消えない想い 弐
ここだったら、ありのままの私でいられる。
そのことを改めて確認してから、私は興味津々の景時を焦らすように、もったいぶってゆっくりと口を開いた。
「私ね、みんなを喜ばせるために、宴会を開きたいと思うの。そこで魔術を披露したいと思うんだ」
まずは、そうとだけ告げる。
しかし景時は、私がそこまで素直な仲間想いではないと、知っていることだろう。
何も言わないのは、どうやら続きを待っているようである。
「嘘じゃないよ? 楽しませたい、喜ばせたい、その想いだけで動く私ではないけどね。魔術にはそれなりの自信があるから、そこで私の力を見せつけて、裏切る気さえ起こせないようにしてやろうと思うんだ」
この言葉にもまだ続きがあると、景時は気付いているんだろう。黙ってそれを待っていた。
もちろんだよ、これだけじゃ終わらない。
最初の言葉は、みんなに見せる優しい源頼朝の像。次の言葉は、源頼朝の醜い本当の姿。
そして今度の言葉は、私としての言葉。
「それに、私はみんなに愛してもらいたいんだもん。褒めてもらいたいんだもん。これは本当の本当、だよ。だって、景時も含めてそうなんだけど、みんな私から距離を取るじゃん」
「……頼朝様……」
私の言葉を聞いて、悲しそうな表情で景時は小さく呟く。
その表情が示すそれがなんなのか、私にはわからない。だけど私は、景時のその表情が堪らなく嫌いだった。
景時のことが好きだから、ずっと笑顔でいてもらいたいんだ。
私のせいで、その笑顔を曇らせてしまうのは嫌。悲しそうなその表情は、景時が浮かべるべきではないもの。明るく笑顔な景時が、浮かべてはいけないもの。
それを私は、させてしまっている。
そう思うと、その表情が本当に嫌いになる。
景時には笑顔でいてもらいたい。悲しんでもらいたくはない。そう願う素直な気持ちもあるのかもしれない。
なんてね。
それじゃあまるで、私が景時のことを愛しているみたいじゃないか。
私はただ、憐れまれているような気分になっているだけ。
勝手にそう思って、景時のことさえ疑ってしまうから。そんな自分が嫌で、もっと哀れに思えるから。
それくらいのことは、私もよくわかっているよ。私が優しくないことも、痛いくらいわかっている。
「崇めるくらいに、私のことを大切にしてくれる。でも私は、もっと近くで、私という人間と見てもらいたい。そうしないと、寂しいでしょ? だから、だから、私は……」
もう言葉はいらない。そう言うように、景時は私に優しい眼差しを送り続けてくれていた。
「頼朝様は、寂しい思いをなさっていたことでしょう。それに気付かず、申し訳ございません」
やがて口を開くと、そこから出てきたのは謝罪の言葉だった。
私はそれを求めてはいないのに。
やっぱり、私の気持ちは伝わらないんだ……。
結局は景時も、私を見付け出してはくれないんだね。最初はとても期待していたんだけど、この程度だったんだ……。
わかっていたよ。私の理想が高すぎるんでしょ?
景時は十分、私の予想を越えてくれた。理想は越えられなくとも、思っていたよりは勘が良かったよ。
とでも、言えば良いのかな。
「ううん、大丈夫だよ。とびっきりの技を見せてあげるから、楽しみにしていてね。あっ、このことはみんなに内緒だよ? 景時も、今日はもう帰って良いよ」
ごめんね。景時は悪いことをしていないんだけど、今はちょっと、一人で考えたいから出て行って。
ごめんね。一人で期待して、一人で裏切られて、一人で失望して。最初の期待値は乗り越えてくれていたのだから、そこで満足しておくべきだった。
ごめんね。私、欲張りだったよ。
「この景時、秘密を決して漏らさないことを誓います。この命に代えても! それでは、失礼致しました」
元気にそう宣言して、景時は私の部屋を去っていった。
自分で追い出しておきながら、残されたような気になり、私はとても辛かった。
どこまでも自分勝手で、ごめんね。
こんなにもどうでもいいお願いのために、景時は命を懸けてくれるのだという。
それを私は、喜べるだろうか。
莫迦だ、そう嘲笑うか? それとも、疑い恐怖を抱くか。
答えは両方である。
私のために戦う人々を、見下ろし笑うような男なのだから。私のために努力する人々を、裏切るための戦力と、疑い力を奪い、恐怖に怯えるような男なのだから。
思えば思うほど、情けなくて、私は小さく吐息を漏らした。
情けないこの考え方を、変えられることを願って。
そうして目を瞑っていると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
義経が帰ってきたら、彼も交えて宴会に招待してあげよう。
勝利の祝いとすれば、自然な流れになるかな。
そんなことを考えながら魔術の練習をしていると、義仲に勝利したとの報告が。
その速さに戸惑いながらも、私は京に入った。
「みんな、ご苦労様。休んでいて。私はその間に義仲とちょっと、話をしているから」
義仲が縄で縛られ全く動けない状態であることを確認し、私は義仲と二人きりになった。
「おい頼朝! 勝った気でいるんじゃないだろうな! 俺がこうして捕まっているのは、偶然なんだよっ! お前の勝利じゃねぇし、俺の敗北でもねぇ!」
随分と元気みたいで、手足を縛られ転がされた姿で、そう叫んできた。
その声は太く男らしく、私とは似ていない。顔つきも男らしいし、筋肉もついていて体も大きくて、私とは違うところで育ったんだと、嫌でも思い知らされた。
一目見た印象としては、強そうな男性だ、そう思う。
「許しを請うならば少しは救うことも考えてあげましたが、そのような態度を取られては困りますね。何をするべきかもわかっておられないご様子ですし」
わざと冷たく言うと、義仲は簡単に罠に引っ掛かってくれた。
やはりこの男は莫迦らしい。
「貴殿の強さ、私は欲しいと思いました。従兄弟だからとか、そういうわけではなくて、素直に死なせるには惜しいと思ったんです。だから、本当に残念ですよ」
ゆっくりと刀を抜いて見せて、迷うこともなく振り下ろした。
死をも恐れないというのなら、殺さないことで私に従わせるしかあるまい。
今、見ていたそれだけで、義仲がどういう男であるか知ることができた。
恩を仇で返したりはしないだろう?
「俺、生きてる……。頼朝、どういうつもりだ」
縄だけを切って刀を収めた私の行動、義仲は心底驚いていることだろう。
挑発されても、やはり殺すことができない。差し伸べた手を払ったというのに、それでも許そうとしている。ああ、なんて優しい人なんだろうか。
とか素直に思っているんじゃないかな。
「私の勝利ではないし、貴殿の敗北でもない。そうなのでしょう? ならば、逃げれば良いではありませんか。ここにいるのが偶然ならば、そうすれば良いではありませんか」
刹那の自由を楽しむと良いよ。すぐに、また捕まえに行ってあげるから。
勝利の笑みを表情には出さず、私は密かに義仲を逃がした。
武士としての志も誇りも、全てなくなるくらいに私が追い込んであげる。そしてもう一度、優しく手を差し伸べれば今度はきっと掴むだろう。
義仲が莫迦で良かった。
仲間になってくれたら、義仲には頑張ってもらわないといけないね。
私のために戦って働いて、戦死、または過労死するまでが義仲の役割だから。
義仲の処理を終えると、私はすぐに宴の準備をさせる。
そして宴の席に着くけれど、そこに弁慶がいないことを知って寂しくなる。彼への想いは、拭えなくて。
――消えない想い。




