消えない想い 源頼朝
平清盛が死んだらしい。
一度勝利したからって、平家を簡単に倒せると思っているわけではない。
それでも清盛が死んだのなら、平家討伐もいくらか楽になるのではないだろうか。まずは、京の都へと向かおう。
上皇を仲間にすれば、少しは変わるだろう。
平家の評判は最悪。この状態ならば、優しくしてやればきっと私に従ってくれる。
順調だった。自分でも戸惑うほどに、驚くほどに順調だった。
罠にでも嵌っているのではないかというほど、全てが順調に進んでいる。
「頼朝様、新たに源氏側の仲間が見つかりました。どうやら源義仲というようで、かなりの強者らしいですぞ」
父上の弟の息子。つまり、私から見たら従兄弟に当たる人物らしい。
報告が本当ならば、平家に次から次へと勝利しているみたいだから、相当な戦力なってくれそうだ。
大人しく私に従ってくれるような人なら良いんだけど……。
「おそらく考えることは同じ。目指す場所は京だろうから、望まなくともそこで会うこととなるだろう。私たちも急がないとだね」
そうだ。わざわざ私が急いでいく必要もないよね。
兄弟とか従兄弟とか、私に近い存在であればあるほど、怪しいものだ。私を殺せば、権力を全て奪えるのだから。
苦労して私が手に入れたこの場所を、簡単に奪えてしまうのだから。
裏切りや謀反を考え、だれもに警戒はしなければならない。
だけどその中でも、私の弟という存在が一番怪しいね。
範頼。全成。義経。
候補はこの三人かな。この中から、京へ行ってもらう人を選ぼう。
その義仲という男が、どんな男なのかはわからない。
それだったら、私が直接会ったりしては危険があるかもしれない。
掴めそうな夢を、途中で諦めることになるのは絶対に嫌だ。私は何があっても、頂点にまで登り詰めるのだ。
そのためには、もっと慎重に進めなければ。
少し油断したがために、平家の人に一人で見つかってしまった。あいつらが私の躰目当てだったから良かったものの、手柄を取ろうと考えるような男だったなら、私はきっと逆らえずに殺されていた。
あの事件があってからは、外に出ることすら怖くて……。
「ねえ、義経。お願いしても良いかな」
義仲という男は、頭が足りないようだった。単純な莫迦というわけではないのだが、もっと上手く立ち回れば良いものを。
先に京へ入ったことを知った。そのときには、多少なりとも悔しさを感じた。
それでも、都でのその行動に、平家の方がましだとまで言われてしまったらしくてね。
つまり義仲が平家を倒し、その後義仲の評判が悪くなり、私が義仲を倒しそれなりの行動を取る。するとそれだけで、私は英雄になれるのだ。
平家を倒すことよりも、疲れ切った義仲の軍勢を倒す方がずっと楽。
幸い、義仲を追い出せという言葉は、私へと届いてくれた。
これで自然な流れで義仲を排除することもできるのだ。
下準備が足りなかった。彼に言うとしたら、それくらいだね。
「従兄弟の義仲という男が、京の都で横暴な振る舞いをしてしまっているらしいのだ。とても残念だけれど、義経、捕らえてきてはくれないかな? さすがに親戚だし、義経だって殺すのは嫌だろう? 捕まえてくれれば構わないから」
私がそう頼むと、義経は簡単に応じてくれる。
どうせもう私が一番に入ることはできないのだから、それなら先頭の危険は犯すこともない。
義経が義仲を捕らえたころ、ゆっくりと登場すれば良いさ。
そして信頼と感謝の念、羨望の声を最後に私が受ければ良い。
「兄さま、ありがとうございます。心優しい兄さまのため、必ず捕らえてまいります」
義経には弁慶がいるのだから、負けるはずがないのはわかっていた。
だが弟の義経ばかりが私に頼られていると、兄が嫉妬しちゃうだろ? だから私の弟であり義経の兄である、範頼にも一緒に行ってもらうことにした。
朝廷や民も私の味方をしてくれるだろうから、負けることはない。
被害は出るだろうが、弟が一緒に消えるのなら、それはそれで都合が良い。
本当にもう怖いほどの順調さなのである。
清盛が死んでから、全てが私の背中を押してくれている。全てが私を幸せの方へと導いてくれている。勝利への道標となってくれている。
苦しみ続けてきた二十年間が、やっと報われたような気がした。
ただ油断は禁物。何もかもを手に入れるまでは、まだ……。
「義経は強い。今はまだ私に忠実でいてくれているけれど、将来はどうなると思う? 私の隣で、私に笑顔を向けていてくれるだろうか」
後ろから出現したその気配に、私はひとりごとのように話し掛けた。
「そうは考えられません。今は力を溜めて、いずれ頼朝様に逆らうつもりなのでしょう」
恐れることもなく、その声は答える。
「しかし、頼朝様が負けることなどありませんから、ご安心なさって大丈夫でしょう」
そしてこれまた少しの疑いさえもないようで、自信を持ってそう告げてきた。
私が負けることなどない、ね。それだったら、私はどうしてあんなに苦しまなければならなかったんだろう。
安心していられるような、そんな立場でもないでしょうよ。
少し勝っただけで、負けることないとまで言ってしまっては、それは敗者の道なんじゃないかな。
「平家にあらずんば人にあらず、少し前にはそんなことまで言われていたよね。だけど驕り高ぶっていたせいで、今なら私だって勝てちゃうくらいじゃん。……私はさ、一瞬の栄花のためにここまでの努力はしないよ」
「頼朝様っ! 景時が浅はかでありました。さすがは頼朝様、そこまでお考えだとは」
本当に感激しているようで、耳が痛くなるほどの大声で私の名を呼びながら、全力で抱き締めにきた。
強い力で抱かれている肩は痛いけれど、そこから景時の気持ちが伝わってくるようで嬉しかった。
「では義経殿と戦うことを考えて、少ない兵力で平家とは戦うと?」
いくら衰えつつあるとはいえ、義経に警戒をしながらで勝てるとは思えない。全体的に、景時は私を高く見過ぎだよ。
その自信も、実際に戦をする人には必要なんだろうけどね。
「まさか、そんなことはしないさ。義経に平家と戦わせて、私の力を温存させながらも、義経に余裕を作らなければいいでしょ」
他の人には絶対に見せないような、性格の悪い私の姿にも、景時は軽蔑するような表情を見せない。
「なるほど。さすがは頼朝様ですね」
許可もしていないのに隣に座ると、心から感心しているような顔で私を見ていた。
「さすがと言うほどのことじゃないよ。それよりも、今は楽しいことがあるんだ。心配ごとばかりでも疲れちゃうから、楽しい方の話題も聞いてはくれないかな」
ここは私の部屋。訪れる人などほとんどいない。
理由もなくここにくることができるのは、景時くらいのものなのではないだろうか。だって景時以外には、きていいなんて言ってないもん。
それならば、だれもこないと考えていいはず。
そして景時と二人きり、他にだれもこないこの場所ならば何を話しても大丈夫。
私にとっては、この時間が何よりの救いだった。
源頼朝としての話もしておかないといけないけれど、やっぱり今だけは私の本性を晒したままで話したい。
仮にだれかきたって、命令違反として殺してしまえばそれでいい。
命令に逆らって許可も取らず私の部屋に入ってくるようならば、曲者として殺しても仕方がないだろう。
刺客かと思った。弁解できない死人だから、嘘を混じえながらも詳細を語り、最後にそう言えばもうだれも私を責められはしない。




