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愛の理由  作者: 桜井雛乃
大好きだから
24/46

遠ざかる花 弐

 若しや、彼は全て受け取り、知らぬ様な笑顔をしているのか。

「義経は、何方も愛しているのだろう。御主が傷付く事を承知で、某が思う事を正直に言おう」

 疑う事しか出来無い今の某だからこそ、と思って義経にそう言った。

 彼が小さく頷いた事を確認し、某もゆっくりと口を開く。

「恐らく義経は頼朝様を、愛している。だが、無意識に否定しているのだろう」

 言う方も辛かったが、某にしか出来ぬのだと言い聞かせ、平静を装う。

「当然だ。義経と頼朝様は血の繋がった兄弟。其の上、何方も男子。そして、間違え無く片想いだ」

 自分でも自分を否定している様だし、義経は悲しげな表情をするし、某も悲しかった。

 其れでも、此の儘にして居ても、義経を傷付けるだけ。頼朝様から直接の言葉を、何れ受ける事だろう。

 ならば、期待させるだけ、義経が哀れ。

 希望は持たせ、期待はさせぬ。某は義経が出来る限り笑える様に努力すると決めたのだから、言葉を続ける他在るまい。

「届かない恋であるが故、義経は恋では無いとした。自分の心に嘘を吐いて迄。言わば、秀衡殿は頼朝様の代わりと言えよう。秀衡殿への好意は嘘では無いが、彼への感情は異なる愛。親や恩師に向ける物、頼朝様への愛は……兄弟へ向ける其れでは無く……異性へと向けるべき物」

