第五十三話 論理の強制執行と摩擦
第五十三話!
楽しんで!
北の村を包囲した、数百の教会の聖騎士団。
彼らが誇る重装歩兵の鉄の盾が月明かりを弾き、背後に控える魔導師たちが、夜空を埋め尽くすほどの『火』と『雷』の攻撃魔法を展開していく。対する僕たちは、八歳の僕(零)、三歳の誠、そして十歳のサラの三人だけだ。
「……異端の子供どもめ! 神の奇跡(魔法)の前に、塵へと還るがいい!」
騎士団長の怒号とともに、数百の術式が一斉に解放され、僕たちのラボへ目掛けて猛然と降り注いだ。だが、僕たち三人の天才科学者の瞳に、恐怖の色など一塵もなかった。
「サラ、第一段階の散布、頼む!」
「任せなさい!」
サラが不敵に笑い、僕が即席で作った高圧散布機を起動した。ノズルから噴射されたのは、砂漠の『微細化二酸化ケイ素(SiO₂)』と、高揮発性燃料に『過塩素酸アンモニウム』をブレンドした特殊な霧だ。それが、迫りくる魔法の嵐と、騎士たちの頭上へと広範囲にばら撒かれる。
「誠、点火!」
「処方箋をあげるよ。……墜ちろ」
三歳の誠が、小さな指先で点火スイッチを押した。
――ドォォォォォォォォォンッ!!!
夜空が、一瞬で純白の炎に包まれた。第三の牙・粉塵爆焼の強制執行。サラのブレンドした触媒によって、燃焼速度は通常の十六倍。一瞬にして周囲の熱量が数千度に達し、空間の酸素(O₂)をすべて貪り尽くす。
「な、に……!? 息が、できな――」
魔法のバリアを展開していた騎士たちが、内側からバタバタと崩れ落ちる。バリアはエネルギーを防ぐが、空気の供給まではしてくれない。一瞬で周囲が完全な『真空』と化したことで、騎士たちの肺胞が内側から物理的に、綺麗に破裂していくのだ。
「ぐ、あああ! 障壁を、より高密度に――」
生き残った魔導師たちが、必死に強固な複合魔力障壁を展開した。だが、その強固な防壁の目の前に、今度は僕が『第一の牙』の照準を合わせた。
「無駄だよ。……第一の牙、一酸化二水素の物理圧力を舐めるな、スピードがあればどんなものでも固くなれる」
――キィィィィィィィィィン!!
ノズル径0.1ミリから放たれた、マッハ三の超高圧水流。さらにその水流には、誠とサラの共同研究による『発煙硫酸(H₂S₂O₇)』と『有機リン化合物』を混ぜ合わせた、第二の牙(魔力腐食薬)が極限まで濃縮されてブレンドされていた。
ズバァァァァァァァァンッ!!!
数千気圧の水の刃(物理)が障壁を強引に切り裂き、同時に発煙硫酸(化学)が魔法の結合エラーを引き起こしてバリアそのものをドロドロに溶かし尽くす。さらに、気化した有機リンの毒が、重装鎧の隙間から騎士たちの体内へ容赦なく侵入した。
「ガ、ハッ……、腕の、感覚が……消え……っ! ?」
神経を直接ショートさせる毒により、術式を編むこともできなくなった数百の軍勢が、砂の上に絶望の声を上げて倒れ伏していく。神の奇跡(魔法)を妄信する数百の聖騎士団が、八歳、三歳、十歳の子供たちが放った、純粋な『物理法則』と『化学反応』の前に、わずか数分で完全に「全消去」された瞬間だった。
「……ハ、ハハ。魔法なんて使わなくても、やっぱり科学の方が何万倍も確実だね、一ノ瀬君」
三歳の誠が、煙の上がるフラスコを指先で弄びながら、不敵に笑う。
「当然よ。私たちの共同研究をバグごときが邪魔できると思わないことね」
サラが黒い髪をかき上げ、胸を張った。
白煙が夜風にさらわれていく。完璧な計算通りの大勝利に、僕の胸には激しい高揚感が満ちていた。チート能力を失った絶望から、知力だけでここまで這い上がれた。その興奮が、僕の視野を少しだけ狭くしていた。
「特に誠の医学だよ。……いや、本当に医学って何でもできるよね。レンズ越しに相手の解剖学的な弱点は一瞬でわかるし、重傷を負っても細胞レベルで傷も病気も完璧に治せる。本当にカッコよくて、万能で、最強の道具だね」
僕は純粋な賛辞のつもりで、隣に立つ三歳の親友を振り返った。
だが、誠は笑っていなかった。
それどころか、三歳の幼児の肉体から放たれているとは信じられないほどの、凍りつくような冷徹な『殺気』が、僕の言葉を物理的に遮断した。
「……一ノ瀬君。今、なんて言った?」
誠の瞳の奥、前世の『佐伯誠』としての眼光が、かつてないほど鋭く僕を射抜く。
「え……? いや、だから、医学は万能でカッコいいなって――」
「ふざけるな、工学者が」
誠の小さな拳が、激しく震えていた。
「何でもできる? 最強のツール? ……医学の重みを、何一つ分かっていないくせに、軽々しく口にするな」
誠の言葉は、まるで鋭利なメスのように僕の胸に突き刺さる。
「僕たちが前世で、どれだけの血と、どれだけの死体の山を越えてそのデータを積み上げてきたと思っているんだ。医学はね、君の得意な工学みたいに、バグった部品を新品に交換すれば元通り動くような、そんな綺麗な世界じゃない!」
三歳の誠が、僕の胸ぐらをその小さな手で強く掴み上げた。
「目の前で命が消えていく恐怖と戦いながら、泥水に塗れて、それでも救えない敗北感にのたうち回って、爪を血で染めながら一秒の延命を乞う。それが僕たちの『医学』だ。さっきの細胞新生だって、一歩間違えれば癌化して死に至る劇薬の博打だった。それを……カッコいい万能ツールだと? 喧嘩を売っているのか、一ノ瀬零」
「誠……僕は、そんなつもりじゃ……」
言葉が出なかった。工学者である僕は、現象を効率と数値でしか見ていなかった。誠が背負っている、生体という『不確実な命』を扱う責任の重さを、僕はあまりに軽視していたのだ。
「……まぁまぁ、そこまでにしなさいよ、二人とも」
複製ラボの扉に寄りかかり、十歳のサラが冷めた声で割って入った。
「せっかく騎士団をデバッグしたのに、仲間割れでシステムダウンするなんて、それこそ非論理的(不条理)だわ」
誠はチッと小さく舌打ちをすると、僕の胸ぐらから手を離し、背を向けた。
「……頭を冷やしてくる。君のその傲慢な脳の冷却水が足りないなら、僕が冷やしてあげてもいいけどね」
三歳の小さな背中が、静かにラボの奥へと消えていく。
圧倒的な勝利の後に訪れた、僕たちの『共鳴』の深刻な摩擦。魔法という共通の敵を前にしてもなお、僕たち二人の『前世の生き様』という絶対的なプライドは、そう簡単に噛み合うものではなかった。
ご覧いただきありがとうございました。
誠の言葉自分で書いといて泣けてきちゃう。
たくさんの死があり成り立っている今の医学それに対し新しいのを与えればすぐに動くようになる工業。
どっちが重く、残酷かって言ったらやっぱり医学だよね。




