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#13 君と歩く未来を、認めてもらうために

夕暮れの街を、颯太と優華は並んで歩いていた。


五年越しの約束を果たし、互いの気持ちを確かめ合った二人。


つないだ手の温もりが、まだ少しだけ夢のように感じられる。


「……なんだか、不思議だね」


隣を歩く優華が、ぽつりと呟いた。


「何がですか?」


「颯太くんと、こうして普通に歩いていること。五年前は、こんな日が来るなんて想像もできなかったから」


「俺もです。あのときは、五年後の自分がどうなっているのかも、よくわかっていませんでした」


颯太は、優華の横顔を見つめた。


五年前の彼女は、未来から来た二十一歳の女性だった。


自分よりも年上で、どこか大人びていて、それでいて、ときどき年相応の表情を見せる人。


そんな彼女に、颯太は恋をした。


そして今、二人は同じ二十一歳になった。


未来から来た人と、過去に傷ついていた少年。


そんな関係だった二人が、ようやく同じ時間を生きている。


「……優華さん」


「うん?」


「これから、どこか行きたいところはありますか?」


優華は少し考えたあと、穏やかな笑みを浮かべた。


「実はね……ひとつ、お願いしたいことがあるの」


「お願い?」


「うん」


優華は、つないだ手をそっと握り直した。


けれど、その表情には、先ほどまでの穏やかさとは違う、少し張り詰めたものがあった。


「……私の家に、一緒に来てほしいの」


「優華さんの家に?」


「うん」


颯太は、すぐには返事をしなかった。


家に行く。


それ自体は、別におかしなことではない。


けれど、優華の表情を見る限り、ただ遊びに行くという話ではなさそうだった。


「……何か、あるんですか?」


颯太が尋ねると、優華は静かに頷いた。


「うん。ちゃんと話しておきたいことがあるの」


「俺も一緒に、ですか?」


「そう。……颯太くんにも、聞いていてほしい」


優華は、少しだけ視線を落とした。


「私ね、五年前に颯太くんと出会う前から、ずっと悩んでいたことがあるの」


颯太は黙って、彼女の言葉を待った。


「実は……両親から、許嫁との結婚を勧められているの」


「……許嫁?」


思わず、聞き返してしまった。


優華は苦笑した。


「うん。昔から家同士の付き合いがあってね。相手の家とも親交が深いから、両親は私たちが結婚することを望んでいるの」


「でも、優華さんは……」


「私は、その人と結婚するつもりはないよ」


迷いのない声だった。


颯太は、少しだけ目を見開いた。


優華は続けた。


「五年前、未来から来たときも、私はそのことで悩んでいたの。自分の将来を、両親や周りの人たちに決められてしまうことが嫌だった。自分の人生なのに、自分の気持ちを置き去りにされているような気がして……」


