第四十話 思考の融解
第四十一話!
楽しんで!
胸の内に宿った『全属性適合魔袋』が、僕の神経系を燃料にして燃え盛っている。
かつて一日五回と決まっていた【再構築】の制約は、今や存在しない。指先一つで周囲の熱を奪い、瞬き一つで空気を爆発させることができる。
だが、その「全属性」という無限のエネルギーがもたらす膨大な演算データ(ノイズ)は、七歳の子供の脳が許容できるキャパシティを、暴力的なまでに超えていた。
「……ッ、ガ、アアアァッ!!」
頭蓋骨の裏側を、数千度の熱で焼かれているような激痛。
医学的に言えば、過剰な魔素の流入による脳浮腫、および神経伝達物質の異常分泌だ。
僕が何かを論理的に「理解」しようとするたび、魔法という名の巨大なバグが思考に割り込んでくる。
『火』の術式を構築しようとすれば、脳内の言語中枢が物理的に焼き切れ、『水』の冷却をイメージすれば、誠との大切な記憶の断片が氷河に押し流される。
僕の知性を構成していた『論理』が、一つ、また一つと融解していく。
「ハ……ハハッ……ヒヒヒッ!!」
突如として、喉の奥から乾いた笑い声がせり上がってきた。
おかしくなんてない。むしろ、僕は自分を失う恐怖に震えている。なのに、口角は麻痺したように勝手に吊り上がり、肺は痙攣するように空気を吐き出し続ける。
(……なんだ、これ。……脳の出力信号が、強制的に『笑い』へ書き換え(リビルド)……されている……?)
恐怖、怒り、悲しみ、誠への執着。
僕のあらゆる感情信号が、全属性の演算負荷に耐えきれなくなった脳によって、最も原始的で単純な反射行動である『笑い』へと強制変換されていた。
僕は研究所の端末に向かい、必死にキーを叩こうとした。
魔王が残したこの「全属性システム」を停止させるためのコードを、前世の知識を総動員して探り当てるために。
だが、指が動かない。
指の代わりに動いたのは、僕の周囲に渦巻く「全属性」の暴走だった。
「アハハハハハハッ!!」
笑い声が響くたび、研究所の防爆壁が粉砕され、貴重な機材が液体窒素で凍りつき、超硬合金が『ありえない理科』で学んだ強酸よりも速く溶けていく。
自分の意思とは無関係に発動する、物理法則を無視した破壊。
僕は、自分の知性が、自分が最も愛した『科学』そのものを破壊していく光景を、ただ笑いながら見ていることしかできなかった。
(……マ、コト……助け、て……。……いや、来るな……。……僕はもう、不適合な(デバッグできない)……欠陥品だ……)
涙が頬を伝う。
しかし、その涙さえもが、零れ落ちる瞬間に魔力によって蒸発し、禍々しい青い火花へと変わる。
一ノ瀬零という人格の消失。
僕は、自分の心が「笑い声」という暗闇に飲み込まれていくのを自覚しながら、一人、灼熱の砂漠へと歩き出した。
砂上の虐殺者へと変貌した僕の視線の先には、運命を呪うかのような赤い月が浮かんでいた。
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