第三十八話 不完全な心臓(DEBUG・COMPLETE)
第三十八話!
楽しんで!
「……ハ、ハハッ…………マ……コト……?」
壊れた笑い声の合間に、零の口から僕の名前が漏れ出した。
赤リンの爆炎が「絶対零度」の静界を強引に焼き切り、立ち上る白煙の中で、僕たちは至近距離で見つめ合った。零の瞳は虚無に濁り、演算過負荷による鮮血が鼻から滴り、赤い砂を汚している。
僕は泣いていた。
二歳の小さな、けれど執念の詰まった手で、冷たく、けれど親友の命の熱を帯びたナイフを握りしめて。
「……君が止まれないなら、僕が止める。それが、共同研究者の義務だろ?」
僕は二歳の身体の全体重を預け、零の胸の中心――禍々しく拍動する『魔袋』へと、医療用ナイフを真っ直ぐに突き立てた。
――ズブ、
という生々しく、重い感触が掌に伝わる。
「……っ、ガ、ハッ……!!」
零の身体が大きく仰け反り、暴走していた全属性の魔素が臨界点を超え、白熱した光となって溢れ出した。
(――来る)
心臓が跳ね上がる。
本来、高密度の魔素を蓄えた魔袋を破壊すれば、周囲数キロを跡形もなく吹き飛ばす大爆発が起きる。それがこの世界の死の法則だ。
僕は零を強く抱きしめたまま、襲い来るであろう破壊の衝撃を覚悟して、強く目を閉じた。あいつが爆発して消えるなら、僕も一緒にデバッグされるだけだ。
1秒。2秒。
永遠にも感じられる静寂。
だが、訪れたのは身体をバラバラに引き裂く衝撃ではなく、凍えきった魂を溶かすような、慈しみに満ちた温熱だった。
「……ぁ……あ…………」
零の不気味な笑い声が消える。代わりに、僕たち二人を包み込むように、穏やかな光の粒子が溢れ出した。僕の焼け爛れた皮膚や、凍死寸前だった指先が、見る間に再生していく。
(これは……回復魔法……!?)
零は、魔袋が破壊され意識が霧散していく最後の瞬間、残された全エネルギーを『破壊』ではなく、僕と自分を救うための『修復』へとリビルドしたのだ。自分を殺そうとした僕を、死の淵から引き戻すために。
パリン、と。
薄いガラスが割れるような、儚い音が響いた。
爆発は、起きなかった。
光が消えた零の胸元を見つめ、僕はようやく理解した。
人間である零が後付けで構築した魔袋は、魔族のものに比べて圧倒的に「内圧」が低かったのだ。物理的に言えば、高圧ボンベではなく、ただのひび割れた水風船。その『不完全な心臓』は、二人を救うための魔法を最後に使い切り、静かにその役目を終えた。
「……誠……。……ごめん。……最後に……間に合って、よかった……」
濁っていた瞳に、あの懐かしい、冷徹で知的な青い輝きが戻ってくる。
七歳の親友と、二歳の僕。
砂漠にはただ、二人の静かな呼吸だけが残った。
「……馬鹿だよ、零。……君はいつも、自分の計算に『自分の命』を入れ忘れるんだから。」
僕は声を上げて泣いた。
二人の誕生日の夜から、二日が過ぎていた。
ボロボロになり、予定より少し遅れてしまったけれど。
最悪で、最高な、僕たちの『再構築』が、ここから再び始まる。
ご覧いただきありがとうございます。
驚いたことに、「異世界転生」の検索順位でアニメ化作品に挟まれるほどの位置まで来ることができました……! 読んでくださっている皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
零と誠、二人の誕生日の決着はいかがでしたでしょうか。