「……そうだったんですね」


「うん」


優華は、ゆっくりと息を吐いた。


「でも、今は違う」


彼女は颯太を見つめた。


「私は、自分の人生を自分で選びたい。誰と一緒にいたいのか、どんな未来を歩みたいのか、自分で決めたいの」


そして、少しだけ頬を赤くした。


「……私は、颯太くんと一緒にいたい」


その言葉に、颯太の胸が熱くなった。


「優華さん……」


「もちろん、颯太くんに何もかも背負わせたいわけじゃないよ。これは私自身の問題だから、最後は私がきちんと両親に話すつもり」


優華は、真剣な眼差しで続けた。


「でも、これから一緒に歩いていきたい人がいるって、ちゃんと伝えたいの。その人が颯太くんだってことも」


颯太は、彼女の言葉を受け止めた。


自分は、優華の人生を代わりに決めることはできない。


彼女が何を選び、どんな未来を歩むのか。


それを決めるのは、彼女自身だ。


けれど、彼女が自分を必要としてくれているのなら。


隣にいてほしいと言ってくれるのなら。


その願いに応えたいと思った。


「……わかりました」


颯太は、優華の手を握り返した。


「一緒に行きましょう」


「……本当に?」


「はい。ただ、俺は優華さんの代わりに話すことはできません。優華さんの人生ですから」


優華は、静かに頷いた。


「うん」


「でも、優華さんが自分の気持ちを伝えるとき、俺は隣にいます。何を言われても、逃げずに一緒に向き合います」


優華の目が、わずかに潤んだ。


「……ありがとう」


「それに」


颯太は、少し照れくさそうに笑った。


「俺だって、優華さんと一緒にいたいですから」


優華は、一瞬きょとんとしたあと、頬を赤くして笑った。


「……もう。そういうこと、さらっと言うんだから」


「本当のことです」


「……うん。ありがとう、颯太くん」


二人は、再び歩き始めた。


今度は、ただ再会を喜ぶためではない。


二人の未来を、自分たちの手で選ぶために。


     * * *


優華の家は、街の中心部から少し離れた閑静な住宅街にあった。


大きな門の向こうには、手入れの行き届いた庭が広がっている。


立派な一軒家だった。


颯太は門の前で足を止め、思わず建物を見上げた。


「……すごい家ですね」


「そうかな? 私はずっとここで暮らしているから、あまり実感がないんだけど」


優華は少し困ったように笑った。


「でも、今日はちょっと緊張するな」


「……優華さんでも、緊張するんですね」


「するよ。だって、両親に自分の人生について話すんだもん」


「それもそうですね」


二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。


しかし、優華の表情はすぐに真剣なものへと戻った。


「……行こう」


「はい」


優華が門を開ける。


颯太はその隣に並び、玄関へと向かった。


インターホンを鳴らすと、ほどなくして玄関の扉が開いた。


「お帰りなさい、優華」


出迎えたのは、優華の母親である七瀬美咲だった。


優華の顔を見て微笑んだ美咲は、その隣に立つ颯太に気づき、少し驚いたように目を見開いた。


「あら……お友達?」


「うん。紹介したい人がいるの」


優華は、颯太のほうを向いた。


「この人は、柊木颯太くん。私の……大切な人」


最後の言葉を口にするとき、優華の頬がほんのり赤くなった。


颯太は、丁寧に頭を下げた。


「初めまして。柊木颯太と申します。本日は、お時間をいただきありがとうございます」


美咲は一瞬、驚いたような顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。


「ご丁寧にどうも。さあ、上がってちょうだい」


「ありがとうございます」


颯太は靴を脱ぎ、優華とともに家の中へ入った。


廊下を進み、案内されたリビングには、優華の父親である七瀬和也が座っていた。


和也は新聞を置き、二人の姿を見る。


「お帰り、優華。……そちらの青年は?」


「お父さん。今日は、話したいことがあって連れてきたの」


優華の声は、少しだけ硬かった。


和也はその様子を見て、何かを察したように表情を引き締めた。


「……そうか。座りなさい」


優華と颯太は、向かい合うソファに腰を下ろした。


美咲も飲み物を用意してから、和也の隣に座る。


しばらく、静かな時間が流れた。


やがて和也が口を開いた。


「それで、話というのは?」


優華は、両手を膝の上で握りしめた。


「……お父さん、お母さん。私、今日はちゃんと伝えたいことがあって来たの」


「伝えたいこと?」


「うん」


優華は、一度だけ颯太を見た。


颯太は、何も言わずに頷いた。


その小さな動きに背中を押されるように、優華は顔を上げた。


「私、許嫁の人との結婚は断りたい」


リビングの空気が、ぴたりと止まった。


美咲が驚いたように目を見開き、和也は眉を寄せた。


「……優華。それは、以前にも話したはずだ」


