身体を運んだって言った方がいいのかな? でも幽霊だし、魂? 魂を運んだ? ……それじゃ死神みたいね。

 なんてどうでもいいことを考えていると、店舗に到着した。


『可愛い服可愛い服っと……』


 さすがにこの年でフリル付きはないわよね。痛すぎるもん。じゃあギャルっぽく? ん~私のイメージじゃないのよね。やっぱり落ち着いた感じの方が……でも、それだといつもと同じだし。折角幽霊なんだし、少し冒険してセクシー路線で、とまではいかなくても、少し大人な雰囲気を醸し出す感じのものにしようかな。

 私は鼻歌交じりに服を選んでいく。

 ん~これなんかどうかな? 少し長めのワンピースにカーディガン。それともこっちのジーンズにチュニックとか?

 ちょっと試着してみようかな。


『すみませーん、店員さーん』

「……」


 ガン無視された。

 ……そうだった。いつものように声を掛けちゃったけど、私の声聞こえないんだった。じゃあ勝手に試着しちゃおっかなぁ。

 私は他にツーパターン、合計4パターンを試そうと試着室に入った。

 試着する前に、服を体に当てがい姿見に映して見た。


『…………そっかぁ、そうなるかぁ』


 鏡には、服だけが浮かんでいるのが映っていた。ううん、正確にはボンヤリと、薄っすらと私の姿らしきものが映っている、気がする。

 私幽霊だもんね。それに、鏡にハッキリ映るほど強烈な念(怨念)なんてないし、夜ですら映るか怪しいのに、昼間になんて無理に決まってる。

 身体に当てがっても、似合っているかわからない。試着しても無駄だろうな。


『ハァ、まさかここでも幽霊であることの不便さが出るとはね……』


 私は服を戻し、店舗を後にした。

 喫茶店や飲食店は店員さんと話ができないから行っても意味がない。そもそもお腹が減らないから行く必要がない。装飾品を眺め、書店で立ち読み、もとい、浮き読みして時間を潰したけど、まだまだ時間はある。幽霊だから時間は無限にある。


『幽霊って、いつも何してるんだろ?』


 そんな疑問が浮かんだけれど、大抵の幽霊は成仏しあの世に向かう。そうでない者は、無念を晴らすために人を呪い殺すことに勤しんでいるのだろう。

 じゃあ私は? 復讐を諦めた私は、成仏のできない私は何をすればいいの?

 答えは出ない。誰も教えてくれない。答えは自分で出すしかない。


『これからどうしよっかなぁ』


 これからの事を悩んでいると、いつの間にか食品売り場に来ていた。時間的には夕刻、生きていた時の癖で、夕食の食材を見に来ていたみたいだ。


『私何してるんだろ。食事の必要もないのに、ここに来ても意味ないじゃない……ん? あれって』


 なんだか見覚えのある店員さんがいた。


『勇人君だ。アルバイトかな?』


 ワイシャツにネクタイ、エプロン姿の勇人君はせっせと商品を陳列している。学生服じゃない勇人君は、なんだか少し大人びて見えて新鮮だ。まあ、学生服姿の勇人君もそんなに見たことないんだけどね。

 とはいえ、見知った人と出会えて私はホッとしていた。勇人君は私の姿が見えるし声も聞こえる。人恋しかった私は知らず知らずのうちに勇人君に近づいていた。手を伸ばせば届く距離にまで近づくと、勇人君が声を掛けて来た。


「いらっしゃいませ!」

『は、はい』

「ごゆっくりどうぞ!」

『あ……』


 勇人君はそう言うと、少し離れて陳列を再開した。

 私の事は見えてるみたいだけど、普通に買い物に来たお客さんだと思って場所を開けてくれたみたい。顔を見なかったから私だって気付かなかったのかな?

 私はもう一度近寄り声を掛けようとした。でも躊躇してしまった。

 成仏しようとしてお別れしたのに、すぐにまた現れたら勇人君どう思うかな? 心配してくれるかな? それとも、やっぱり恨みが残ってて悪霊になったって思われちゃうかな? それは嫌だな。でも、勇人君なら心配して相談に乗ってくれるかも。でもでも、困った顔されたらどうしよう。そう思うと、なかなか声を掛け辛くなってしまった。

 躊躇している間に、先にお客さんが声を掛け勇人君は行ってしまった。


『あ……』


 声は掛けられなくとも、唯一私の事が見える勇人君と離れたくない私は、ストーカーよろしく勇人君の後をついて回った。

 勇人君は笑顔で接客している。商品の置いてある場所への案内や、商品の説明などをしている。真面目にバイトしているようだ。

 って、当たり前か。バイトもお仕事だもんね。お給料貰ってるんだもん適当になんてできないよね。中には適当に時間を潰してる子もいるみたいだけど、そういう子は嫌いだな。

 私は気付かれないようにそっと勇人君の後について回り、仕事ぶりを見学していた。

 結構近くにいるんだけど、意外と気付かれないものね。

 あれ? これって、ストーカーというより憑りついた感じじゃない?

 大丈夫かな? 勇人君体調崩したりしないかな?

 と、不安が過ったけど、寂しかった私はやっぱり離れられずにいた。


 バイトが終わり、帰宅しても私はついて来ていた。

 勇人君の家は普通の一軒家だった。建売住宅かな? 同じような家が並んでる。こういう家ははじめてだから新鮮だな。ていうか、男の子の家に来るのがはじめてだった。ドキドキする。

 でも、無断で入ってもいいのかな? やっぱりダメだよね。

 私はギリギリで理性を働かせ、家の外で待つことにした。

 家を見上げると、二階の部屋の照明がついた。あそこが勇人君の部屋かな?

