表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/65

第五十四話 技術者の謝罪

第五十四話!

楽しんで!

 静まり返った複製研究室ラボの空気が、重く僕の肌にまとわりつく。

 誠が怒りに拳を震わせ、吐き捨てるように去っていった後、僕は自分の手のひらをじっと見つめていた。

 

 【再構築リビルド】という魔法のチートを失って、僕は焦っていたんだ。自分の『工学』の正しさを一刻も早く証明したくて、目の前の大勝利に浮かれて、隣で命懸けで戦ってくれた親友の『医学』の重みを、ただの便利な交換部品パーツのように軽々しく扱ってしまった。

 前世で、あいつがどれほど残酷な死の淵と戦ってきたかも忘れて。


「……一ノ瀬、あんたの工学は素晴らしいわよ」


 ラボの奥で、淡々とガラスフラスコを洗っていた十歳のサラが、冷淡に、けれど的確に僕の痛いところを突いてきた。


「外壁のコンクリートを何ミリ削るだの、ボルトのトルクがどうだの、そういう計算ロジックは完璧。でもね、佐伯(誠)の言う通り、生体は機械じゃないのよ。私の毒だってそう。一滴の量、その日の体調、大気の湿度で効果はデタラメに変わるわ。私たちはね、あんたが引く綺麗な直線(図面)のようには生きられないのよ」


「……分かっている。……分かっていたはずなのに」


 僕は拳を握りしめ、誠が去っていった薄暗い通路へと足を踏み出した。

 

 ラボの最深部。月明かりの届かない床に小さな体を丸め、誠は一人で、さっきの戦闘で消費した薬品のデータを、震える三歳の指先で淡々と整理していた。その小さな背中は、幼児の肉体でありながら、大人としての『命への責任』を一人で必死に背負い込もうとしているようで、見ていて胸が締め付けられるほど泥臭く、孤独だった。


「……誠」


 前世の名前で呼びかけると、誠の小さな肩がピクリと跳ね上がった。

 だが、誠は振り返ることも、作業を止めることもしなかった。ただ、冷徹で無機質な声だけを僕に返した。


「……用がないなら、あっちに行ってくれないか、一ノ瀬君。君のその薄っぺらいCPU(脳)と違って、生体の複雑な個体差を処理する僕のメモリは、今、限界まで忙しいんだ」


「すまなかった。……僕は現象を効率と数値でしか見てい難かった。君がどれだけの不確実性リスクと戦って、僕の命を繋いでくれたのか、何も分かっていなかったんだ。……僕の工学ハードがどれだけ頑丈でも、君の医学ソフトがなければ、ただの冷たい鉄屑だ」


 僕はその場に膝をつき、最上級の技術者の謝罪を述べた。だが、誠は手元の羊皮紙にペンを走らせたままだ。


「……謝罪はデータにならないよ。そんなことより、次の目的地である教会の『北の砦』まで、僕の三歳児のデリケートな肉体に一ミリグラムの乳酸も溜め込ませない、最高に安全で快適な『乗り物』でも設計してみたらどうだい。それができたら、君の工学の計算能力を、少しは再評価してあげてもいいよ」 誠は最後まで僕と目を合わせようとはしなかった。


 「……分かった。最高に安全な、完璧な移動要塞を組み立ててみせるよ」


 僕は立ち上がり、自分の作業机へと向かった。許してもらえなかった。当然だ。だからこそ、僕は言葉ではなく、僕のすべての工学を尽くした成果物で、誠の信頼を取り戻すしかない。

 徹夜の作業が始まった。僕は設計図を砂の上に引き、機械サソリの残骸へと向かって、ハンマーをがむしゃらに振り下ろした。


「……リビルドがないなら、前世の機構学をそのまま物理で再現するまでだ!」


 僕がまず着手したのは、サソリの多脚駆動システムを応用した、砂漠用の六輪独立懸架サスペンションの構築だった。馬車のひしゃげた車輪から頑強なバネを切り出し、油圧式のショックアブソーバーを即席で組み立てる。