「うん。何度も話したよね。でも、私はやっぱり納得できない」


「相手の方は、誠実な青年だ。家同士の関係もある。お前が将来苦労しないようにと、私たちも考えているんだ」


「わかってるよ。お父さんたちが私のことを考えてくれているのは、わかってる」


優華は、ゆっくりと言葉を選びながら話した。


「でも、相手がどんな人かとか、家同士の関係がどうとか、それだけで結婚を決めることはできないよ」


「優華……」


美咲が心配そうに娘を見つめる。


優華は、その視線から逃げなかった。


「結婚するのは、お父さんでもお母さんでもない。私だよ」


声は震えていた。


それでも、言葉ははっきりしていた。


「一緒に暮らして、毎日を過ごして、これからの人生を歩いていくのは私自身なの。だから、自分の気持ちを無視して、誰かと結婚することはできない」


和也は、厳しい表情のまま尋ねた。


「……では、なぜ今になって、その話を改めて持ち出した?」


優華は、隣に座る颯太を見た。


「……好きな人がいるから」


和也と美咲の視線が、颯太へと向けられた。


颯太は背筋を伸ばした。


突然、話の中心に自分が来たことで緊張はしたが、視線を逸らすつもりはなかった。


優華は続けた。


「この人が、柊木颯太くん。私が一緒にいたいと思っている人なの」


「……君が?」


和也は、颯太をじっと見つめた。


「優華と、どういう関係なのか聞かせてもらえるだろうか」


颯太は、静かに頷いた。


「はい。俺は、優華さんのことが好きです。そして、これからも彼女と一緒にいたいと思っています」


「それは、いつからだ?」


「……五年前からです」


和也がわずかに眉を動かした。


「五年前?」


「はい」


颯太は、少しだけ言葉を選んだ。


時間の歪みを越えて出会ったこと。


優華が未来から来たこと。


そのすべてを、今ここで説明するつもりはなかった。


けれど、気持ちについては、隠す必要はない。


「五年前、俺は優華さんと出会いました。そのときから、彼女は俺にとって大切な人でした。……そして、五年後にもう一度会うと約束して、今日、再会できたんです」


美咲は、優華の顔を見た。


優華は静かに頷いた。


「……本当なの?」


「うん。私にとっても、颯太くんは大切な人なの」


和也は、少し考え込むように視線を落とした。


「……気持ちはわかった。だが、好きだという感情だけで、人生を決めることはできない」


「……お父さん」


「結婚は、二人の気持ちだけでなく、生活や将来にも関わるものだ。君たちは、まだ若い。これから何があるかもわからない」


和也の言葉は、決して感情的なものではなかった。


娘の将来を心配している。


そのことは、颯太にも伝わってきた。


だからこそ、颯太は反論する前に、静かに頭を下げた。


「おっしゃるとおりだと思います」


和也は、少し意外そうに颯太を見た。


颯太は続けた。


「俺たちは、まだ知らないことも多いです。これから先、思いどおりにいかないこともあると思います。好きだという気持ちだけで、すべてを解決できるわけではないこともわかっています」


「……ならば」


「それでも、俺は優華さんと一緒にいたいんです」


颯太は、まっすぐに和也を見つめた。


「これから先、何が起きるのかはわかりません。でも、何かあったときに逃げずに話し合いたい。優華さんが悩んでいるときには、隣で一緒に考えたい。俺自身も、彼女に支えてもらいながら、成長していきたいと思っています」


そして、言葉を続けた。


「優華さんの人生を、俺が代わりに決めることはできません。彼女が何を選ぶのかは、彼女自身が決めることです。だからこそ、俺は彼女の選択を尊重したい」


颯太は、もう一度頭を下げた。


「俺は、優華さんと一緒に未来をつくっていきたいです。どうか、その気持ちを聞いていただけませんか」


リビングは静まり返っていた。


美咲は、娘と颯太を交互に見つめていた。


和也もまた、すぐには言葉を返さなかった。


やがて、彼はゆっくりと息を吐いた。


「……優華」


「うん」


「君は、本当にこの青年と一緒にいたいのか?」


優華は、迷うことなく頷いた。


「うん。私は颯太くんと一緒にいたい」


「許嫁の方との結婚を断れば、相手の家との関係に影響が出る可能性もある。それでもか?」


「……うん」


優華は、両手をぎゅっと握りしめた。


「相手の人には申し訳ないと思ってる。家同士の関係も、簡単な問題じゃないことはわかってる」


彼女は、少しだけ視線を落とした。


「でも、だからって、自分の気持ちを偽って結婚することはできない。相手の人に対しても、失礼だと思うから」


和也の目が、わずかに揺れた。


優華は続けた。


「好きでもないのに結婚して、いつか相手の人を傷つけてしまったら……きっと、誰も幸せになれないよ」


「……」


「私は、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい。颯太くんと一緒にいたいという気持ちも、許嫁の人との結婚を望んでいないという気持ちも、全部」