 私はフワフワと浮かび、勇人君の部屋の窓に近づいた。

 そして、窓にそっと耳をつけ中の様子を窺った。

 ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。着替えているのかもしれない。一緒に入っていたら、凄いものを見るところだった。危ない危ない、勇人君のプライバシーを覗き見るところだった。見られたくない場面だってあるはずだもんね、気を付けないと……。

 気付くと、私の顔が窓をすり抜け部屋の中に入っていた。


『あ……』


 全然気を付けられなかった!?

 さすがに窓から顔が出て来れば気付かれてしまう。ていうか、これもう絶対気付かれてるよね? 驚いてるかな? それとも怒ってるかな?

 私はそっと、顔を上げた。

 しかし、部屋の中には誰もいなかった。着替えを終え部屋を出た後のようだ。


『晩御飯かな? バイト終わりでお腹空いてるはずだもんね。ふぅ、よかった』


 ホッとした私は、部屋の中をグルッと見回した。

 男の子の部屋に入るのはこれがはじめてなんだけど、随分と散らかっている。男の子の部屋ってみんなこんな感じなのかな?

 机には教科書が山積みにされ、あまり開かれた形跡はない。あ、まだ新学期に入ったばかりだもんね。新しい教科書があまり開かれていないのは当然よね。

 床にはマンガの本や週刊誌が乱雑に置かれ、足の踏み場もない。

 だらしないなぁ。

 私は、本をサイズごとに分けてまとめていく。


『……あ』


 すると、週刊誌に混ざってエッチな雑誌が紛れ込んでいた。

 仕方ないなぁ、と思いつつ、勇人君がどんな人が好みなのか気になり、興味本位でパラパラとめくって見た。


『うわぁ……』


 服を着崩した女性が大胆なポーズで色っぽい表情をしている。なんだか見てるこっちが恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。

 勇人君、こういう人がタイプなのかな? 玲奈ちゃんとは違うタイプなんだけど。

 ていうか、堂々とこんなところに置いていたらお母さんに見つかっちゃわないかな? 確かエッチな雑誌はベッドの下に隠すものだと聞いたことがある。

 私は気を利かせて隠しておいてあげた。


 『これでよし』


 ベッドの上には学生服が脱いだまま放置され、このままでは皺になりそうだった。

 私はクローゼットの中にハンガーを見つけ、勝手に掛けておいた。

 一通り見回した私は、ベッドに腰掛け息を吐いた。


『ふぅ、スッキリした……これからどうしようかなぁ』

ボフッ


 私はベッドの上に横になり、これからの事を考えた。

 これから成仏するまで一人きり。でも成仏する手掛かりすらない。一人で探すにも限界がある。ここはやっぱり恥を忍んで勇人君に相談した方がいいのかな? ずっとこのままってわけにもいかないし、何より話し相手がいないって言うのは寂し過ぎる。勇人君人がよさそうだし、きっと協力してくれるはずよね。でも、勇人君のプライベートを邪魔しちゃ悪いし、そこは話し合ってうまく調整して行けばいいよね。


『よし、勇人君が戻って来たら相談しよう。当然驚かれるだろうけど、それは仕方がないよね。それより、拒絶されなきゃいいんだけど……』



◇◇◇



ギィィパタン

『ん?』


 今、扉が閉まる音が聞こえたような……あれ? 私何してたんだっけ? ……そうだ、勇人君を待ってて、いつの間にか眠ってたんだ。

 目を開くと、目の前に天井が広がっていた。しかも異常に近かった。近いというより、目と鼻の先にそれはあった。

 それにしても薄暗いなぁ。もう電気消しちゃったのかな? ん? ていうことはもう勇人君戻ってるってこと? もう私に気付いてる!?

 私は焦って確認しようとすると、


ギシ、ボフッ


 と、ベッドがきしむ音が聞こえて来た。しかも目の前から。

 どうやらここは床だったみたいで、天井だと思っていたこれは天井ではなくベッドの裏側だった。私は寝ている間にベッドをすり抜け、ベッドの下に入り込んでいたようだ。

 そして、今まさにそのベッドで、私の上で勇人君が眠りにつこうとしている。

 この状況は、都市伝説でよく聞く「ベッドの下の男」だった。


 ある女性が友人宅に泊まりにいった際、ベッドの下に包丁を持った男がいるのに気付いたそうだ。その女性は男に知られないよう友人に、「コンビニに行こう」と言って強引に連れ出した。そして警察に通報したそうだ。捕まった男は、友人を強引に自分のモノにしようと忍び込んだと自供したらしい。気付かずに眠っていたら、二人ともどうなっていたことか……。


 その話を聞いた時は恐怖したものだけど、まさか自分がそれを経験することになるとは思いもしなかった。しかも「ベッドの下の女」として。包丁は持っていないけれど、代わりに幽霊というオプション付き。自分で言うのもなんなのだけど、十分過ぎるくらいに怖い話だ。

 出るに出られなくなってしまった。

 せめてベッドの上だったら誤魔化しようはあったのに。『ついて来ちゃった』と可愛らしく言えばイチコロのはず。とはいえここはベッドの下、勇人君が寝静まるのを待って抜け出した方が賢明よね。さすがに話は出来ないから明日にするしかないんだけど。

 私は勇人君が眠るまで待ち続け、ベッドの下から抜け出した。

 後から思ったんだけど、スーッと外にすり抜ければよかったのよね。それに気づかない程、気が動転してたのね。


 翌朝、勇人君はドタバタと出て行ってしまい、話をする暇もなかった。

 仕方がないからあの場所、勇人君とぶつかりそうになったあの道の近くで、何かを探している勇人君に声を掛けた。


勇人と再会する前、双葉はこんなことをしていた、という話でした。

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