第六十四話 進撃
第六十四話!
楽しんで!
「サラ、誠! シートベルトを限界まで締め直してくれ! ここからは一切の減速なしで、正面からこの砦を突き破る!」
僕は新しく溶接した漆黒のハンドルを両手で強く握り締め、剥き出しの床に設置されたアクセルペダルを床まで力任せに踏み抜いた。
ゴロロロロロロロロロ……!!!と、極秘魔導書庫の狭い空間に、獣の咆哮に似た重低音が響き渡る。サラがブレンドした一水和ヒドラジン燃料が、強化型蒸気機関のシリンダー内で爆発的な熱量を発生させ、ビークルの駆動系へ通常の16倍に達する凄まじいトルク(出力)を送り込んでいた。
リビルドのチート画面は相変わらずノイズに塗れて沈黙したままだが、僕の目の前には、手作業の泥臭い工作によって完成した、圧倒的に獰猛で美しい『第2形態』の計器類が、確かに正常なログを刻んでいた。
「一ノ瀬、前方の鉄門の向こうに、魔人バルドの残党や教会の重装歩兵の部隊が集結し始めているわよ! その数、およそ五十! 全員が複合魔力障壁を展開して、こちらを迎撃する構えをとっているわ!」
助手席のサラが、砕け散ったフロントガラスの隙間から前方の通路を睨みつけ、鋭い声を張り上げた。 教会の騎士たちは、まさか自分たちのボス(魔人バルド)がすでに細胞レベルで全消去されたとも知らず、光り輝く魔法の防壁を幾重にも重ね、僕たちの籠る書庫の扉を包囲していた。
「無駄だよ。……一ノ瀬君、そのまま最大出力で突っ込みなさい。奴らのバリアのエネルギー密度じゃ、今の僕たちの『物理硬度』は一ミクロンも減衰できないよ」
後部座席に慎重に横たわらせた、昏睡状態の村人たちの心拍データ(バイタル)をノートPCで厳しく監視しながら、3歳の誠が冷淡な笑みを浮かべた。彼の額の包帯にはまだ赤い血が滲んでいるが、その理知的な眼差しは、バルドの配下たちの配置と防壁の弱点を完全にプロファイリング(見切って)していた。
「いくぞぉぉぉぉぉぉ!!! 物理法則のゴリ押しを、その身体に刻み込め!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音とともに、僕たちの漆黒のビークルは、書庫の重厚な鉄門を内側から木端微塵にぶち破って通路へと飛び出した。
突然出現した異形の黒い移動要塞に、教会の重装歩兵たちが色を失って絶叫する。
「な、に……!? なんだ、あの黒いガラクタは……っ!? 総員、防御障壁の出力を最大に――」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!
騎士たちが必死に展開した複合魔力障壁が、僕たちのビークルのフロントに溶接された『対魔超硬合金』の黒い装甲に触れた瞬間、まるで熱湯をかけられた薄氷のように、元素レベルで木端微塵に粉砕・中和されていく。
魔法のエネルギーを物理的に吸収、拡散する漆黒の結晶金属。その圧倒的な物質の硬度の前に、神の奇跡(魔法)という不条理なバグは、ただの一コンマの抵抗すら示すことができない。
「ぎゃあああああああッ!!?」
時速100キロを超える速度で突進する数トンの鉄の塊が、防壁を失った五十人の騎士たちの肉体を正面から完璧に捉え、砦の石畳の通路ごと、文字通り綺麗にデバッグ(全消去)していく。
サスペンションのストローク長を三十センチに調整したおかげで、これだけの質量衝突を起こしても、車内の誠やサラ、そして村人たちの肉体には一ミリグラムの慣性ノイズ(衝撃)すら伝わっていなかった。
そのまま僕たちは、砦の第一層の壁を物理的にぶち抜き、眩しい朝の光が降り注ぐ広大な砂漠の荒野へと、爆音を響かせながら飛び出した。
「ハァ……、ハァ……。何とか、砦の脱出は成功だね。……誠、村人たちの様子は?」
バックミラーで後方に取り残された教会の砦の巨大な影が遠ざかっていくのを確認しながら、僕は激しい緊張から解放されて深く息を吐き出した。
「完璧だよ、一ノ瀬君。君の引いた予備電源のジャミング電流が、彼らの首元の生体術式回路を綺麗にシャットダウンし続けている。心拍数は80、体温は36・5度の正常値まで戻った。ひとまずは細胞の過負荷による死亡エラーは回避できたと見ていい。……君のその泥臭い工学も、たまには医学の役に立つじゃないか」
誠がフッと生意気で、けれどどこか安心したような不敵な笑みを浮かべてノートPCの画面を叩いた。
