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死んだ魚のような目をしているオレは、盲目なあの子に恋をする。  作者: しましまましま
第1章 恋は盲目(Love is blind)

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第2話 目が見えない転校生

 教室が、しん、と静まった。

 さっきまでのざわつきが嘘のように消え、全員が息を止めたみたいに彼女を見ている。

 男子は――言葉を失っていた。理由は明白だ。

 めちゃくちゃ、かわいい。

 いや、かわいいという言葉では足りない。整った顔立ちとか綺麗な肌とか、そういうパーツ単位の話じゃなくて、全体から放たれる空気みたいなものが、とにかく目を引く。閉じられた目の周りに影を落とすまつげの長さも、少しだけ上向いた唇の形も、すべてが完璧に調和している。

 あの死んだ魚の目を持つオレですら、一瞬、目を奪われた。

 それくらいの美少女だった。


「皆さんに新しいクラスメイトを紹介します。鮎川愛あゆかわあいさんです」


 藤原先生が促すと、彼女は白杖を体の横に添えて、ぺこりとお辞儀をした。

 そして、口を開く。


「はじめまして。鮎川愛です」


 声が――澄んでいた。

 鈴を転がすような、とか、そういう陳腐な比喩じゃうまく言えない。ただ、教室の空気をすっと通り抜けて、耳の奥までまっすぐ届くような声だった。


「わたしは、生まれつき目が見えません」


 教室にかすかなざわめきが走る。やっぱり、という顔をする者もいれば、驚いた表情の者もいる。

 でも、彼女――鮎川愛は、まったく動じなかった。


「ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします!」


 笑顔だった。

 目を閉じたままなのに、くしゃっと笑ったその顔には、嘘みたいに明るい光が詰まっていた。

 不思議だ、と思った。

 目を閉じているのに、誰よりも眩しい笑顔を持っている。オレの目は開いているのに、きっとあんなふうには笑えない。


「鮎川さんはこれまで盲学校に通っていましたが、優秀な成績が認められ、インクルーシブ教育の一環として本校に転校してきました」


 インクルーシブ教育――障害の有無や国籍、言語、経済状況などに関わらず、すべての子供が同じ場で共に学ぶことを目指す教育。とのことらしい。

 藤原先生がそう補足すると、教室のあちこちで小声の会話が始まった。「盲学校から?」「すごくない?」「てか、めっちゃかわいいんだけど」「え、目見えないの? マジ?」

 オレは窓際の席から、その光景をぼんやりと眺めていた。

 他人事だ。誰が来ようと、オレの日常は変わらない。変わったことなんて、今までだって一度もなかったんだから。

 ――そう、思っていた。


「それじゃあ席ですが……鮎川さんの席は、鈴木くんの隣にしましょう」


 は?

 名前を呼ばれて、オレは思わず視線を藤原先生に向けた。


「鈴木くんは落ち着いているから、鮎川さんも安心できると思います」


 翔太がすかさず小声でツッコむ。


「落ち着いてるんじゃなくて死んでるだけだろ」


 うるせえ。

 でもまあ、否定はできない。


 白杖の先端が軽くリズムを刻みながら、鮎川愛がオレの隣の席に向かって歩いてくる。

 椅子の位置を杖の先で確認し、慎重に腰を下ろす。鞄を机のフックにかけ、白杖を机の横に立てかける。その一連の動作が、よどみなく、スムーズだった。目が見えない人の動きというのは、こんなに洗練されているものなのか、と少し驚いた。

 席についた鮎川が、こちらに顔を向けた。閉じられた目が、まるでオレを見ているかのように、まっすぐこちらを向いている。


「隣の席の人、鈴木くん?」

「……ああ」

「よろしくね」


 にこ、と笑う。近くで見ると、さっき遠目に見たときよりもさらにかわいかった。肌のきめの細かさとか、唇の色とか、そういう細部がいちいち整っている。

 しかしオレの感想は相変わらず淡白だった。きれいな人だな。以上。


「鈴木くんの声、なんだかとても静かだね」

「……そうか?」

「うん。落ち着く感じ。海の底みたいな声」

「海の底って、それ褒めてるのか?」

「褒めてるよ。わたし、静かな音が好きなの」


 変な子だな、と思った。

 初対面のオレにこんなに気軽に話しかけてくるなんて。しかも「海の底みたいな声」って、それはどう聞いても褒め言葉じゃない気がする。

 ――と、そのとき。

 後ろの席あたりから、小さな声が聞こえた。


「鈴木って、やっぱ目が死んでるよな」

「な。目が見えない子の隣に、目が死んでる奴って、先生もなかなかのチョイスだよな」


 くすくすと笑い声。小さな声だった。教室のざわめきに紛れて、普通なら聞こえないくらいの。

 でもオレには聞こえた。いつものことだ。慣れている。気にしない。

 ――問題は、オレじゃなかった。

 隣の鮎川が、ほんの一瞬、動きを止めた。

 それはほんとうにわずかな変化で、まばたきひとつ分くらいの間だった。白杖に添えていた指先がぴくっと動いて、すぐに元に戻る。

 気のせいかもしれない。

 でもオレは見た。見えすぎるこの目で、たしかに見た。

 鮎川は今の囁きを聞き取った。


 一時間目、二時間目と授業が進む。

 鮎川はまっすぐ前を向いて――正確に言えば、目を閉じたまま前を向いて――先生の話に集中していた。ノートの代わりに点字タブレットを使っていて、指先が驚くほどのスピードで画面をなぞっている。

 ときどき、小声でオレに話しかけてくる。


「ねえ、鈴木くん。今、黒板に何て書いてある?」

「……えーと、『二次関数の頂点の座標を求めよ』」

「ありがとう」


 そんな短いやりとりが何度かあった。

 別に面倒ではなかった。ただ事実を伝えるだけだ。黒板に書かれた文字を読み上げる。それだけのこと。

 でも、ちょっとだけ不思議な感覚があった。

 オレは今まで、黒板をちゃんと見ていなかった。先生が何を書いているか、なんとなくノートに写してはいたけど、本当に「見て」いたかと問われると自信がない。

 鮎川に聞かれて初めて、オレは黒板の文字をちゃんと読んだ。

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