優華の目には、涙が浮かんでいた。


けれど、その涙は、もう迷いから生まれたものではなかった。


自分の未来を、自分で選ぶ。


その決意が、彼女の言葉を支えていた。


「……お願いです」


優華は、両親に向かって頭を下げた。


「私の人生を、私自身に選ばせてください」


その姿を見て、美咲が小さく息を呑んだ。


和也は、しばらく何も言わなかった。


やがて、彼は目を閉じ、静かに考え込んだ。


     * * *


どれくらい時間が経ったのだろう。


窓の外から、風に揺れる木々の音が聞こえていた。


和也は、ゆっくりと目を開いた。


「……優華」


「……はい」


「お前が、そこまで真剣に考えていたとは思わなかった」


優華は、顔を上げた。


和也は、娘をまっすぐに見つめていた。


「私たちは、お前に苦労をさせたくなかった。家同士の関係もあるが、それ以上に、お前が将来困らないようにと考えていた」


「……うん」


「だが、そのためにお前自身の気持ちを置き去りにしていたのなら……それは、私たちの考えが足りなかったのかもしれない」


優華の目が、大きく見開かれた。


「お父さん……」


美咲も、そっと口を開いた。


「優華。お母さんもね、あなたが幸せになってくれることを一番に願っていたの」


「……うん」


「だから、あなたが将来困らないように、安心できる相手と一緒になってほしいと思っていた。でも……あなたが自分の気持ちを押し殺してまで、その道を選ばなければならないのなら、それは本当に幸せなことなのかしら」


美咲は、少し寂しそうに微笑んだ。


「ごめんね。あなたが何を望んでいるのか、もっとちゃんと聞くべきだった」


「お母さん……」


優華の目から、とうとう涙がこぼれた。


五年前。


彼女は、自分の未来を他人に決められることに強い拒絶を感じていた。


その気持ちは、時間を越えるほど強かった。


けれど、未来から戻ったあとも、現実の問題が消えたわけではなかった。


両親との話し合い。


家同士の関係。


自分の人生をどう選ぶのか。


彼女は何度も悩み、そのたびに、自分の気持ちを確かめてきた。


そして今、ようやく、その気持ちを正面から受け止めてもらえた。


和也は、静かに颯太へ視線を向けた。


「柊木くん」


「はい」


「君の言葉は、よくわかった。優華を大切に思っていることも伝わった」


颯太は、背筋を伸ばした。


「ありがとうございます」


「ただし、ひとつだけ言っておきたい」


「……はい」


和也は、真剣な表情を崩さなかった。


「優華の人生を、すべて君が背負おうとする必要はない。彼女は彼女自身の意思で生きていく人間だ。君が支えることは大切だが、彼女の代わりに決めてしまうことがないようにしてほしい」