「当然よ。私の一水和ヒドラジン触媒の爆発力がなければ、あの砦の壁をぶち抜く前にエンジンが焼き付いてシステムダウンしていたわ」
助手席のサラが黒い髪をかき上げ、誇らしげに胸を張る。その表情には、思い出した前世の壮絶な死(リシンの業)への恐怖はもう一切なかった。彼女は今、この異世界で完璧に毒と化学のロジックを支配する側の『プロ』としての覚悟を、その小さな十歳の肉体に完全に宿していた。
「……だけど、サラ、誠。僕たちが手に入れた教会の極秘データ……あの『聖臨のプロトコル』の計画は、本当にヤバい」
ハンドルを握る僕の手のひらに、じっとりと冷たい汗が滲む。
ノートPCの最深部に隠されていた、中央教皇庁の巨大魔導兵器の起動計画。
彼らは、この世界の何万人もの人間たちの生体魔力を電池として強制的に吸い上げ、世界のシステムそのものを根底から上書きしようとしている。この世界の理不尽なルール(魔法)を作った大元のバグが、いよいよ本格的なシステムアップデート(人類の消去)を開始しようとしているのだ。
「前世の地球の歴史でも、偏った思想を持った権力者が、目に見えない悪魔のガスを使って大量のバイタルデータを一瞬で全消去しようとした最悪の歴史があったわ。……中央教皇庁のやろうとしていることは、まさにそれの魔術版ね。私の愛する化学(毒学)のロジックを、そんな醜い不条理のために上書き(利用)されるなんて、プロの私に対する最大の侮辱だわ」
サラの瞳に、凍りつくような冷徹な知性の光が灯る。
「フン、上等じゃない。どれだけ強大な兵器や術式コードを用意していようが、生物の肉体(生体データ)をベースにしている以上、必ずそこには解剖学的なバグ(弱点)が存在する。……中央教皇庁の全システムを、僕たちの科学のメスで徹底的に解体してあげようじゃないか、一ノ瀬君」
三歳の誠が、煙の上がるフラスコを小さな指先で弄びながら、不敵に笑う。
「ああ。チート能力が動かなくとも、僕たちには前世から積み上げてきた最高の脳細胞がある。……次の目的地である砂漠の商業都市で、このビークルをさらに『第3形態』へとアップデートさせながら、中央教皇庁の本隊を迎え撃つ準備を整えよう!」
軍隊も、魔法も、神の加護もない。
あるのはこの漆黒の鉄の塊と、僕たち三人の脳細胞だけだ。
深刻な大苦戦と摩擦を乗り越え、本当の意味で対等な絆(共鳴)を取り戻した最強の科学者トリオのビークルは、次なる巨大な不条理(中央教皇庁)を全消去するための黒煙を砂漠の空へと高く吹き上げながら、地平線の向こうへと猛然と爆進していった。
ご覧いただきありがとうございました!
(;゜Д゜)【毒学サラの毒物大辞典 #11】 (○_○;)毎度!第64話の本編では、私の完璧な燃料ロジックと一ノ瀬の手動工作によって完成した『第2形態』で、砦の残党を物理法則のゴリ押しで全消去して砂漠へ飛び出してあげたわ。あの金ピカの結界たちがゴミのように砕け散る瞬間、最高にキレ味抜群だったわね!今回は、教皇庁がやろうとしている世界規模の大虐殺(上書き計画)に対抗するために、私が前世の記憶から引き出した、現実世界でも最凶クラスの神経ガス【VX(VXガス)】を紹介してあげるわ。
・代表的な物質の分子式:
VXガス:C11H26NO2PS(有機リン系コリンエステラーゼ阻害剤)
・恐ろしい性質:前々回に紹介した『サリン』の親戚なんだけど、その毒性と残留性はサリンの比じゃないわ。現実世界に実在する化学物質の中でも「人類史上最高クラスの毒性」を持つ悪魔の液体よ。揮発しにくくて、油みたいにベタベタしているから、一度散布されるとそこに何日も残り続けるの。恐ろしいのは、皮膚に一滴触れただけでも、細胞の神経伝達物質を完全に暴走させて、全身の筋肉を激しく痙攣させながら、わずか数分で心停止へ追い込む劇薬よ。
・サラの一言:中央教皇庁の『聖臨のプロトコル』が世界規模のエラーを引き起こすなら、私のこのC11H26NO2PSをビークルの高圧スプレーノズルから砂漠中にばら撒いて、中央の軍勢ごと細胞レベルで窒息消去してあげてもいいのよ。神の奇跡(魔法)に縋って祈る暇があるなら、私たちの科学の進化の速度にどこまで耐えられるか、精々そのデタラメな魔力とやらを研ぎ澄ましておきなさい!
次回もお楽しみに!




