第四十三話 指先のロジック
第四十三話!
楽しんで!
掌をかざし、念じる。それだけで世界が僕の意図通りに組み変わる――そんな万能感は、もうどこにもなかった。
指を鳴らしても、青白い火花は散らない。
目の前にあるのは、僕が暴走して破壊した機械サソリの、無機質な残骸の山だけだ。
「……ッ、ぐ、う…………っ!」
僕は、ひしゃげた超硬合金の装甲に重いハンマーを叩きつけた。
八歳の少年の筋肉は、一振りごとに悲鳴を上げ、掌にはすぐに血の滲むマメができた。
以前なら【再構築】の一工程で済んでいた「金属の展延」や「ボルトの締結」という作業が、今は数時間かけても終わらない。
(……笑えるな。魔法をバグだと嫌っていた僕が、そのバグがなくなった途端に、この効率の悪さに苛立っているなんて)
額から流れる汗が目に入る。拭う暇もない。
だが、不思議と気分は悪くなかった。
魔法というブラックボックスを通さず、自分の筋力と知恵で、物質を一つずつ論理の通りに組み立てていくこの感覚。これこそが、僕が前世で愛した「工学」そのものだったからだ。
「……零、こっちの濾過は終わったよ。……『魔力腐食薬』のベースだ」
三歳のシンが、踏み台に乗って、即席の実験装置から滴る怪しげな緑色の液体を指し示した。
誠もまた、リビルドなしで、砂漠の鉱物とサソリの廃液を泥臭く調合し続けている。あいつの小さな手も、薬品で変色し、ボロボロだった。
「助かるよ、誠。……見てくれ、第一の牙の『心臓部』が組み上がった」
僕が指し示したのは、サソリの耐圧シリンダーを流用した、不格好な高圧ポンプだ。
魔法の火で熱を作るのではない。
僕たちは火打ち石で火を起こし、枯れ木を燃やし、物理的に水を沸騰させる。
その蒸気圧を、僕が叩き出したバルブで限界まで抑え込み、一気に解放する。
「……理屈は単純だ。水の体積を瞬間的に千六百倍に膨張させ、ノズル径を0.1ミリに絞り込む。……リビルドという『省略』がないなら、物理法則という名の『強制執行』を味方につけるだけだ」
僕は、完成したばかりの『超高圧水速射砲』の鈍い輝きを見つめた。
魔法の障壁がどれほど高密度だろうと、一点に集中した「物質の衝突(物理)」を完全に無効化することはできない。それは、この世界の神が作ったルールではなく、宇宙が定めた絶対的な真理だからだ。
「……ハッピーバースデー、零。……いや、もう二日過ぎちゃったけど。……最高の『玩具』だね」
誠が、ニヤリと不敵に笑う。
僕も、泥と煤に汚れた顔で笑い返した。
「……ああ。……魔法なんていう不確かなものより、この油と鉄の匂いの方が、何万倍も信頼できる」
その時、レンズ越しに砂漠の地平線を観測していた自動警報装置(僕たちが即席で作ったものだ)が、鋭い電子音を鳴らした。
地平線の向こうから、立ち上る巨大な砂煙。
「……来たか。……僕たちの『再構築』を邪魔しに来る、最初のバグが」
僕は八歳の細い腕で、重たい水速射砲を構えた。
魔法を失い、軍隊を失い、ただの「子供」に戻った僕たちが、知能という牙だけで世界をデバッグする第二幕が、今、始まった。
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