出会い 弐 ☆
「義経、その言葉を信じる。私が兵を挙げたら、私のところへ、源頼朝のところおいで。話は以上だ。あの人はなぜだか私の応援をしてくれるけれど他はそうじゃない。平家の人に監視されている私だから、あまり長居すると怒られてしまうのだよ。だから今日中には帰らせてもらうね」
そう言っておれの顔をきれいな手でなでると、かなしそうな表情をして歩いていく。
どうやら、兄さまは秀衡さまのいるほうへと向かっているらしい。
「あなたが頼朝殿ですか。義経をお願いしますね」
秀衡さまがいる部屋まで俺が案内した。そして兄さまが戸を開けると、秀衡さまはそれを予測していたかのようにそう言った。
わかっていたんだ。秀衡さまはわかっていたんだ。
おれが兄さまのところへいくことも、わかっていたんだね。
ごめんなさい、秀衡さま。だけどおれはやっぱり、この国のために兄さまについていきたい。
ごめんなさい、となりにいられなくて、ごめんなさい。
「藤原秀衡殿、貴殿には感謝しております。あと少しでしょうが、義経を幸せにしてやってください。私の戦に巻き込むことになってしまうでしょうから」
かなしそうな声色だったけれど、そのわりに兄さまはかなしそうな表情をしていない。それどころか、笑みさえも浮かべていた。
兄さまのこの表情は、どういう意味なのだろうか。
「うぅ、わざわざありがとうございます。今日は兄弟で観光を楽しまれるのでしょう? 行ってらっしゃい」
一方の秀衡さまは、うしろを向いてうつむいて、まったく顔を見せてはくれない。
ふたりはなにを思っているんだろう。
考えても見当もつかなくて、おれはなんだかかなしくなった。そしてかなしくなっている、自分がなにを思っているのかもわからなくなった。
せっかく兄さまが迎えにきてくれたのに。とてもうれしいのに、どうしておれはかなしんでいるんだろう。
「それじゃあ義経、案内を頼めるか。観光とは言っていないけどね」
部屋を出ておれに微笑みかけてくれた兄さまだけど、その表情は優しいけれどどこかこわいとも思った。
わからないよ。兄さまが考えることが、まったくわからないよ。どうしておれは、なにをこわがっているんだろう。
「観光をするのではないのですか? そしたら、なにを案内すればよいのでしょう」
ふしぎに思い訊いてみると、兄さまはふわりと花のような笑顔を浮かべた。
「私のことを案内してほしいのだ。義経、生きていてくれてありがとね。私のことを案内してもらえるかな」
なんて美しい笑顔を浮かべるんだろう、この人は。
さっきはあんなにこわかったのに、不意にこんなにも美しい笑顔を浮かべて、この人はなにを考えているのだろうか。
おれはなにを考えているのだろうか。
「義経、貴殿しかいないのだ。私にはもうだれもいないのだ。これから先もずっと、私についてきてくれるのかい? 強がってたけど、義経に会えて、義経がいてくれて、本当に安心した」
すてきな笑顔が見えて、きれいな声が聴こえて、そして――。
それが近づいてきたと思ったときには、おれと兄さまの唇はかさねられていた。
やわらかい。秀衡さまも愛がたくさんで気持ちよかったけど、兄さまはもっとやわらかくてふんわりと気持ちよかった。
抱きしめられて、花の香りが漂う髪に顔をうずめて、おれは幸せをかみしめていた。
秀衡さまと平和に暮らしていた。いきなり戦と言われて、それにおれは耐えられるのだろうか。
この幸せは平和な生活がおわること。そう思うとちょっとだけくるしくなって、兄さまの服をぎゅっと握っていた。
背中をさすってくれる兄さまの手は、優しいけれどやっぱりどこかかなしそう。
だからそんな兄さまを離したらいけないような気がして、おれたちはしばらく抱き合っていた。
「ありがとう。ありがとう、義経。ちなみに義経は、魔術を学んでいるのだろうか」
手を離して微笑むと、兄さまはそんなことをおれに問いかけてきた。
「今の義経がどれほどまでの力を持っているのか、今日は私に見せてほしい。武勇や知識も披露してほしいものだが、やはり魔術の能力を見せてもらいたい」
補足してもらって、やっとおれはどういうことだかわかった。
つまり練習の成果を兄さまに見せろ、ってことだよね。
「わかりました。おれががんばってきたこと、ぜんぶ兄さまに見てもらいたいですもん」
はしゃぎすぎたかなとも思ったけれど、兄さまは優しそうに微笑んでいてくれた。
「そうか。義経の努力、全部見てあげようじゃないか」
いつもの練習とそこまで変わることをしていないのに、兄さまが見ているというそれだけで、なんだかとても楽しかった。
そして兄さまが帰ってしまってから、おれは気がついたんだ。
泣いていた秀衡さまに、去ってしまった兄さまが残した香りに、おれは気づいたんだ。
これは兄に対して抱くべき感情なんかじゃないんだと、おれは気がついたんだ。
秀衡さまのことばの意味もわかる。
これが兄さまとの、
――出会い。




