第六十五話 砂漠の境界
第六十五話!
楽しんで!
漆黒の移動要塞へと生まれ変わった僕たちの『第2形態』は、巻き上げる砂煙で砂漠の青空を黒く染め上げながら、遮るもののない荒野を猛然と爆進していた。
サラがブレンドした一水和ヒドラジン触媒の爆発的なエネルギーは、大破したはずの蒸気機関のシリンダーを通常の16倍に達する凄まじいトルクで回し続けている。リビルドのチート画面は相変わらずノイズに塗れて沈黙したままだが、僕の目の前には、手作業の泥臭い工作によって完成した本物の計器類が、完璧なロジックで正常なログを刻んでいた。
「一ノ瀬、前方に巨大な構造物が見えてきたわよ! あれは教皇庁が直轄する、砂漠の関所(要塞検問所)ね! 次の目的地である商業都市に入るには、あの防衛線を強行突破するしかないわ!」
助手席のサラが、新しく溶接した漆黒のフロント装甲の隙間から前方を見据え、鋭い声を張り上げた。
地平線の向こうに立ち塞がるのは、岩壁を切り裂いて作られた重厚な石造りの要塞。教皇庁の精鋭歩兵や魔導師たちおよそ百名が、すでに僕たちのビークルの爆音を察知し、関所の壁の上から無数の光り輝く攻撃魔術の術式を展開し始めていた。
「チート(能力)が動かない状況で、百人の精鋭を相手にするのか。……ハハッ、最高にエキサイティングじゃないか」
僕はハンドルを握る両手に力を込め、不敵に笑った。
上空から降り注ぐ、砦の戦闘を遥かに凌ぐ極大の火球と雷撃の嵐。だが、サソリの超硬合金に教会の『対魔超硬合金』を肉付けした僕たちの黒い装甲は、その膨大なエネルギー(術式)に触れた瞬間、元素レベルで物理的にすべて拡散・中和して弾き返す。
「無駄だよ。……一ノ瀬君、そのまま速度を維持しろ。奴らの攻撃魔術の減衰データはすでに計算済みだ。僕たちの物理硬度は、神の奇跡なんていう不条理なバグには破れない」
後部座席で昏睡している村人たちのバイタルデータをノートPCで監視しながら、3歳の誠が冷淡な笑みを浮かべた。彼の額の包帯からはまだうっすらと赤い血が滲んでいるが、その理知的な眼差しは、関所の壁の厚さと兵士たちの解剖学的な配置を完全にプロファイリング(見切って)いた。
「でも、あの要塞の主門は対魔超硬合金のさらに上位の結晶で防護されているわよ。一ノ瀬の質量突撃(体当たり)だけじゃ、衝撃を吸収されてビークルのクランクシャフトが破断するのがオチね。……だから、ここからは私の学問(毒学)のロジックを上書きしてあげるわ」
激しい雷撃の火花がフロント装甲で弾け飛ぶ中、助手席のサラがクスクスと狂おしい笑い声を上げながら、ダッシュボードの上で怪しげな液体をフラスコへと注ぎ込み始めた。
彼女の黒い瞳の奥に、思い出した前世の壮絶な死(リシンの業)を乗り越えた、完璧な毒使いとしての圧倒的な執念が灯る。
「サラ、今度はどんな新薬を仕込んだんだ?」
「前世の私が開発した、金属の分子結合を瞬時にエラー(脆化)させるための、超高濃度『水銀系アマルガム触媒』よ。一ノ瀬、フロントノズルの噴射設定を『広範囲高圧霧化』に切り替えなさい!」
「了解……! 排気熱スプレーシステム、ターゲットロック!」
バキィィィィンッ!と、装甲車の前面から、サラの調合した特製の結晶液が、エンジンの数百度の排気熱によって一気にガス化され、関所の主門へと目掛けて猛然と噴霧された。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
白い無臭の金属霧が、関所の巨大な門と、壁の上の兵士たちの呼吸器へと瞬く間に満たしていく。
慌てて防御魔法の障壁を展開する魔導師たち。だが、彼らはまだ知らない。魔法はエネルギーを拡散できても、大気中に混ざり合った『分子の侵入(空気の呼吸)』までは防げないということを。
