第五十七話 アコニチン・スプレー
第五十七話!
最近零の一人称が私から僕に代わりました、これは、こっちの世界と小さい体になれたということです!
楽しんで!
『北の砦』を間近に臨む岩陰で、僕たちの乗る科学の装甲車(移動ビークル)は静かに息を潜めていた。
夕闇の向こうに見える巨大な鉄の城門を睨みつけながら、助手席のサラがフラスコの中の無色透明な液体を、車体の排気熱タンクへと慎重に注ぎ込んでいく。
「……よし、これで特製アコニチンのチャージは完了よ。前世の私を殺したリシンとは違って、今回は完全に私が支配する側の毒よ」
サラが黒い髪をかき上げ、不敵に微笑む。
思い出した前世の壮絶な最期――ほんのわずかな計算ミスで命を落とした天才化学者の記憶は、今の彼女のなかに恐怖ではなく、完璧な毒使いとしての凄まじい覚悟を植え付けていた。
「ノズル径は0.2ミリ、気化圧力は3気圧。一ノ瀬、エンジンの排気熱スプレーシステムのログは正常?」
「うん、シミュレーションは完璧だよ。エンジンの数百度の熱を使えば、砦の門をぶち破った瞬間に、一気にガス化して内部へ噴霧できる」
僕はビークルのダッシュボードの数値を指差した。
今回の戦術は、魔法の障壁を物理的にすり抜ける『分子の侵入』だ。
「心臓と神経の電気信号をショートさせるアコニチンか。不整脈から呼吸困難、そして数分以内にシステムダウン(心停止)だね。……僕の処方箋通り、ノズルの圧力を調整して正解だったよ」
後部座席のシートで、3歳の誠が冷淡な瞳で砦を見つめながら、静かに告げる。
「準備は整ったね。……サラ、誠、しっかり捕まってて。物理法則のゴリ押しを見せてやる!」
僕はアクセルレバーを限界まで押し込んだ。蒸気エンジンが激しく咆哮を上げ、6輪独立懸架が砂を蹴り上げる。装甲車は時速100キロを超える速度まで一気に加速し、強固なはずの鉄の城門へと真っ直ぐに突っ込んだ。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい金属の衝突音とともに、教会の誇る大城門が飴細工のようにひしゃげ、内側へと吹き飛んだ。
突然の侵入者に、砦の内部にいた数百の教会の騎士たちが、色を失って色めき立つ。
「な、に……!? 魔法の障壁ごと、門が粉砕されただと……!?」
「今よ、一ノ瀬! 砦の内部は完全に閉鎖空間(密室)ね。……たっぷり吸わせてあげなさい!」
サラの合図とともに、僕が排気熱スプレーのスイッチを押した。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
超高濃度の『アコニチン(C34H47NO11)』が白い濃霧となって砦中を瞬く間に満たしていく。
慌てて魔法のバリアを展開する魔導師たち。だが、大気中に混ざり合った毒物の呼吸までは防げない。
「ガ、ハッ……!? 息が、うまく、吸え……っ」
「ア、ガ……、からだ、が、動か……ッ」
術式を編むことも、剣を持ち上げることもできなくなった数百の聖騎士団が、自らの喉を掻きむしりながら、バタバタと石畳の上へと倒れ伏していく。
魔法を盲信する者たちが、8歳、3歳、10歳の子供たちが放った純粋な『化学反応』の前に、わずか数分で完全に全消去されていく。
「フン、やっぱり私の毒は、この世界でも最高にキレ味抜群ね」
「一ノ瀬君、これで砦の第1層はクリアだ。……さあ、奥に捕らえられている村人たちのデータを回収しに行こうか」
誠がいつもの生意気な笑みを浮かべ、フラスコを指先で回す。
僕たちは全滅した敵の惨状を顧みず、装甲車をさらに砦の最深部へと爆進させた。
ご覧いただきありがとうございました。
(;゜Д゜) 【毒学サラの毒物大辞典 #04】 (○_○;)
毎度!第57話の本編では特製のアコニチンガスで砦を完全消去してあげたけど、今回のあとがきでは、また別の意味で現実世界を震撼させた超有名な猛毒【シアン化水素(青酸ガス)】を紹介してあげるわ。
・代表的な物質の分子式:シアン化水素(青酸ガス):HCN
・恐ろしい性質:アコニチンが心臓や神経の電気信号をショートさせる毒なら、このシアン化水素は、細胞が酸素を取り込んでエネルギーを作るための「呼吸の仕組み(チトクロムcオキシダーゼ)」をピンポイントでガッチリとブロックしちゃう毒よ。
どうなると思う? これを吸い込んだ人間は、大気中にいくら酸素があっても、身体の中の全細胞が一切酸素を吸収できなくなって、細胞レベルで一瞬にして大窒息を起こすの。現実世界でも、ほんの数十ミリグラムを気化吸引しただけで、わずか数秒から数分で即死に至る超一級の暗殺兵器よ。
・サラの一言:現実世界だと、サスペンスドラマの『青酸カリ』のガス版と言えば分かりやすいかしら? 独特のアーモンド臭(正確にはニガヨモギやウメの種の匂いね)がするのが特徴よ。もし次、さらに強固な砦や密閉された王宮に立てこもる敵がいたら、一ノ瀬のビークルからこの青酸ガス(HCN)を噴霧して、細胞ごと全消去してあげようかしら。
次回もお楽しみに!




