出会い 武蔵坊弁慶
九百九十九。遂に、あと一本で千勝と言う処に来た。
結局手応えの有る奴は現れなかった。此処まで来ると、自分でも鬼では無いかと思ってしまう。
「良い刀を持っておるではないか」
最後に相応しい人材は自分で選ぼうと思い、書物は置いて昼夜構わず橋上で目を光らせていた。
すると其処に通り掛かったのは、名刀と思しき刀を携える少年であった。
夜闇の中でも輝いて見える。あれだけの鞘なのだから、嘸良い刀なのだろう。
相応しい人材か如何かは定かで無いが、相応しい刀であることは確かであろう。そう感じ少年に声を掛けた。
「おまえのことは聞いている。勝てばもう悪いことはしないんだよね」
恐れを生して逃げ出すかと思えば、相手の少年の目は輝いていて、勝とうと言う心算でいるらしい。
其れならば良かった。
戦闘を断られてしまえば、あの刀を奪う事は出来ないのだからな。
「いざ、尋常に勝負」
卑怯な手段を使わない事を確認する様にそう言い、適当な薙刀を構えた。
此の薙刀を振るってしまえば、吹き飛ばされてしまいそうな程に、少年は小さく華奢であった。少し躊躇い加減をし乍らも、容赦はしたく無かった。
「手加減ならいらないよ。殺されたくはないけど、それじゃ勝ってもつまんない」
思うよりは出来る様で、華麗にかわすと少年は橋の淵に移る。
そして有ろう事か、刀は抜かずに懐から笛を取り出したのだ。
訝しみ乍らも手加減は要らないと言うので、手加減せずに薙刀を振り下ろす。
何度も何度も振り下ろすけれど、一向に少年を捉える事は出来ないでいた。
「某の負けだ。降参しよう」
少年が笛を吹き乍ら、振り下ろした薙刀の上に立った時、此の少年は自分よりも強いのだと悟った。
初めての敗北である。
悔しむべき事なのであろうが、某には其れが嬉しくて仕方が無い。
自分は鬼等では無いのだ。そう感じる事が出来た様で、本当に其れが嬉しかった。
何時の間にか観客も集まっていたらしい。
誰もが少年の勝利に驚き、其の栄誉を称えている様子である。
「おれの勝ち、だよね。もう悪いことはしないって約束してくれる?」
降参という言葉に満足した様で、少年は薙刀から飛び降り笑顔を見せた。
明るい満月に照らされて、眩いばかりに少年が美しく、輝いた存在に思えた。
此の人の様になりたい。此の人の役に立ちたい。そんな気持ちが、某の心の中に溢れて来た。
しかし其の様な資格が某に有るとは思えない。悪人、なのだから。
「おまえはすごく強いから、そのさ、おれの仲間になってくれないかな」
諦めようとして居た某に、少年は優しく誘ってくれたんだ。
「おれは源義経。おまえは武蔵坊弁慶で、いいんだよね」
頷いた某の手を細く小さな手で握ると、宿へと引き込み無理矢理に二人きりになった。
少女かと疑う程に愛らしい声で、少年は話し掛けて来る。
如何に明るいとは言えども、月の明かりではよく見えなかった少年の姿。
明かりの元で改めて見てみると、実に美しい者であった。
黒い髪は耳の高さで一つに結い、絹の様な艶やかさで肩より下の辺りに迄垂れている。又、其の間から覗く首筋は細く艶っぽく、今直ぐに噛み付いてしまいたい程だ。
桜色の唇、宝石よりも輝いているであろう漆黒の瞳。
全てが美しく、押し倒して舐め回したく思った。
昼間に出逢って居たならば、何かが違ったのだろうか。月の無い夜に出逢って居たならば、何かが違ったのだろうか。
そうも思ったけれど、某と少年は月の綺麗な夜に出逢ってしまった。
其れだけが事実である。
「べんけーって呼んでもいい? おれのことは義経って呼んでくれていいからさ」
一々愛らしい仕草で、少年は某に問い掛けて来た。
何とも不思議な少年である。
某は義経様に仕える身になるのだから、某の事を弁慶と呼ぶのは当然の事では無かろうか。
なのに確認するだけでは足らず、某に義経と呼べ、等と。
「しかし義経様、如何して」
「ちょっと待って。義経さまはやめてよ。楽に話してくれていいよ? 怒んないからさ」
義経様は某の言葉を遮る。と思えば、何を言っているんだろう。
其れが義経様の命令だと言うならば、某とて従わない訳には行かないのだが。
「では義経、如何して某の様な悪人を仲間にと?」
極めて真面目に質問をしていると言うのに、義経は其れを笑う。
「どこが悪人なの? べんけーは優しい顔をしてる。だからおれは仲間にしようと思ったんだよ」
何を言って居るのか理解が出来なかった。
「きっとおれのために笑ってくれる。おれのために泣いてくれる。おれのために生きてくれる。よくわかんないんだけど、自信を持ってそう言えちゃうんだ。それくらい、べんけーはすてきな人」
輝く瞳で義経は某の顔を覗き込んで来る。
我慢出来ない。此の少年に自分の名前を刻みたい。此の少年を自分だけの物にしたい。
醜い感情が溢れてしまう程に、少年は美しく、某の事を誘惑したのであった。
「そんな顔しないで、笑ったほうがいいよ」
そう言って義経は笑顔を魅せてくれた。




