激動の世界
「――――――というのが、大体の顛末だな」
「なんともまあ……」
シェヴァストロが突然島に上陸して自然を枯渇させたところから始まり、それと精霊が戦って敗北した後、創志との戦いに突入し、激闘を制した所らへんで創志の話は終了した。
別に壮大でもない戦いのシーンは極力省いて、極めて普通に物事の顛末を説明したのだが、凡そ一時間ほどしか戦っていないというのに、島ごと崩れかけたような状態を見れば、それがどれほどぶっ飛んだ内容をしていたのかは簡単に分かるというものである。
案の定、常識外れな内容のせいでシャラも口を開けたままポカンと呆けている。
なので、疑問を持って口を挟んだのは彼女では無かった。
「というかあんた、そんなに強いの?」
見た目を裏切るハーピィ族の少女が、こちらに対し本当にシェヴァストロに勝ったのかどうかという疑問をぶつけていく。その眼には随分と疑念が混ざっており、創志の話をあまり信じていないのは明白であった。
まあ、創志としても信用されないことをそんなに気にしているわけでは無い。流石に蛸をちょっと斬っただけでは実力を信じてもらえないのも当然だろうと、適当にシェヴァストロの使った術式を上げていく。
「腕を斬ってもまた生えてくる再生術式に、正体は不明だが周囲の生物非生物を問わずに魔力を吸い上げる特殊能力。ついでに剣を振るいながら一瞬で五発の術式を片手で編み上げて、挙句の果てに個人で編み上げた術式で島を半壊させるような奴がそう何人も他にいるのか?」
「……聞けば聞くほど馬鹿らしくなる内容だわ」
「だけど、それほどの暴虐の爪痕はしっかりと残ってる。少なくともあの陰気な男に襲われたのは事実だろう?」
「……容姿の特徴も一致してましたし、高い確率でシェヴァですね」
口々に呟いては頷く姿はそれぞれ様々だが、概ね、全員が納得するかどうかのように考え込んでいる。
「まあ、そもそも私たちは情報を集めるだけですからね。悩むのは本部のギルド長に頼みましょう」
結局そのシャラの一言で三人はあっさりと悩むのを止めた。あまりにもあっさりと丸投げするその姿勢に、なんとなくそのギルマスというのが苦労していることが伝わってきた。そっと涙する創志。
「それで? 教えてもらえますか?」
創志がよよよ……とふざけていたので、リナの方が三人へと質問する。何を、とは言わないが、今更リナが聞いていることが分からないなどということは無い。
そしてリナも、この島を襲ってきたシェヴァストロという人物の目的を知っておきたかった。特にそこに意味は無くとも、彼女が少しでも割り切れるためにも。
真剣な表情が作用したのか、三人も即座に目配せし合い、代表してシャラが口を開く。
「その前に、もう一つだけ聞きたいことがあります」
姿勢を正し、しっかりと目を上げて質問を投げかけるシャラ。
「リナさんか、ソージさんのどちらかが、何かしら、自分の属する種族の重要人物ではありませんか?」
「え……」
創志はシャラの確信を持ったかのような発言にピクリと眉を動かし、リナは唐突なその質問が的確に自分のことを表していることに意表を突かれて声を上げる。
明確な答えでは無かったが、リナが声を上げたことでシャラも自分の推測が当たっていたことが分かったのだろう。今度は確信を持った表情で、言葉をつづける。
「私は相手の魔力の感知には優れていても、その種類を当てるところまでは得意ではありません。しかし、リナさんがその見た目に似合わない魔力と強さを持っていることは私にも分かりました。それも私の推測を裏付けた一つですが、もっと確実な、明確な推測の根拠があったのです」
どこか言い難そうに、しかし止まらずに語るその口調に、隣で聞いていた創志は嫌な予感を覚えた。
まるで、この先は聞かないほうがいいことがあるかのような口調。聞いてしまえば、もう戻れないような嫌な予感。
しかし、話は彼が呼びかける前に進んでしまう。
「吸血鬼真祖シェヴァストロ。奴の所属している犯罪集団”神々の黄昏”は、各種族の重要人物を狙っています。つまり」
★★★★★
「今回、襲撃があったのはお二人の内のどちらかが狙われたからだと考えられます」
★★★★★
痛いほどの沈黙が場を支配した。
