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死んだ魚のような目をしているオレは、盲目なあの子に恋をする。  作者: しましまましま
第2章 空騒ぎ(Much Ado About Nothing)

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第19話 あの子を見るときだけ目が光る

 ……鮎川に告白しようかな、と言われたとき、確かに何かが動いた。胸の奥で、ぎゅっと何かが引き締まった。

 嫌だ、と思った。

 鮎川が他の誰かと付き合うのは――嫌だ。 

 その感情が自分の中にあることに気づいて、愕然とした。


「ねえ、鈴木くん。わたし、さっき教室入ったとき、なんかみんながひそひそ話してたの。わたしと鈴木くんの名前が聞こえた気がしたんだけど、何かあった?」


 絶対音感。聴覚の鬼。

 周囲のひそひそ話を聞き取っている。当然だ。この子の耳は壁も距離も無効にする。


「……何もない」

「嘘。声のトーンが不自然に平たくなった。嘘つくとき、鈴木くんの声はわざと感情を消すの。そうすると逆に嘘ってわかっちゃうんだよ」

「……お前、本当に人間か?」

「人間だよ。耳がいいだけの普通の人間」


 普通じゃない。絶対に普通じゃない。

 でも、ここで噂の話をするわけにはいかない。「クラスでオレたちが付き合ってるって噂になってる」なんて言ったら、どんな反応が返ってくるかわからない。

 わからないのが怖い。

 鮎川が笑って「そうなんだ」で済ませるのか、それとも――。


「まあいいけど。教えてくれないなら、自分で聞いてみる」

「やめろ」

「え、なんで?」

「いいから。気にするようなことじゃないから」

「鈴木くんが隠そうとするってことは、気にするようなことなんでしょ」

「……」


 この子、本当にごまかしが効かない。

 結局、一時間目が始まる前に、真相は別のルートで鮎川の耳に届いた。

 犯人は凛だった。


「鮎川さん。あんたと鈴木くんが付き合ってるって噂、知ってる?」


 休み時間、凛が自分の席から身を乗り出して、鮎川に直球で聞いた。隠す気ゼロ。さすが白石凛、空気を読まないことに関しては天才だ。

 鮎川が一瞬だけ動きを止めた。

 ほんの一瞬。でもオレは見逃さなかった。閉じた目の奥で何かが動いた気がした――いや、目は見えないから、動くのは眉とか唇とか、表情の細部だ。

 鮎川の眉がほんのわずかに上がって、すぐに元に戻った。


「えー、鈴木くんとわたし?」

「そう。クラス中の公然の秘密、ってやつ。全然秘密じゃないけど」

「そんなんじゃないよ。友達だよ、友達」


 あっけらかん。

 いつもの鮎川だ。否定に一片の迷いもない。声のトーンも安定している。焦りも動揺もない。

 当然だ。鮎川にとってオレは友達。それ以上でもそれ以下でもない。わかっていたことだ。

 わかっていたのに――なぜか、その「友達だよ」が、胸にちくりと刺さった。

 ちくりと。小さな棘みたいに。


「まあ、あんたがそう言うなら」

「凛ちゃんは信じてくれるよね?」

「別に信じるも何も、あんたたちの関係はあんたたちの問題でしょ。……ただ」

「ただ?」

「毎日べったりくっついてて『友達です』って言っても、説得力ないと思うけど」


 凛がオレのほうをちらりと見た。切れ長の目がオレを射抜く。

 いや、オレに言うな。オレだって好きで噂になってるわけじゃない。

 鮎川がこちらに顔を向けた。見えないはずなのに、ぴたりとオレの目を見据える角度で。


「鈴木くん、これのこと隠してたんでしょ」

「……すまん」

「別にいいけど。面白いね、わたしたちが付き合ってるって」

「面白くはないだろ」

「面白いよ。だって、鈴木くんの目は死んでて、わたしの目は見えないんだよ? 二人とも目に問題があるのに付き合ってるって、なんかドラマみたいじゃない?」

「ドラマじゃない」

「ラブコメかも」

「……」


 ラブコメ。

 四〇〇年前のラブコメ作家の話を思い出した。勘違い、すれ違い、最後にハッピーエンド。

 今のこの状況は、勘違いの部分だ。周囲が勝手に恋愛だと勘違いしている。

 ――勘違い、なのか?

 考えるな。今は考えるな。


 三時間目が終わった休み時間。

 鮎川がトイレに向かった隙に、安藤美咲がオレの席に近づいてきた。

 安藤美咲。ロングヘアで目がくりっとしていて、笑顔が人懐っこい。クラスの女子グループのまとめ役であり、情報センターであり、お節介焼き。悪い人間ではないが、距離感が近い。


「鈴木くん、ちょっといい?」

「……何」

「単刀直入に聞くけど、鮎川さんと付き合ってるの?」


 単刀直入にもほどがある。

 オレは死んだ目で安藤を見た。安藤は怯まない。この手のタイプは、死んだ目くらいでは動じないらしい。


「付き合ってない」

「えー、ほんとに? だって毎日一緒じゃん。弁当も交換してるし、帰りもいつも二人だし」

「席が隣で、帰る方向が同じなだけだ」

「うっそだー。鈴木くん、鮎川さんのこと見るとき、ちょっとだけ目が違うもん」

「オレの目はいつも死んでる」

「死んでるけど、鮎川さんを見るときだけ、ほんの少しだけ光るんだよ。わたし、そういうの見逃さないから」


 光る?

 オレの死んだ目が、鮎川を見るときだけ光る?

 そんなはずはない。オレの目は一六年間ずっと死んでいる。特定の誰かを見たときだけ変わるなんて、ありえない。

 ……ありえない、よな?


「とにかく、付き合ってない。友達だ」

「ふーん。じゃあ、鈴木くんは鮎川さんのことどう思ってるの? 友達として好き? それとも……」

「それ以上聞くな」

「わ、鈴木くん怖い顔」

「いつもの顔だ」

「いつもより目が三パーセントくらい生きてるよ。ほら、感情出てる出てる」


 安藤がきゃはは、と笑いながら自分の席に戻っていった。

 三パーセント。

 死んだ目に三パーセントの生気。

 ……意味がわからない。

 

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