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第五十九話 聖遺物のバグ

第五十九話!

楽しんで!

 地下牢から一転、僕たちの乗る科学の装甲車(移動ビークル)は、砦の上層にある広大な大礼拝堂へと躍り出た。

 天井の高いその空間の奥、きらびやかな祭壇の前に、一人の男が冷酷な笑みを浮かべて待ち構えていた。


『……ここまで這い上がってきたか、異端のガラクタども。我が聖騎士団をよくも小細工で全滅させてくれたな』


 男の名はバルド。この『北の砦』を統括する聖騎士長――いや、その背中から幾条もの黒い異形の触手のような翼が這い出、赤く濡れる瞳は、完全に教会が禁忌とした『魔人』のそれだった。

 彼の手には、怪しく黄金色に発光する十字架の形をした古代の『聖遺物(魔導兵器)』が握られていた。


『だが、神の奇跡の真髄はここからだ。……滅びよ、鉄屑ごと!』


 魔人バルドが聖遺物を掲げた瞬間、礼拝堂の空気が爆ぜた。

 聖遺物の先端から、極大の光のレーザー(魔力熱線)が放たれ、僕たちの装甲車に向かって一直線に襲いかかる。


「誠、サラ、衝撃に備えて……っ!」


 僕はハンドルを切り、サソリの超硬合金の装甲で正面から熱線を受け止めた。


 ズガガガガガガガガッ!!!


と、キャビンの中に凄まじい金属の摩擦音と衝撃が響き渡る。ダッシュボードのエラーランプが真っ赤に点滅し、装甲の表面が熱量でドロリと溶け始めていた。


「くっ……! 耐熱が間に合わない! なんて出力だ……!」


「一ノ瀬、突撃しなさい! あの聖遺物ごと、男を轢き潰すのよ!」


「無理だね、サラ。……一ノ瀬君、車を止めろ。男の周囲を見てごらん」


 後部座席から誠が冷徹な声をかける。

 よく見ると、魔人バルドの周囲には、光の幾何学模様で作られた強固な『球体の絶対防御バリア』が展開されていた。ビークルの質量突撃ですら、物理的に完全に弾き返されるほどの超高密度エネルギーの術式だ。


『神が与えし聖遺物の盾は無敵! あらゆる物理も魔法も、この結界を通すことはできん!』


「……あはは、無敵? 神様って本当に頭が悪い(バグだらけ)のね」


 激しいレーザーの雨の中、助手席のサラが、クスクスと狂おしい笑い声を上げた。

 彼女の黒い瞳の奥に、前世で毒の深淵に挑み続けた天才化学者としての圧倒的な執念が灯る。


「一ノ瀬、ビークルのフロントノズルの噴射設定を『スポット照射(点液噴射)』に変えなさい。圧力は限界まで高めて」


「サラ、何か策があるの?」


「医学的に見ても、サラの言う通りだね」


 誠がシートにもたれかかりながら、冷淡にバルドを指差した。


「あの無敵に見える結界、術式コードの更新レートが遅すぎる。光の模様が切り替わるゼロコンマ数秒の隙間(結合エラー)に、サラの『あの液体』を高圧で流し込めば、結界そのものが物理的に内側から腐食して自壊するよ」


「了解……! フロントノズル、スポット照射モード起動!」


 バキィィィィンッ!


と、装甲車の前面から、サラが調合した極微量の『透明な液体』が、高圧の針のような細さで魔人バルドの結界へと正確に撃ち込まれた。

 絶対防御の光の模様が切り替わった瞬間、その液体は結界の隙間をすり抜け、内側の聖遺物の本体へとダイレクトに接触した。


 ジュワァァァァァァァァァッ!!!


 次の瞬間、無敵を誇っていた黄金の聖遺物が、まるで熱湯をかけられた氷のように凄まじい白煙を上げてドロドロに溶け始めた。


『な、に……!? 我が教会の聖遺物が……腐食して、溶けていくだと……!?』


「神の奇跡も、ただの物質で構成されているなら、私の『王水』の前にはただのバターと同じよ!」


 サラが叫ぶと同時に、結界がガラスのように粉々に砕け散った。無防備になった魔人バルドに向けて、僕はアクセルを床まで踏み抜いた。時速100キロの突進。


 だが――。


 ドガァァァァンッ!!!


激しい衝撃音とともにビークルが急停止する。へし折れたのはバルドの骨ではなく、装甲車のフロントバンパーだった。


『……ハハハ! 聖遺物が無ければ脆いとでも思ったか? 我が肉体は、すでに数多の生体魔力を喰らい、鉄をも超える超硬度へと至っているのだ!』


バルドの黒い爪が、装甲車のフロントガラスを蜘蛛の巣状に叩き割る。


「しまっ……! サソリの合金が、素手で引き裂かれていく……っ!?」


『チョロチョロと動くガラクタめ。潰れろ』


上空から振り下ろされる、魔人の巨腕。凄まじい質量の一撃を受け、装甲車は横転しながら大礼拝堂の石畳の上を激しくバウンドし、壁へと叩きつけられた。


「「「ガハッ……!」」」


防弾キャビンの中で、僕たちは激しく身体を打ち付けられた。火花を散らして沈黙する蒸気エンジン。フロントガラスは完全に砕け散り、僕たちのチートの象徴だった鉄の塊が、今、無惨な鉄屑へと変わり果てようとしていた。


「一ノ瀬君、サラ、動けるかい……? ……クソ、僕の計算の前提が狂ったね。奴の筋繊維と細胞密度は、すでに通常の生物のログを完全に逸脱している」


後部座席で頭から血を流しながら、3歳の誠が忌々しそうにバルドを睨みつける。


外からは、一歩、また一歩と、大破した装甲車へ近づいてくる魔人の足音が、死への秒針のように不気味に響いていた。

(;゜Д゜) 【毒学サラの毒物大辞典 #06】 (○_○;)


毎度!第59話の本編では、教会の黄金の聖遺物を私の『王水』でドロドロに溶かしてやったところまでは完璧だったんだけど……まさかあのボス、魔人化して自分の肉体を「鉄以上の硬度」にバグらせてくるなんて聞いてないわよ!


一ノ瀬のビークルが大破して横転するなんて、このバグだらけの異世界に来てから初めての大苦戦(大ピンチ)じゃない!


・代表的な物質の混合比:濃塩酸と濃硝酸を『3:1』の割合で混ぜ合わせた究極の酸性液体【王水(Aqua regia)】


・恐ろしい性質:普通の酸じゃ絶対に溶けない純金すら分子レベルで溶かせる最強の腐食液よ。本編でも、金ピカの十字架の聖遺物には完璧に効いたんだけどね。さすがに、魔術でデタラメに強化された魔人の「筋肉や皮膚の細胞」までは、一瞬で溶かしきることはできなかったわ。


・サラの一言:ちょっと一ノ瀬! エンジンから煙が出てるわよ! 誠も頭から血を流してるし、完全にシステムダウン寸前の大エラーじゃない! でもね、バルドの奴は勘違いしているわ。無敵の結界が消えた以上、その剥き出しの肉体に『次の一手』を撃ち込むチャンスはまだ残されているってことをね。この大ピンチ、3人の脳細胞でどうひっくり返してやるか。


次回をお楽しみに!

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