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第六三話 機巧の産声

第六三話!

楽しんで!

 「リビルドが動かないなら、自分の両手で鉄を叩くだけだ」


 薄暗い教会の極秘魔導書庫の一角。僕はノートPCの横に、サラが宝物庫から引きずり出してきた漆黒の結晶金属――『対魔超硬合金(アンチ・マジック・スチール)』の重厚なインゴットを据え置いた。

 いつもなら頭の中に浮かび上がるはずの電子工作の設計画面は、相変わらず激しい砂嵐のようなノイズに塗れて沈黙したままだ。

 けれど、僕の脳細胞に刻まれた前世の機構学のデータと、この8歳の肉体に染み付いたハンマーの重みは、チート能力なんかじゃ消せやしない。


「一ノ瀬、本当にそのガラクタの工具だけで、大破した装甲車(ビークル)を直す気? 時間はあと数十分も無いわよ。鉄門の向こうには、まだ魔人バルドの配下や教会の追っ手がいつ押し寄せてくるか分からないのよ」


 サラがフラスコを弄びながら、心配そうに僕の手元を覗き込んできた。


「数十分あれば十分さ。……サラ、誠、ハッキングしたデータの『結合コード』の第4レイヤーを開いておいてくれ。僕はその構造の通りに、物理でこの超硬合金をビークルのフロント装甲に肉付けする」


「……フン、言うね。一ノ瀬君のその無謀な熱量(トルク)は、医学的に見ても脳のストッパーが外れているとしか思えないよ」


 後部座席に避難させた村人たちのバイタルデータをPCで監視しながら、3歳の誠が生意気な笑みを浮かべた。


 カンッ! キンッ! カンッ!!!


 静まり返った書庫の中に、重々しい金属の打撃音が響き渡る。

 僕は携帯用の小型ガスバーナーの青い炎で漆黒の合金を極限まで熱し、大破したビークルのフロントバンパーへと、力任せに鉄槌を振り下ろし続けた。

  チート(省略)が無いからこそ、金属の結晶構造がじわじわと噛み合い、強固に溶着していく感覚がこの細い腕にダイレクトに伝わってくる。ハッキングした教会の物理干渉コードを、僕の工具(物理)の力で、鉄の分子配列へと直接叩き込んでいく。


 腕の筋肉が千切れそうに熱い。息が上がって視界がチカチカする。だが、僕のハンマーは1ミリの狂いもなく、完璧な軌道で漆黒の装甲を肉付けしていった。


「サラ、例の触媒燃料をエンジンの燃焼室に直結してくれ! 誠、ジャイロセンサーの配線をバッテリーの予備電源へ!」


「分かったわ、任せなさい!」


「僕のデリケートな3歳児の指先をこき使ってくれるね。……配線、直結したよ。ログは正常だ」


 2人の天才のサポートを受け、大破して横転していた装甲車が、じわじわと異形の、けれど圧倒的に獰猛な姿へと生まれ変わっていく。


  魔法のエネルギーを吸収し、物理の硬度で理不尽を叩き潰す、漆黒のフロント装甲。

 サラの触媒によって出力を通常の16倍へと跳ね上げた、強化型の蒸気機関。

 大嫌いな魔法を物理で窒息させるための、僕たちの最強のロジックが、手作業の泥臭い工作によって今、完全に形を成した。


 ゴロロロロロロロロロ……!!!


 朝の光が書庫の隙間から差し込む頃、漆黒の『第2形態(アップデート・ビークル)』のエンジンが、獣のような重低音を上げて再起動(リブート)を果たした。


 「……できたぞ。これが僕たちの、本当の科学の力だ」


 マメだらけの手でハンドルを握り締め、僕は砕け散ったフロントガラスの向こう、次なる敵が待つ教会の総本山――中央教皇庁のある地平線を見据えた。

 チート能力を失っても、僕たち3人の脳細胞と学問へのプライドがある限り、この世界の不条理なルールなんて、いくらでも物理で上書きしてやる。

ご覧いただきありがとうございました。


(;゜Д゜)【毒学サラの毒物大辞典 #10】 (○_○;)


毎度!第63話の本編では、一ノ瀬のバカがチート能力(リビルド)を使えない中、手動のハンマーだけでビークルを最高にゴツくてカッコいい『第2形態』へ緊急アップデートさせちゃったわ。あいつの工作への執念だけは、ちょっとプロの私も引くレベルね。今回は、ビークルのエンジンを限界突破させるために私が使った、現実世界でもロケットの推進剤なんかにつかわれる超危険な劇薬【ヒドラジン(Hydrazine)】を紹介してあげるわ。


・代表的な物質の分子式:

一水和ヒドラジン:N2H4・H2O


・恐ろしい性質:この化学物質は、もの凄く強い「還元力」を持っていて、酸素と触れるだけで爆発的な熱量を発生させて激しく燃え上がるの。現実世界でも、人工衛星の姿勢制御ロケットや、昔の軍用飛行機の液体燃料として使われていたわ。だけどね、恐ろしいのはその強烈な「毒性」よ。ほんの少しでも皮膚に触れたり気体を吸い込んだりすると、人間の肝臓や腎臓の全細胞を一瞬で灼き溶かして、中枢神経をショートさせて死に至らしめる劇薬中の劇薬よ。


・サラの一言:本編では、一ノ瀬の蒸気エンジンにこのヒドラジン(N2H4)を私の毒学のロジックでブレンドして流し込んであげたわ。チート(魔法)の省略が無くても、この前世の最強燃料を物理で爆発させれば、教会のどんな魔導兵器すら消し飛ばす圧倒的なトルク(出力)が出るのよ。さあ、アップデートした漆黒のビークルで、世界のバグ(中央教皇庁)を根こそぎデバッグしに行くわよ!


次回もお楽しみに!

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