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死んだ魚のような目をしているオレは、盲目なあの子に恋をする。  作者: しましまましま
第3章 恋の骨折り損(Love's Labour's Lost)

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第46話 足音だけ追いかけてた

 体育祭当日。

 六月の第二土曜日。天気、快晴。気温二八度。湿度五五パーセント。

 都市伝説は本当だったらしい。梅雨入り前のギリギリのタイミングで、空はこれ以上ないくらいに晴れ渡っていた。

 朝七時半。グラウンドにはもう生徒がわらわら集まっていて、テントの設営やら万国旗の取り付けやらで騒がしい。スピーカーからは体育祭恒例の音楽が流れている。何の曲だかよくわからないけど、やたらテンションが高い。

 オレはリレーのゼッケンをつけて、死んだ目のまま準備体操をしていた。

 翔太が隣でストレッチしながら言う。


「今日がチャンスだぞ」

「何の」

「告白の」

「は?」

「体育祭って青春イベントの王道だろ。夕方、後片付けのとき二人きりになって、『鮎川さん、オレ……』ってやるんだよ。夕日バックで」

「お前の脳内にはどんな少女漫画が流れてるんだ」

「少女漫画じゃなくてラブコメだ。ラブコメのセオリーを押さえろ」

「セオリーとかいらない」

「いるよ。恋愛ド初心者のお前にはセオリーが必要なんだよ」


 翔太の言葉は的外れでもない。

 体育祭。非日常の空間。テンションが上がる雰囲気。放課後の片付け時間なら、人が散らばって二人きりになるチャンスもあるかもしれない。

 ……いや、無理だろ。

 告白なんて、まだ準備ができてない。点字だってまだは行までしか覚えてない。手紙も書けてない。

 でも――体育祭が終わったら、次のイベントは期末テストだ。告白には向かない。その次は夏休み。夏休みに入ったら、毎日会えなくなる。

 タイミングとしては、今日がベストなのかもしれない。

 ……考えるな。まず体を動かせ。準備体操に集中しろ。


 開会式。全校生徒がグラウンドに整列する。校長の挨拶。体育委員長の選手宣誓。万国旗が風に揺れている。

 鮎川は凛の隣に立っていた。白杖をたたんで片手に持ち、もう片方の手で凛の腕に軽く触れている。位置を確認しているのだろう。

 校歌斉唱のとき、鮎川が一番きれいな声で歌っていた。グラウンドに響く何百人もの声の中で、鮎川の声だけが一本の糸みたいに際立って聞こえる。

 オレの耳は、いつから鮎川の声を聞き分けられるようになったんだろう。鮎川みたいに絶対音感があるわけでもないのに。

 ……恋の耳、とでも言うのか。


 午前中はクラス対抗の団体競技。大縄跳びと綱引き。

 大縄跳びでは、鮎川が縄を回す側を担当していた。目が見えなくても、音のリズムで回すタイミングを計れるからだ。絶対音感が、ここでも役に立っている。

 回し手の鮎川と、もう一人の男子が息を合わせて縄を回す。跳ぶ側のクラスメイトたちが、鮎川のリズムに合わせて跳ぶ。

 三〇回。四〇回。五〇回。

 記録が伸びるたびに、応援席から歓声が上がった。鮎川は耳でカウントしながら、一定のリズムを崩さない。その正確さがクラスの記録を支えている。

 結果、六八回。クラス対抗で二位。上出来だ。

 鮎川がぱっと笑った。回し手の男子とハイタッチ。クラスメイトが鮎川を囲んで「すごい!」「鮎川さんのリズム完璧だった!」と褒める。

 鮎川が照れくさそうに「みんなが上手に跳んでくれたから」と言っている。

 ……かわいい。

 いや、競技中にそんなこと考えてる場合じゃない。


 午後。いよいよクラス対抗リレー。

 メンバー四人がスタートラインに並ぶ。オレは第三走者。バトンゾーンで待機。

 応援席を見た。鮎川がいた。凛の隣に座って、こちらに顔を向けている。見えてないけど、こちらを「見ている」のがわかる。

 隣のコースに、別のクラスの走者が立っている。そっちのクラスの応援も大きい。

 スタートの号砲。

 第一走者が飛び出す。ウチのクラスは三番手。悪くない。第二走者にバトンが渡って、少し追い上げる。二番手に上がった。

 第二走者が近づいてくる。バトンゾーンに入る。手を伸ばす。


「鈴木くんっ! がんばれえええっ!」


 鮎川の声。本番の声。練習のときより、さらに大きい。さらにまっすぐ。

 グラウンドの喧噪を突き抜けて、一直線にオレの鼓膜を貫く。

 バトンを受け取った。

 走った。

 足が勝手に動いた。練習のときと同じだ。鮎川の声を聞くと、体の奥から力が湧いてくる。アドレナリンなのか、恋のエネルギーなのか、もう区別がつかない。

 コーナーを回る。前を走る他クラスの走者が見える。差が縮まっている。

 もう少し。もう少し。

 バトンを第四走者に渡した。アンカーが全力で走る。結果――二位。

 十分だ。足を引っ張らなかった。むしろ、自分でも驚くくらい、いい走りだった。

 息を切らしてベンチに戻ると、鮎川が待っていた。


「鈴木くん! すごかった! 足音がどんどん速くなってた! コーナーで前の人に追いつきかけてたよね?」

「……まあ」

「まあじゃないよ! すごいんだよ! わたし、ずっと足音聞いてたの。鈴木くんの足音だけ追いかけてた」


 オレの足音だけ追いかけてた。

 この子は、他のクラスの歓声も、音楽も、風の音も全部聞こえている中で、オレの足音だけを追いかけていたのか。

 ……反則だ。そういうことを言うな。心臓が壊れる。


「ありがとう。……鮎川さんの応援のおかげ、だと思う」


 言った。

 素直に、言った。

 自分でもびっくりした。普段なら「別に」「関係ない」で済ませるところを、今日は素直に感謝を口にした。体育祭のテンションのせいか、リレーで走った勢いのせいか。

 たぶん、どちらでもない。素直になったのは、恋を認めたからだ。好きだと認めてから、鮎川に対して嘘をつくのが辛くなった。嘘をつくたびに胸が痛む。だから、せめて「ありがとう」くらいは、素直に言いたかった。

 鮎川が一瞬、きょとんとした。

 それから、ぱあっと顔が明るくなった。


「えへへ。嬉しい。わたしの応援、届いてたんだ」

「……届いてた。うるさいくらい」

「うるさいは余計だよ」


 鮎川が頬を膨らませた。でも口元は笑っている。

 翔太が遠くから親指を立てているのが見えた。「ナイス」と口パクしている。安藤がその隣でスマホをいじっている。たぶん例のグルチャに実況している。やめろ。


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