表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだ魚のような目をしているオレは、盲目なあの子に恋をする。  作者: しましまましま
第1章 恋は盲目(Love is blind)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/40

第3話 生まれつき仲間

 昼休みになると、予想通り鮎川の席の周りに人だかりができた。

 好奇心旺盛なクラスメイトたちが、わっと集まってくる。


「鮎川さん、どこから来たの?」

「盲学校ってどんなところ?」

「白杖って重い?」

「目、ずっと閉じてるの? 開けることはあるの?」


 質問の嵐。デリカシーのない質問も混じっている。

 でも、鮎川は嫌な顔ひとつしなかった。


「ずっと市内の盲学校に通ってたの。白杖はね、軽いよ。折りたたみもできるんだよ、便利でしょ? 目はね、開けようと思えば開くんだけど、見えないから閉じてるほうが楽なの。でも眼球はちゃんとあるよ!」


 あっけらかんと笑う。質問した側のほうが恐縮するくらいの明るさだ。

 オレは人だかりを避けて、教室の隅の自分の席で弁当を広げた。

 いつもの光景。翔太はサッカー部の連中と食堂に行ったし、オレは一人で弁当を食べる。別に寂しくはない。一人の昼飯は静かで落ち着く。

 そう思っていたら――。


「鈴木くん」


 声がした。あの澄んだ声。

 顔を上げると、鮎川が白杖を手に、オレの前に立っていた。人だかりはいつの間にかはけていた。


「お昼、一緒に食べない」

「……え?」

「一人でしょ? 声がしなかったから、たぶん一人だなって」


 声がしなかったから。

 つまり、誰かと喋っていれば声が聞こえるし、聞こえなかったということは一人だと判断したわけだ。

 ……鋭い。


「別にいいけど。椅子、そこ」


 向かいの席を引いてやると、鮎川は杖の先で位置を確認してからすとんと座った。弁当箱を鞄から取り出し、蓋を開ける。

 オレの弁当は母さんの手作り。鮎川の弁当も手作りっぽい。


「いただきます」


 鮎川が手を合わせて、器用に箸を使っておかずをひとつつまむ。

 しばらく二人で黙々と食べていた。沈黙が苦にならないのは、オレがもともと無口だからだ。

 でも鮎川のほうは、黙っていられない性格らしい。


「ねえ、鈴木くん」

「ん」

「鈴木くんも、目が見えにくいの?」


 箸が止まった。


「え?」

「あの……さっき、みんなが鈴木くんの目が死んでるって言ってたでしょ? それって、鈴木くんも目に障害があるってこと?」


 オレは数秒間、ぽかんとした。

 目が死んでる=目に障害がある。

 なるほど。言葉だけ聞けば、そう解釈するのも無理はない。とくに目が見えない人にとっては、「目が死んでいる」は文字通りの意味に聞こえるだろう。


「いや、オレの目は普通に見えてる。両目とも一・五以上あるけど」

「え? でも死んでるって……」

「なんていうか……見た目の問題。生気がないとか、感情が見えないとか、そういう意味で死んでるって言われてる」


 一拍、間があった。

 そして――。


「……ぷっ」


 鮎川が吹き出した。


「あはは、そういう意味だったんだ! わたし、てっきり鈴木くんも目が見えないのかと思った!」

「見えてるよ。めちゃくちゃ見えてるよ」

「じゃあ死んでないじゃん! 目、ちゃんと生きてるじゃん!」


 ケラケラと笑う。お腹を抱えて、肩を震わせて、涙が出そうなくらいに笑っている。

 ……ここまで笑うか?

 でも不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。

 オレの「死んだ目」をネタにされるのは慣れている。翔太にも毎日いじられるし、クラスの連中にも後ろ指をさされる。でもそれは大抵、からかいとか、軽い悪意を含んでいる。

 この子の笑いには、それがない。

 純粋に「勘違いしちゃった、おかしい」と笑っているだけだ。裏も表もない、ただの笑い声。

 その笑い声が、やけに教室に響いた。


「ごめんね、笑っちゃって。でも面白い。目がちゃんと見えてるのに死んでるって、なんかすごいね」

「すごくはないだろ」

「すごいよ。だって矛盾してるもん。見えてるのに死んでる。わたしは見えないけど生きてる。面白いね、わたしたち」

「面白くはない……」


 鮎川はまだ笑いの余韻を残しながら、ふと真顔に近い表情になった。真顔と言っても、目は閉じたままだから、口元がきゅっと引き締まっただけだけど。


「じゃあ、鈴木くんの目はどうして死んでるの?」


 無邪気な質問。悪意のかけらもない声色。


「……知らねえよ。生まれつきだ」

「生まれつき?」

「ああ。物心ついたときから、ずっとこの目。自分ではよくわからない。鏡見ても普通だと思うんだけど、周りからは死んだ魚みたいだって言われ続けてきた」

「生まれつき、かあ」


 鮎川は何かを噛みしめるように、その言葉を繰り返した。

 そして、ぱっと笑顔になる。


「わたしと一緒だね。生まれつき仲間だ!」

「……いや、オレのは病気じゃないんだけど」

「そうなの? じゃあ、もっと仲間だよ」

「え? なんで?」

「だって、わたしも自分のこと、病気だなんて思ってないもん」


 ――一瞬言葉が出なかった。

 目が見えないことを、病気だと思っていない。

 それは単なる強がりとか、ポジティブシンキングとかいう薄っぺらい話じゃない気がした。鮎川愛という人間の芯にある何かが、今の一言に凝縮されていた。

 見えないことが普通。それが自分の世界。生まれたときからずっとそうだから、それがデフォルトなのだ。

 同じように、オレも生まれたときから目が死んでいる。それがオレのデフォルト。

 生まれつき仲間。

 ……なるほど。言われてみれば、たしかに似ているのかもしれない。


「わたしね、目が見えないことを不便だとは思うけど、不幸だとは思わないの。だって、見えない代わりに聞こえるものがいっぱいあるから。鈴木くんも、目が死んでる代わりに何かあるんじゃない?」

「代わりに……?」

「うん。何かが欠けてる人は、何かが満たされてるんだよ。わたしはそう思ってる」


 ……なんだ、この子。

 目が見えないのに、オレよりずっとまっすぐだ。オレよりずっと深いところを見ている。

 弁当を食べ終えて、鮎川が手を合わせる。「ごちそうさまでした」。

 オレも遅れて手を合わせた。


「ねえ、鈴木くん」

「なに」

「わたし、この学校に来てよかった。だって初日に面白い人に出会えたから」

「面白くはないって言っただろ」

「面白いよ。目が見えてるのに死んでるなんて、わたし初めて聞いた」

「それ、褒めてない」

「褒めてるんだよ。鈴木くん、変わってて面白い。わたし、変わってる人が好きなの」


 好き、という単語が耳に残った。

 ……別に、そういう意味じゃないのはわかっている。「面白い人が好き」の「好き」だ。深い意味はない。

 ないはずなのに。ほんの一瞬、鼓膜がぴくっと反応した気がした。

 気のせいだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