颯太は、はっきりと頷いた。


「はい。俺も、そう思っています」


「ならば、これからも互いの気持ちをきちんと話し合いなさい。困ったことがあれば、一人で抱え込まず、二人で考えることだ」


「……はい」


颯太は、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


和也は、娘へと視線を戻した。


「優華」


「……うん」


「許嫁との話については、私たちから先方へ伝えよう。お前が望まない結婚を、無理に進めるつもりはない」


優華は、しばらく言葉を失った。


「……本当に?」


「ただし、相手の方にも家族にも、誠意を持って説明する必要がある。それはわかるな?」


優華は何度も頷いた。


「うん。わかってる。私も、きちんと話したい」


「そうか」


和也は、わずかに表情を和らげた。


「ならば、もう自分の気持ちを隠す必要はない。自分の人生なのだから、自分で考え、選びなさい」


その言葉を聞いた瞬間、優華は両手で顔を覆った。


「……ありがとう、お父さん……お母さん……」


声が震え、涙が止まらなかった。


美咲が立ち上がり、優華のそばへ歩み寄る。


そして、優しく娘の肩を抱いた。


「よく話してくれたわね、優華」


「……うん……」


「これからも、何かあったら話してちょうだい。私たちは、あなたの親なんだから」


優華は、母親の胸元で小さく頷いた。


颯太は、その光景を静かに見守っていた。


自分が何かを解決したわけではない。


最後まで、自分の気持ちを伝えたのは優華だった。


自分の人生を選ぶために、彼女自身が勇気を出したのだ。


颯太にできたのは、その隣にいることだけだった。


けれど、それでよかった。


優華が、自分の力で未来を選び取った。


そのことが、何よりも嬉しかった。


     * * *


しばらくして、優華は母親から離れ、涙を拭いた。


「……ごめんね、颯太くん。なんだか、泣いちゃって」


「謝らなくていいですよ」


颯太は微笑んだ。


「ずっと悩んでいたんですよね」


優華は、小さく頷いた。


「うん。でも、今日、ちゃんと話せてよかった」


「……よかったです」


和也は、そんな二人を見つめていた。


そして、ふと思い出したように口を開いた。


「ところで、柊木くん」


「はい」


「君は、優華とこれからどうしていきたいと考えているんだ?」


颯太は、一瞬だけ驚いた。


けれど、すぐに姿勢を正した。


「……まずは、二人でいろいろなことを経験していきたいと思っています」


「ほう」


「一緒に出かけたり、いろいろな話をしたり。お互いのことをもっと知って、少しずつ関係を深めていきたいです」


颯太は、優華を見た。


「もちろん、いつか結婚できたらいいなとは思っています。でも、今すぐに決めることではないと思うんです。これから二人で過ごす時間の中で、ちゃんと考えていきたいです」


優華は、少し驚いたように颯太を見つめた。


それから、ゆっくりと微笑んだ。


「……私も、同じ気持ちだよ」


颯太は、照れくさそうに笑った。


和也は、二人の様子を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


「そうか。それなら、私たちから今すぐ何かを求めるつもりはない」


美咲も頷いた。


「まずは、二人でゆっくり過ごしてみなさい。これから先のことは、そのあとで考えればいいわ」


「……ありがとうございます」


颯太が頭を下げると、優華も隣で頭を下げた。


「お父さん、お母さん、本当にありがとう」


和也は、照れくさそうに視線を逸らした。


「礼を言われるようなことではない。お前が自分の気持ちを話してくれたから、私たちも考え直すことができたんだ」


「……うん」


優華は、もう一度、両親を見つめた。


「私、これからも自分の気持ちを大切にするね。でも、お父さんとお母さんのことも、大切に思っているから」


美咲は、嬉しそうに微笑んだ。


「ええ。わかっているわ」


リビングには、先ほどまでの張り詰めた空気とは違う、穏やかな雰囲気が戻っていた。


     * * *


帰り際。


玄関で靴を履いていると、優華の母親が二人に声をかけた。


「颯太くん、今日は来てくれてありがとう」


「いえ。こちらこそ、お話を聞いていただいてありがとうございました」


「優華のこと、これからもよろしくね」


颯太は、真剣な表情で頷いた。


「はい。俺も、優華さんと一緒に成長していきたいと思っています」


「ふふっ。いい返事ね」


美咲は嬉しそうに笑った。