 これなら、どんな砂丘の凹凸も物理的に相殺できる。三歳の誠の骨格に、砂漠の振動という『不必要なノイズ』を一切伝えないための、最高精度の緩衝機構ハードウェア


「一ノ瀬、徹夜でそれを作る気? 相変わらず極端ね。……はい、これを使って」


 サラがいつの間にか、ラボの奥から僕が求めていた高粘度の潤滑油と、駆動効率を十六倍にするための特殊な触媒燃料をパッと抱えて持ってきてくれた。


「助かるよ、サラ。……誠の肉体の安全(医学)を担保するには、僕の機巧(工学)と、君の燃料(毒学)のすべてを注ぎ込む必要がある」


 サソリの頑強な超硬合金の装甲を切り出し、幼児二名と十歳の少女一名を完全に防護する防弾キャビンを溶接していく。内部には、誠が薬品を調合しながらでも絶対に転倒しない、ジャイロセンサー付きの水平維持シートまで物理的に組み込んだ。 東野村の毛布を荷台のシートに敷き詰め、朝の光が差し込む頃――。

 ラボの前に完成したのは、不格好だが最高に頑強で快適な、蒸気駆動式の『科学の装甲車(移動ビークル)』だった。


「……できたぞ、誠」


 僕はマメだらけの手を拭い、目を赤く腫らしたまま、ラボから出てきた誠にキー(機械式の始動レバー)を示した。 誠は、完成した異形の移動要塞をじっと見つめた。その六輪のサスペンション構造と、微振動すら許さないキャビンのロジックを、医学者の眼で厳しく精査していく。


「……ふん。サスペンションのストローク長、約30センチ。これなら幼児の腰椎への負担はゼロだね」 


誠は初めて、僕とまっすぐに視線を合わせた。その口元に、いつもの、あの憎たらしいほど冷徹で不敵な笑みが、かすかに戻っていた。


「合格だよ、一ノ瀬君。……僕のメモリに、君の工学のリスペクトデータを再書き込みしておいてあげるよ」


「――誠……っ!」


「さあ、サラも乗りなよ。……これだけのハードウェアを用意してもらったんだ。教会の『北の砦』にいるバグどもを、僕たちの科学で根こそぎ解体デバッグしに行くよ」


 八歳、三歳、そして十歳。お互いの専門領域への真の敬意を胸に、最強の科学者トリオは完成した装甲車へと乗り込んだ。

 深刻な摩擦を乗り越え、より強固に共鳴した僕たちのロジックが、砂煙を上げて次なる戦場へと爆進し始めた。

ご覧いただきありがとうございました。

今回から新しいコーナーを始めます!


(;゜Д゜) 【毒学サラの毒物大辞典 #01】 (○_○;)

毎度、本編に登場した「毒や薬品」の恐ろしい性質を、私が科学的に解説するコーナーよ。

今回、第二の牙(魔力腐食薬)のベースとして私がブレンドした化学物質は、現実世界でいう【有機リン化合物(Organophosphorus compounds)】の親戚ね。


サリン:C4H10FO2P

VXガス:C11H26NO2PS


恐ろしい性質:人体に入ると、神経の興奮を鎮めるための「アセチルコリンエステラーゼ(AChE)」という酵素の働きを、分子レベルで完全に『阻害ハッキング』して機能停止させるの。どうなると思う? 神経の伝達物質であるアセチルコリン(C7H16NO2+)が分解されずに溜まり続けて、神経のスイッチが「ON」のまま固定されて暴走するわ。

その結果、全身の筋肉が激しく痙攣して、呼吸困難や心停止を引き起こすのよ。


・サラの一言:本編では、誠のフラスコの中で発煙硫酸(H2S2O7)と反応させて揮発(ガス化)させ、聖騎士団の鎧の隙間から吸い込ませたわ。魔法のバリアを張っていても、大気中の『分子の侵入(C4H10FO2Pなど)』までは防御できないからね。

次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