見通しのよく、周囲に遮蔽物の何もない外であるというのに吹き抜ける風の音ですら聞こえたはずのその場所で、一切の音が耳に届かない。
つい今まで聞こえていた波の押し寄せる音すらも聞こえなくなる。音の背景がなくなったことにリシャは気づかず、ラサーシャは耳をそよりと動かし、シャラは違和感を覚えて背後を振り返り、創志は背筋に怖気が走った。
辺りに溢れていた音が消え去るほどの沈黙という異常事態を創志にさえ気取らせずに行うというのは、術者の技量が高いか、あるいは――――――
「おいリナ!?」
創志はすぐ右隣に座っていた少女がまるで寒がるように身体を小さく丸めて俯いているのを強引に引き起こした。
先ほどまで微かに赤みを持って薄桃色に染まっていた頬は、血の気が引いて完全に青ざめ、口は微かに細かくはあれど震えている。目は焦点を結んでおらず、創志が掴んでいることにすら気づいている様子がない。若干息も荒く、過呼吸気味だ。
強いショックを受けた時にも似た異常な様子に、創志も慌てて落ち着かせようと取り敢えず抱き寄せて背中を撫でる。彼のあやふやな知識の中で、背中を撫でればある程度は精神的にも落ち着くという上方があったので、それを信じ、すぐさま実行した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――――」
「落ち着け。ちょっと落ち着けこのアホ」
自らが狙われたことで、島を襲われ、仲間がいなくなったことへの自責の念か、リナは謝罪の言葉を繰り返すだけで創志の言葉に反応しない。ここで声を荒らげても不味いと感じ、ひたすら耳元で落ち着くように頭をなで続ける。
過呼吸になりがちだった息は少々頬を強くぺちぺちと叩いてリナの意識を現実へと持ってこさせ、深呼吸させることで落ち着かせた。
しばらく、そのまま撫で続けるだけの時間が過ぎる。
「あの、リナちゃん大丈夫?」
先ほどからリナの様子がおかしくなり、それを心配してオロオロとうろたえていたシャラがリナに声を掛けた。その横では腰を浮かせたハーピィと狼人が居るものの、両者共にシャラに輪にかけて酷い状態である。
しばらく、リナはゆっくりと息を吸っては吐きの繰り返しをしていたが、自分でも落ち着いたと分かると振り返って「もう大丈夫です」と返事をする。若干顔色は悪かったが、それでも先ほどの声も届かない状態よりはましだった。
その後、シャラの「具合が悪いならまた今度に」と言いかけたのを「どうしても今聞かせてください。今聞かなかったら後からも聞けそうにないので」とリナが強引に頼み続けた為、話し合いは中断することは無かったが、一応念の為ということでリナは創志に抱きかかえられたまま話を聞くことになった。
「ええと……それでどこまで話しましたか」
「確か、神々の黄昏が重要人物を狙う所までじゃないか?」
「……ああ! そうでした。御手数おかけしてすみません。では、続きを話しましょう」
額に手を当てて唸り始めるシャラに創志が助け舟を出す。今は黙っている残り二人もどうやら思い出せなかったようで、額に手を当てて唸っていたところを見ると、あちら側も冷静さを取り戻したらしい。
「神々の黄昏。凡そ二十年近く前から各国で戦略級に分類される大規模の魔術やそれに準じた威力の呪術、禁術などを扱って、危険な水準の破壊活動を繰り返す犯罪者集団です。内部のメンバーは恐らく二桁程度と見做されているものの、そのそれぞれが何らかの技術のエキスパートでもあるといわれ、白兵戦から情報戦、果ては大規模戦争に政争への介入と、多岐に渡る活動を行います。
基本的に犯罪活動を行い、大規模な範囲での民衆の扇動などから、隠遁していた森人の村の壊滅、また、各国の中でも著名な達人を殺害することや、稀に魔物に襲われている村を助けたりと、行動に何らかの意図が読めない目的不明の集団でもあります。
唯一、毛色の変わった彼らの活動は、何らかの種族の長や姫、王や英雄といった重要人物を仲間に引き入れるか殺すか捕らえるかということを行っており、いかなる観点から見ても危険なその行為を見る限りでは現存の秩序が気に入らない徒党の集まりとも考えられましたが、先日、精霊や竜の協力を受けてようやくのことで神々の黄昏のメンバーを襲撃したときに、さらわれた人々が特に何の被害も受けていなかったことで、ますます目的の読めない不気味な集団です」
