第57話 「もう少し」には期限をつけよう
翔太の目が真っ直ぐオレを見た。
「……お前、馬鹿だな」
「馬鹿はわかってる」
「馬鹿って言ったのはそこじゃない。好きになっていいかなんて、そんなの許可制じゃねえよ。好きになったら好きなんだ。死んだ目だろうが生きた目だろうが関係ねえ。鮎川さんだってそうだろ。目が見えないことで誰かを好きになる資格がないなんて、そんなわけないだろ。同じだよ。お前も同じ」
翔太の声が熱かった。いつもふざけている翔太が、本気で怒っている。オレのためじゃなくて、オレの自己卑下に対して怒っている。
「……」
「お前さ、前に言ってた『恋の骨折り損』の話、覚えてるか。鮎川さんに教えてもらったやつ」
「ああ」
「王女が『一年待て』って言ったやつ。お前、あの話に影響されすぎだよ」
「影響なんて……」
「されてるだろ。『すぐに手に入る恋は本物じゃない』って鮎川さんが言ったの、真に受けすぎだ。待つことは大事かもしれないけど、待ちすぎたら手遅れになることもある」
翔太の言葉が、鋭く刺さった。
待ちすぎたら、手遅れになる。
蓮がいる。蓮は待ってくれない。蓮は「諦めない」と言った。オレが待っている間に、蓮が鮎川の心を掴むかもしれない。
でも。
「……王女たちは正しかったのかもしれない」
「は?」
「すぐに手に入る恋は本物じゃない。ならオレはもう少し待つ。この気持ちが本物だと、自分自身で確かめるまで」
「……」
「手紙は引き出しにある。いつでも渡せる。でも、今じゃない」
「いつなんだよ」
「……わかんない。でも、わかるときが来ると思う。ここだ、って瞬間が」
翔太が天井を見上げた。
「お前、ほんとに変わったな」
「変わった?」
「四月のお前は、何にも興味なさそうな顔してた。何を聞いても『別に』『特に』『どうでもいい』。死んだ魚が本体で、人間の体はおまけみたいだった」
「……」
「でも今は違う。怖がってるけど、ちゃんと向き合ってる。逃げてないだろ。手紙も書いた。雨の日には傘差してやってる。それって全部、鮎川さんのためだろ」
「……」
「お前の恋は本物だよ、湊。オレが保証する」
翔太がにっと笑った。
オレは何も言えなかった。唐揚げを口に入れて、噛んだ。味がよくわからない。塩辛い気がしたけど、それは唐揚げの味じゃなくて、たぶん、目の奥が熱いせいだ。
泣いてない。泣いてない。死んだ魚は泣かない。
でも、翔太の「お前の恋は本物だよ」が、胸の奥に沁みている。
自分では確信が持てなかったことを、翔太が保証してくれた。翔太は四月からずっとオレの隣にいて、オレの変化を見てきた。死んだ目が少しずつ生き返っていくのを。感情が薄かった人間に色がついていくのを。
それを見てきた翔太が「本物だ」と言うなら、きっと本物なんだろう。
……ありがとう。翔太。
声には出さなかったけど。
引き出しの中の手紙。約四二〇点の告白。
いつか。必ず。もう少しだけ。
でも、「もう少し」には期限をつけよう。いつまでも「もう少し」では、翔太の言う通り手遅れになる。
夏休み。鮎川と過ごす夏。
その夏の間に、答えを出そう。
待つことと、先延ばしにすることは違う。
王女が「一年待て」と言ったのは、待つ間にも恋が育つと信じたからだ。ただ時間をやり過ごすための「待ち」じゃない。
オレも、ただ待つんじゃない。夏の間に、鮎川のことをもっと知る。もっと一緒にいる。もっと景色を伝える。
そして、「ここだ」という瞬間が来たら。
迷わない。