その後ろから、和也も姿を見せた。


「柊木くん」


「はい」


「今日は、君の考えも聞けてよかった。これからも、優華としっかり向き合ってやってほしい」


「……はい。ありがとうございます」


颯太が頭を下げると、和也は小さく頷いた。


「また、いつでも来なさい」


「ありがとうございます」


二人は改めて挨拶をして、玄関を出た。


門を閉めると、優華は大きく息を吐いた。


「……終わったぁ……」


その声には、安堵がにじんでいた。


颯太は、思わず笑った。


「お疲れさまでした」


「本当に……すごく緊張したよ」


「俺も緊張しました」


「えっ、颯太くんも?」


「もちろんです。あんなに真剣に見つめられたら、誰だって緊張しますよ」


優華は、くすっと笑った。


「そっか。颯太くんでも緊張するんだね」


「しますよ。俺だって普通の人間ですから」


「ふふっ。そうだよね」


二人は顔を見合わせて笑った。


その笑顔は、先ほどまでの緊張が嘘のように自然なものだった。


しばらく歩いたところで、優華が足を止めた。


「……颯太くん」


「はい?」


「今日は、本当にありがとう」


「いえ。俺は、隣にいただけですから」


「ううん」


優華は首を横に振った。


「隣にいてくれたことが、嬉しかったの」


颯太は、少しだけ目を見開いた。


優華は続けた。


「一人だったら、きっと今日も、うまく話せなかったかもしれない。でも、颯太くんがいてくれたから、自分の気持ちを最後まで伝えられた」


「……優華さん」


「これから先、どうなるかはまだわからないけど……今日、自分で選べたことを、私は大切にしたい」


優華は、そっと颯太の手を取った。


「だから、これからも一緒にいてくれる?」


颯太は、迷うことなく頷いた。


「もちろんです」


そして、少し照れくさそうに付け加えた。


「俺も、優華さんと一緒にいたいですから」


優華の頬が、ほんのりと赤くなった。


「……もう。そういうこと、何度言ってもらっても嬉しいんだから」


「じゃあ、これからも言います」


「……うん。楽しみにしてる」


二人は手をつないで、春の街を歩き始めた。


五年前、未来から来た優華は、過去への後悔を抱えていた。


そして、颯太もまた、自分の過去に縛られていた。


あの日、二人が出会ったことで、それぞれの未来は変わった。


五年後、二人は再会し、想いを伝え合った。


そして今日、優華は自分の人生を自分で選ぶために、両親と向き合った。


もう、誰かに決められた未来をただ受け入れる必要はない。


自分が誰といたいのか。


どんな人生を歩みたいのか。


それを、自分の言葉で伝えることができた。


「……これから、どこに行きましょうか?」


颯太が尋ねると、優華は少し考えてから笑った。


「そうだね。せっかくなら、どこかでご飯でも食べない?」


「いいですね。何が食べたいですか?」


「うーん……颯太くんは?」


「俺は優華さんが食べたいものなら、何でも」


言ってから、颯太は慌てて付け加えた。


「いや、食べ物の話ですよ!」


優華は一瞬きょとんとし、それから顔を赤くして笑い出した。


「わ、わかってるよ! もう、颯太くんってば!」


「いや、今のは誤解を招く言い方だったなと……!」


「ふふっ、そういうところ、変わってないね」


「……それ、褒めてます?」


「もちろん」


優華は、楽しそうに笑った。


その笑顔を見て、颯太も笑った。


これから先、二人にはいろいろなことが待っているだろう。


楽しいことばかりではないかもしれない。


けれど、二人はもう、未来を恐れてはいなかった。


自分たちで選び、自分たちで考え、互いの気持ちを大切にしながら歩いていく。


それが、二人の望む未来だった。


春の風が吹き抜ける。


桜の花びらが、二人の頭上を舞っていた。


颯太は、隣を歩く優華の手を、そっと握り直した。


「……優華さん」


「なに?」


「これからも、よろしくお願いします」


優華は、微笑みながら頷いた。


「うん。こちらこそ、颯太くん」


五年前の出会いが、二人を変えた。


五年越しの約束が、二人を結びつけた。


そして今日、優華は自分の未来を、自分の意志で選び取った。


二人が歩く道の先には、まだ知らない景色が広がっている。


それでも、もう迷わない。


自分の気持ちを信じて。


隣にいる人を信じて。


二人は、ゆっくりと未来へ歩き始めた。

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