 其処迄言うと、某は顔を上げ、恐る恐る義経の表情を窺う。

 傷付いている様子だった。悲しんでいる様子だった。

 そして、義経の悩みを聞く事により、自分の失態を誤魔化そうとしている汚い某の姿も、義経の瞳に見えた。

 彼が其の様な事を、思う訳も無いと言うのに。

「おれって、ひどいやつだな。兄さまにも失礼だし、なによりも、秀衡さまに失礼すぎるよ」

 義経は涙を零さなかった。俯きがちで悲しげな表情だが、涙は零さなかった。

 其れは、某と違う義経の強さ。

 某と義経の差、甘えの大きさなのだろう。

 然し、今の義経の姿は余りに可哀想だ。

 彼は優しさから、相談に乗り某を癒やす為、此処へと招いてくれた。

 其れなのに、何故某は義経を悲しませているのだろう。義経は悲しんでいるのだろう。

 考えてしまうが、彼の為と自分を宥める。

 彼の為、そう、彼の為に行っている事なのだと。

「愛してしまった事に、酷いも失礼もあるまい。其れが御主の愛ならば、恥じる事も無い。悲しむ事はあろうとも、後悔してはならぬ」

 知った振りして語る某。真面目に聞き入る義経。

 悪い気はしたが、こうするしか無かった。

 其れに、幸い義経は、某の涙を忘れてくれた様だ。

 此の儘、再び年長者らしい全てを知った様な、義経に頼られるような”弁慶像”を作れば良い。

 義経を騙す事になろうとも。

 其の為なら、先程の涙は、あの失態は直ぐに補わなければ。

「べんけー、ありがとね。おれがべんけーの話を聞いてあげるはずが、いつの間にか、べんけーがおれの話を聞いてくれていたね。えへへ、ありがとね」

 何度も礼を言い、何度も義経は微笑んだ。

 其の可憐な笑顔を向けられると、野の花とも言えぬか。強かで美しく、僅か乍らも奥の奥に高貴さをも纏い、けれども身近にある花。近くで咲いてくれる華。

 雑草の様に根強くも、美しい花。

「義経、今日はもう鍛錬も良かろう。少し、話をせぬか? 酌を交わそうとも思ったが、御主が二日酔いである事を忘れて居ったわ」

 元気さも変わらないし、真面目な顔していたし、先日あれだけ酒を飲んでいた事さえ忘れさせる程だ。

 心配無用。と言うのも、本当だったらしいな。

「ははっ、そうだね。おれももう楽になったから、べんけーとのお話を楽しんじゃおうかな」

 鍛錬馬鹿で勤勉で努力家な義経が、某と話す為に時間を取ってくれた。

 夜なら兎も角、此の時間帯なら義経は絶対に鍛錬か勉強をしている。其れを、某と会話する為だけに。

 其れだけでも、嬉しくて仕方が無かった。

 義経。男へと禁断の愛情を向けてしまったのは、何も御主だけじゃない。某も又、同じなのだ。

 御主が頼朝様の誘惑に落ちた様に、某も御主の誘惑に落とされてしまったよ。


「ねえねえ、べんけーだったらどうする?」

「ねえねえ、べんけーってこういうのどう思うのかな」


 様々な事に興味を持ち、様々な事を義経は問い掛けて来た。

 其れは某への興味か。其れ共、此の広い世界へ向けた、もっと大きな物を見る興味なのか。

 後者であろう事は理解しているが、微かな可能性を信じた。


 某の恋は、妄想で構わないのだ。

 妄想にしかし無いと、妄想で結構なのだと、某は決意も覚悟もしたのだから。

 愛する義経は、何にも一生懸命だ。其れはもう、恋にも愛にも一生懸命だ。

 だから某は、頼朝様に恋する義経の姿を好きになったのだ。

 頼朝様への恋を、某が邪魔してはいけない。義経には、一途に頼朝様を想っていて頂きたい。

 其れは義経の応援か。其れ共、義経の言う通り、理想の義経を押し付けているだけなのか。

 何方にしても、某は義経の恋を応援したかったのだ。

 秀衡殿には、悪い事をしてしまっただろうか。

 彼とて、義経との夢を見たかった事だろう。彼は某とは違い昔から義経を見ているのだから、愛しい義経が頼朝様に奪われて行くのを、見ているのは辛い事だろう。

 秀衡殿、御主の気持ちを本気と知り乍ら、悪い。

「べんけーったら、また悲しそうな表情をしているよ。悲しいことがあるんだったら、おれのこと、頼ってくれていいんだからね」

 夜。義経と別れて、一人考えていると、義経の声が聞こえた。

 驚いてそちらを見るも、其処には誰も居ない。

 ずっと話していたのに、まだ足り無いとでも言うのだろうか。幻聴迄聞こえる程とは、恋の病も重そうだ。

 某の恋は妄想。叶わぬ恋で良い。眺めるだけの恋で良い。

 欲張っては、愛しい義経の恋路を邪魔してしまう。

 何度も思う。だが、思う度に義経が愛しくなっている事を知る。

 隠そう。恋愛感情は全て、内に閉まっておこう。出来る限り、頑張る他無かろう。

 何時耐え切れなくなり、感情が爆発してしまう事か。

 其れは常に危うい事だが、義経に発覚する迄の間、平静を保って居られれば上出来だ。

 義経に見つかった時、義経が断ってくれたならば、是迄通りに接せよう。だが、嘘でも愛を返してくれたならば、某は我慢袋を破裂させる自信がある。

 其れは不味いから、義経には此の恋心を隠そう。

 某の所為で、義経を汚してしまいたくは無い。何度も、何度も、何度でも、理解し我慢出来る迄、自分に言い聞かせた。

 そして一人布団に潜り込むと、瞳を閉じて妄想を膨らませた。


 瞳を閉じれば、其処に何時も義経は笑っていてくれる。

 某の為に、某だけに笑い掛けていてくれる。

「なんだかさみしいから、隣で寝てもいい? おれ、男なのに情けないよな」

「そんな事は無い。寂しさを感じたならば、隣に人の温もりを求めるのが当然だ」

 誰も居ないのに義経の影を見て、某は其れを熱く抱き締める。

 すると本当に義経の温もりを感じる様で、嬉しくなった。気分が良くなった。

 某の此の行為は、此の好意は、義経に対して酷く失礼だろう。

 義経が自分を失礼だというよりも、某はずっと失礼な恋心を抱いている。

 其れでも、其れでも良いから、某は義経が欲しかったのだ。

 頼朝様を愛する義経が、某は欲しかったのだ。無茶苦茶な事である。

 其の様な想いを抱き乍らも、義経に傷付いて欲しく無いと願うのだから、無茶苦茶で滅茶苦茶である。支離滅裂な考えである。

 義経よ、愛おしい。

 何時迄も、何処迄も、義経を愛したい。

 失礼な恋心でも、止める事等出来ぬ。


 ――大好きだから。

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