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第三十五話 不可視の診断書

第三十五話!

楽しんで!

砂漠の夜を切り裂くのは、もう物理的な「音」ではなかった。

零が放つ、属性を組み合わせた無茶苦茶な攻撃。それが空気を引き裂くたびに生じる真空の断熱が、僕の鼓膜を内側から破ろうとする。

「ハッハハハッ!、あっはっははは!」

零の笑い声が、熱風に乗って鼓膜にこびりつく。

二歳の僕の足はもう限界に近く、一歩進むだけで鉛のように重い。未発達な大腿四頭筋は限界を超えて、一歩踏み出すたびに筋肉が断裂するような激痛が走る。

至近距離を飛ぶ衝撃波とその根源。其れだけで皮膚が酒、そのあと飛んだ砂が傷口に埋まる。本来なら二歳が耐えられる動きではないがその負担と筋肉の悲鳴を完全に、強引にシャットダウンしていた。

(零、、零を、を救いに来たんだ。こんなところで止まってられるか。)

僕はレンズを瞳に押し当てた。

その瞬間、僕が見る世界は変貌した。

レンズに刻まれた()()()()()()()()光学情報と、僕が前世で培った医学的知見が脳内で同期する。

 ただの破壊の嵐だった零の周囲に、無数の『データ』が浮かび上がる。

 零の体温分布。魔素が循環する際に生じる血管の拍動。そして、脳への血流の異常値。

 

「……見えたよ、零。君の『バグ(エラー)』の出どころが。」

レンズ越しに見える零の頭部。左側頭葉付近が、魔力のオーバーロードによって異常に加熱している。あそこが、「笑い」というエラーを吐き出し続け、同時に全属性を無理やり制御している演算中枢だ。

 零が右手をかざす。

 周囲の砂が舞い上がり、重力魔法によってダイヤモンドの礫が形成される。

 普通の人間なら、その弾丸を見てからでは回避不能だ。だが、僕は『弾丸』を見ない。


 零の「瞳孔の収縮」。

 零の「右肩の僧帽筋のわずかな緊張」。

 そして、魔素が一点に集束する際の「空気の密度変化」。

 

 ――そこだ!

 

 コンマ数秒、着弾より早く、僕は泥の中に身体を投げ出した。

 ドォォォォォォン!!

 僕がいた場所の地表が爆ぜ、灼熱の砂が背中に降り注ぐ。

 だが、僕は止まらない。立ち上がる際に生じる膝への負担を、解剖学的な最適ルートで分散させ、再び前へと踏み出す。

 

 零が「ヒヒッ」と笑い声を上げる瞬間。

 肺が空気を吸い込み、横隔膜が上下するその一瞬だけ、複雑な全属性の演算にわずかな『空白リロード』が生じる。

 

「……っ、零! 脳が焼けているぞ! その前頭葉の熱は、君自身のニューロンを破壊し続けているんだ! 今すぐ演算を止めろ!」

 叫びは虚しく、砂嵐に消える。

 零の瞳には、僕の姿すら映っていないのかもしれない。

 あいつにとって、僕はただの「デバッグ対象エラー」でしかないのか。

 

 一歩、また一歩。

死の淵を綱渡りするように駆けて、ぼくはついに、零のパーソナルスペース(半径5メートル)へと踏み込んだ。


だがその瞬間、零の笑い声が一段と鋭くなった。

「ははっ、ヒッヒヒ、、、あはははははははっ!!」

零の足元から、青白い霧が爆発的に噴き出す。

おそらく零は、『水』と『風』の魔法を組み合わせ、大気中の熱エネルギーを文字通り根こそぎ奪い取る「超広域冷却魔法」!!


 -196度の窒素の霧が、地表を這う。

 僕の指先が冷気に耐えられず凍り、感覚を失う。

 レンズを握る手が凍りつき、睫毛が白く霜に覆われる。

 

(……これ、は……熱力学、無視の……地獄、か……)

 

 意識が遠のき、世界が白く染まっていく。

 だが、僕は薄れゆく視界の中で、ポーチの中にある『劇薬』へと手を伸ばした。

 

 死ぬなら、あいつをデバッグしてからだ。

 二歳の医学者の執念が、凍りついた砂漠に静かな火を灯した。

ご覧いただきありがとうございます。

ちなみに最後に、劇薬とありますが「劇薬」、「毒物」では劇薬のほうが強そうですが毒物のほうが10倍強いです!

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