「………」
絶句。創志は告げられる内容のあまりの謎加減に、開いた口が塞がらなかった。
活動目的が読めない、ついでに言えば、社会への反逆でもない。既存の勢力を敵に回すという派手で阿呆な立ち回りをしているという割には、魔物退治を率先するという脈絡のなさ。それだけでもお腹いっぱいだというのに、次々とシャラから告げられる神々の黄昏の活動の中には、暴れている古代龍を襲いに行った話や、圧政を行う貴族を暗殺するという話までついてきている。
「……集団の中でも意見が分かれているとか、そういうことじゃないのか?」
「いえ……それほどに単純だったらよかったんですが、どうやらそういうことでもなさそうなのです」
やっとのことで創志が告げた言葉に首を振るシャラ。見れば、残った二人も同じく渋面を浮かべて首を振っている。
今まで犯罪を犯してきた彼らを止める時に、比較的ギルド内でも戦闘力のある彼女たち三人は何度か遭遇の機会もあったというのだが、町を焼き滅ぼす仕掛けをした人物が、子供を魔物から守っているという事態に遭遇したこともあったのだという。しかもそれが一人や二人では無く、ほぼ遭遇した人物すべてが、である。
かといって、目につく相手を片っ端から殴り倒しているという割には活動内容が複雑で繊細すぎるものが含まれているし、戦闘狂ばかりかと思えばどれも皆理性を持ち、話も通じるような相手が多いということである。
「……正直、やっていることとその人格の間に大きな隔たりがあるせいで、どうも正体がつかず、高い実力もあって未だに組織の解体まで行かなかった集団です。先日、どうにかしてメンバー七十二人中、六十名を殺害、一人を捕まえるという形でどうにか半壊させましたが、上位の幹部とリーダーは完璧に逃げ去り、あと一歩及ばずに壊滅させることはできませんでした……」
苦い顔で語る彼女の口調は、非常に重々しいものだった。聞いてはいないが、この口調では味方の方にも大量の被害が出たことは明白である。
聞く限りでは、どうも五か国以上の国家権力と商業系のギルド。それにいくつかの武術の流派からも敵視されているほどの集団であったというのに、二十年にも渡り潰されなくて存在していたなどとんでもない話である。恐らくはそれぞれの力を発揮できない様に最大限潜伏や陽動かく乱も行っていたのだろうが、ここまでやってそれだけ生き残れるほどに甘くは無いだろう。
そういえば……とここにきて思い出す。前にロドが愚痴るように話した世界の調律を乱す集団の名前が、確か神々の黄昏であったと。
つまり、精霊も本気を出していたという事実を鑑みるに、個人個人でも相当な実力者集団だったはずだ。ロドの実力は創志も知っている。彼でさえ、雷の速さで動くロドと戦っては苦戦するのだから、同じだけの実力を持った上級精霊複数人で当たっていたのに拮抗していたその集団が異常というだけでは済まないということが実に伝わりやすい。残った十一人はその中でも更なる手練れということだろう。
「……その逃げた十一人の内の一人が、シェヴァストロだったわけか?」
「いえ、違います」
であるならば、シェヴァストロもその十一人の内の一人であったとなれば納得するものだったが、創志のそんな推測はあっさりと否定される。
力なく首を振るシャラの思わぬ返答に、創志は目を見開く。当然だ。彼もリナもシェヴァストロが襲ってきた理由を聞いたというのに、ここで首を振られたら何の話だったのかということになる。
「じゃあ、シェヴァストロは一体どうやって絡んでくると?」
「……今から聞くことは、嘘ではありません。出来れば疑わないで聞いてください」
何とも小さい声で話すシャラの様子を見る限りでは、随分と自信がなさそうな雰囲気を感じる。まがりなりにも竜となれる彼女がそこまで萎縮することに少々違和感を感じた創志。
だが続く言葉を聞けば、それほどまでに萎縮していたことへの疑問も吹っ飛んだ。
「シェヴァストロ・アルテ・カルド二ア。現存する種族の中でも最も古くから存在している一角である吸血鬼の真祖であり、しかし、その吸血鬼のあらゆる法を守らず、彼らの住む”夜の国”から永久追放を受けた彼は死んだ六十人の一人でした」
シャラが厳かにつなげた言葉は、また何とも奇妙なものだった。




