第二十八話 静かなる死神の足音
第二十八話!
この町で見つかる意外なウイルスとは?!
楽しんで!
門番を医学のハッタリで黙らせて街に入った僕は、広場の一角にある汚れた空き箱に座り、行き交う人々をじっと観察していた。
二歳の赤ん坊が一人で座っている光景は、普通なら保護を求めるべき迷子にしか見えないだろう。だが、今の僕には人目を気にする余裕なんて一分もなかった。
(……救えなかったなんて、二度と言わない。あいつを救い出すための『拠点』を、今ここで築かなければならないんだ)
零と離れ離れになった絶望を、僕は強引に医学的な思考回路で上書きしていた。二一歳児の小さな脳が熱を帯びる。零がいれば、魔法のような手際で【再構築】してくれただろうが、今の僕にあるのは、泥臭い観察と前世の記憶だけだ。
「おじさん、そのパン、一つ分けてくれないかな。代わりと言ってはなんだけど、君の『悩み』を当ててあげるよ」
僕は、通りかかった顔色の悪い商人に声をかけた。二歳児特有の舌足らずな発声だが、その内容は極めて冷徹な診断だ。
「あぁ? なんだこのガキ……腹が減ってるのか? 悩みだと?」
「……昨日の夜から、ひどい頭痛と腰の痛みがあるだろう? 吐き気も少し。ただの過労だと思っているなら、それは大きな間違いだよ。」
商人の動きが止まった。図星だった。
「な、なぜそれを……。確かに、少し風邪気味だが。」
僕は商人の手首を掴み、袖を少しだけ捲り上げた。
零から贈られたレンズを単眼鏡のように構え、その皮膚のキメを微細に観測する。
――見つけた。
手首の内側に、米粒ほどの小さな、しかし毒々しい赤みを帯びた斑点。
「……っ、嘘だろ…まさか本当にあるとは…」
医学者としての僕の脳内に、最大級の警告音が鳴り響く。
高熱、頭痛、腰痛。そしてこの特有の発疹。
それは、前世の人類が唯一根絶に成功し、しかしこの魔法世界では今なお『神の罰』として恐れられているであろう、最強のウイルス。
「……天然痘だ。」
僕の呟きを、商人は「縁起でもない」と笑い飛ばして去っていった。
だが、僕は知っている。この小さな斑点が全身に広がり、膿を孕んだ水疱となり、やがて呼吸を止めるまでの残酷なカウントダウンを。
僕は一歳の小さな体で、街の不衛生な路地裏を這い回るようにして調査を続けた。
この世界の住人は、目に見えない脅威に無頓着すぎる。
スラムの片隅で震える浮浪者。彼の顔には、すでに破裂寸前の水疱が並んでいた。
井戸の周りで遊ぶ子供たちの、微熱を帯びた赤い頬。
市場で売られている、感染者が触れたであろう不衛生な生鮮食品。
レンズ越しに見えるのは、目に見えない死神が撒き散らした足跡そのものだった。
潜伏期間を逆算すれば、すでに町の数パーセントには感染が広がっている。このままでは、一週間後には街全体が巨大な死体安置所に変わる。
(……不味い。圧倒的にリソースが足りない。)
魔法が奇跡とされるこの世界で、このパンデミック(大流行)を止める術を、誰も持っていない。
教会へ行けば「祈れ」と言われ、医者を呼べば「血を抜け(放血)」と言われるのが関の山だ。
僕は街の中心にある教会の白亜の塔を見上げた。
二歳児の言葉を、大人の誰も信じないだろう。
だが、あいつなら……零なら、きっとこう言うはずだ。
『バグがあるなら、修正するだけだろ?』
「……そうだね、零。僕が、この街の防波堤になってみせるよ。……君が戻ってくる場所を、死の町にはさせない。」
僕は零が残したレンズを握りしめ、次の行動を決意した。
まずは、この病が『神の罰』ではなく『感染症』であることを証明しなければならない。そのためには、最初の明確な『犠牲者』が出る前に、町の権力者を動かす必要がある。
二歳の医学者は、泥だらけの服を正し、町で最も巨大な権力を持つ者の屋敷へと向かって歩き出した。
死神の鎌が振り下ろされるまで、時間は、あとわずかしかない。
僕一人の知恵で、三千人の命を守り切る。
それが、僕に課せられた最初の、そして最も困難なサバイバルだった。
ご覧いただきありがとうございます。
最近一話、2000字くらいまで書いてるんですよ!
ちなみに二人の誕生日は、『4月23日』だよ!




