消えない想い 源義経
「やっぱり、べんけーのことを呼んできます。一生懸命戦って、おれのことを支えてくれました。そんなべんけーが参加しないのは、おかしいですもん」
勝利して返ってきたおれたちを、兄さまは宴の席を用意して迎えてくれた。
だけどべんけーは、そこに参加しないというのだ。
どんなに誘っても動かないからひとりできたけれど、べんけーには宴を楽しむ資格が、むしろ義務があると思う。
だからおれは、兄さまにそう告げる。
「そうだね。義経、急いで弁慶のことを呼んでおいで」
途中で抜けるのだから、――それも、不参加の無礼者を呼ぶために――優しい兄さまだって、不機嫌な表情を多少は見せると思った。
それなのに、兄さまは微笑んで、おれのあたまを撫でてくれた。
兄さま、なんだかんだいっても、べんけーのことを嫌ったりしていないみたい。
嫌われているかもって思ったけど、それならよかった。
改めて兄さまの心の広さを感じながら、おれはべんけーのところへと向かった。
「ねえ、どうしても参加したくないの? みんなとお酒を飲んでわいわいすれば、きっとべんけーだって楽しいよ。ね? おいでよ」
ちょっと強引かとも思ったけれど、おれはべんけーの手を握って連れて行こうとする。
「兄さまも、べんけーのことを待っているから」
おれの声が聞こえていないとでもいうように、おれの姿が見えていないとでもいうように、べんけーは微動だにしなかった。
目は開いているし、瞬きはしているから、寝ているわけではないと思うんだけど。
「……頼朝様は、某を良くは思っていなかろう。宴の場を壊したく無い。其れに、某が酔う訳にもいかなかろう? 義経、御主が酒に潰れた頃、迎えに行く」
そんなことないと思うんだけどな。
べんけーのこと、兄さまはとっても大切に思っている。特別に思っている。おれから見ていれば、そう感じるんだけど、べんけーからしたらそうじゃないのかな。
みんなだってべんけーのこと迎えてくれて、優しく接してくれている。
だからべんけーがきたからといって、宴の場が壊れたりはしないと思う。
鬼と呼ばれこわがられて嫌われて、そんな想いがまだべんけーの中に残っているんだろう。それでべんけーは、他人と接することを極力避けようとするのだろう。
みんなはべんけーのこと、嫌ったりなんかしないのに。
「もう飲みすぎたりしないよっ。だから行こうよ。お酒を飲むのがいやなんだったら、となりにいてくれるだけでもいいから」
さりげなく発せられたことばに隠れた、べんけーのさみしくて哀しい気持ち。
それには気づいていないふりをして、おれはべんけーの手を引いた。
その手は大きくてごつごつしていておれの手とは全然違くて、だけどなんだか……強そうには思えなかった。
なにも握れないくらい、それが弱いものに感じられて、おれが守らなくちゃとすら思った。
おれよりもずっと強いはずのべんけーに、そんなのっておかしいよね。
でも、それくらいに、今のべんけーの姿はさみしそうだったんだ。
「義経は、何故其処迄某に優しくする。甘えが生じてしまう、だから、止めろ。罪の償いだから、此れ以上、優しくするな」
うつむいて、べんけーはゆっくりとそういった。
それが、おれはすごくいやだった。
「償いだっていうなら、だまっておれについてくればいいんだよっ! 優しくされていればいいでしょっ? みんなで楽しもうってときに、ひとりだけ参加しないとか、楽しみづらくて迷惑なんだけどっ!」
べんけーに、嫌われたくなかった。
それでも、べんけーを嫌いになるのはもっといやだった。
だから弱気になるべんけーを、おれは怒鳴りつける。
迫力には欠けるかもしれないけれど、おれが怒っているってこと、べんけーにわかってもらえればいい。
楽しいこともがまんして、いつもどこか諦めているような表情で。
となりでそんな態度を取られていたら、こっちだってやりにくいから。
それに、べんけーにはいつまでも無表情のままでいてもらいたくない。いつまでも、笑顔を封じていてもらいたくない。おれが笑顔にしてあげたい、そう思う。
でもそれなのに怒っちゃうなんて、おれもだめだよね。
「有難う。義経の言葉に甘えて、少し参加してみようと思う」
怒りを感じて、べんけーは気を遣ってくれているの?
わからなかった。
相変わらずの無表情で歩きだしたべんけーが、なにを思い参加を決意したのか、さっぱりわからなかった。
まあ、この宴でべんけーが楽しさを知ってくれれば、それで一件落着かな。
おれがべんけーを連れて戻ると、待ちわびていたとでもいうように、兄さまが笑顔で駆け寄ってきてくれた。
「これから私は技を披露しようと思う。義経がいない間にやっては可哀想かと思って、待っていたんだよ。弁慶も来てくれたみたいだし、これでみんなが揃った。緊張しちゃうから、あんまり期待はしないで見ていてくれ」
珍しいくらい、兄さまは笑顔だった。楽しそうだった。
京の都で宴を開いている。ずっと苦しめられ、戦乱と孤独と恐怖と、つらい環境を生きてきた兄さまだから、それがうれしくてしかたがないんだろう。
今まで努力をしてきたのだろうから、それが報われたようでうれしいんだろう。
想像しなくても、兄さまの喜びは伝わってきた。
「それじゃあ、行くよ」
おれたちが座ったことを確認すると、兄さまはそういって両手を上げ、炎の玉を出現させた。
なにをするつもりなんだろう。
そう思っていると、兄さまは美しい技を魅せてくれた。それは、魔術の全く新しい使い方。
金属のようなものを、持っているのだろうか。
左手で懐からそれを取りだすと、右手で作り続ける炎の玉に、そっと触れさせる。
すると、驚くことに炎が色を変えて弾けるのだ。おれが思うそれよりも、もっと難しい仕組みを使っているのだとは思う。
これは兄さまの賢さと、強い魔力と繊細な魔術を駆使された、ほかのだれにも再現できない。記録に残すこともできない、最高峰の芸術だ。
その芸術に、見惚れていることしかできなかった。
美しかった。すべてが、美しかった。
途中で明かりも消され、兄さまの作りだす炎が、あたりを照らす光となっていた。
だからこそ、そんな中だからこそ、炎はさらに美を輝かせて見えた。
美しいのは技だけじゃない。
かすかな明かりに照らされて、魔術を披露する兄さまの姿は、なににもたとえられないほどに、幻想的で夢幻的で――。
もう美しいということばさえ相応しくないほどに、魅力的だった。
「これが最後の技なんだけど、一番難しいから、失敗しても笑わないでね? 準備があるから、私がいいと言うまでの間、目を瞑っていてもらえるかな」
訪れた暗闇の中に聞こえてきたのは、疲れが交じる兄さまの、艶かしいとすら思わせる声。
その声に逆らうことなどできるはずもなく、おれは目を閉じていた。
最後にはなにをするのだろう。さきほどまで見せていた美しい技の中でも、最後に持ってくるほどに難しくて……美しい技なのだろう。
準備とはなにをしているんだろうか。
楽しみだった。お世辞じゃなくて、ご機嫌とりじゃなくて、ふつうにすごいと思うから。
「いいよ」
数秒後、聞こえてきた兄さまの声に、おれはゆっくりと目を開ける。
そこに映る光景は、美しいのだけれど、あまりに哀しすぎた。
無数の輝きが、刹那の華を咲かせていく。咲いてはすぐに散ってしまう。
それは運命を表すようで、目をそらしたくなった。しかし美しさは、目を離させてもくれない。