「ガ、ハッ……!? 肺が、灼ける……、身体が、動か……っ」
「……無駄だよ。医学的に見て、君たちの肺胞と中枢神経は、今、サラの重金属毒によって細胞レベルで完全に破壊されている」
後部座席の誠が冷淡な瞳で敵を見つめながら、静かに告げる。
「脳からの電気信号が一切伝わらなくなるから、術式を編むことも呪文を唱えることもできない。数分以内に全員、意識を保ったままシステムダウン(心停止)へ至る。……サラの一水和ヒドラジンと重金属の排気熱混合、実に見事な処方箋だね」
『な、に……!? 我が教皇庁の防衛線が……一瞬で無力化されていくだと……!?』
関所の要塞門を守っていた重装歩兵たちが、自らの喉を掻きむしりながら、バタバタと石畳の上に絶望の声を上げて倒れ伏していく。
さらに、サラの触媒ガスを浴びた強固なはずの要塞の主門が、金属の結晶結合を内側からズタズタに破壊され、まるで乾燥した粘土のようにボロボロと崩れ始めていた。
「今よ、一ノ瀬! その崩れたバグ(門)ごと、中央の連中を物理法則で粉砕しなさい!」
「おおおおおおおッ!!! 科学のロジックを舐めるなァァァ!!!」
僕はアクセルレバーを床まで踏み抜いた。時速120キロまで加速した漆黒の移動要塞の超硬合金バンパーが、ボロボロに脆化した関所の大門を正面から完璧に捉えた。
バリシャァァァァァァァァンッ!!!
凄まじい破壊音とともに、教皇庁が誇る絶対の防衛線が飴細工のように木端微塵に粉砕され、内側の守備兵ごと、通路のすべてが綺麗にデバッグ(全消去)された。
チート能力が封じられていようとも、工学、医学、毒学の3つの知性が噛み合えば、神の理不尽なシステムなんて、いくらでも物理で上書きして突破できる。
ビークルは壊滅した要塞の残骸を激しく踏み越え、次なる戦場であり、教皇庁の巨大兵器計画『聖臨のプロトコル』のデータが眠る砂漠の商業都市へと向かって、爆音を響かせながら再び猛然と爆進し始めた。
ご覧いただきありがとうございました!
(;゜Д゜)【毒学サラの毒物大辞典 #12】 (○_○;)
毎度!第65話の本編では、チート(リビルド)が動かない絶望的な状況の中、私の新薬『重金属アマルガム触媒』と一ノ瀬の手動工作ビークルで、教皇庁の強固な砂漠の関所を物理法則のゴリ押しで完全消去してやったわ。あの頑丈な門がボロボロの砂屑みたいに砕け散る瞬間、最高にキレ味抜群だったわね!今回は、本編で関所の門をボロボロにし、兵士たちの中枢神経を完全にシャットダウンさせた現実世界の恐ろしい重金属【ジメチル水銀(Dimethylmercury)】を紹介してあげるわ。
・代表的な物質の分子式:
ジメチル水銀:C2H6Hg(有機水銀化合物)
・恐ろしい性質:現実世界でも、数ある重金属毒の中で「地球上で最も危険な脂溶性毒物」の一つよ。浸透力がデタラメに高くて、普通のゴム手袋なんか簡単にすり抜けて皮膚から一瞬で吸収されちゃうの。人体に入ると、脳の神経細胞をピンポイントで徹底的にハッキング(破壊)して、視野狭窄、言語障害、そして数ヶ月かけて確実に脳をシステムダウン(死滅)へ追い込む、文字通り触るな危険の悪魔の液体よ。
・サラの一言:本編では、一ノ瀬のビークルの排気熱(数百度)を使って、このジメチル水銀(C2H6Hg)を一気に関所中に気化噴霧してあげたわ。どれだけ肉体を鍛えていようが、揮発した水銀分子を吸い込んで脳のネットワーク(ロジック)を直接内側から狂わされたら、術式を編む前に全消去されるしかないのよ。さあ、世界のバグ(中央教皇庁)をデバッグするための道は開いたわ。次話の商業都市でも、私たちの科学の進化の速度に震え上がりなさい!
次回もお楽しみに!




