来訪者
――――――ジュウジュウといい音を立てて、タコの肉が焼けている。
「あ! おいこら鳥! それは俺の狙ってた肉だぞ!」
「はん! あたしの方があんたなんかより断然偉くて強いんだから勿論食べるのは私に決まってるでしょう! というか鳥って言うの止めなさいよ!」
「は! やっとこさタコとの戦いで援護してた割には言うじゃないか! そんなに言うならその羽根俺に触らせるといい。そしたら考えてやらんでもないからな!」
「嫌よ! あんたの汚い手で触られたら汚れるじゃない。これ自慢の羽根なのよ? 汚れたら世界の損失なのよ? 分かってんのそこら辺? 分かってないならちゃんと理解して正式に謝罪を……」
「むぐむぐ……」
「あ! とってんじゃないわよ! それあたしの!」
かつてはシナキリ島があった地点。しかし今では植物が朽ちて、あちこちが焼け焦げ、よく地盤に深い傷が入っているのが確認されるそんな場所に、大きなタコの足を輪切りにした分厚い蛸肉を焼いては食べる五人の男女の姿があった。
大きな四角の金網の下に豪快に何の燃料もなく火を焚いては、その上に薄く切った蛸足の輪切りやら噛みごたえのありそうなぶつ切りやらを特に調味料をつけずに焼いては食べ、齧り、隙を見て全力で食いちぎっていく様は一種の異様さを感じさせる。
ついでに言うと、それぞれが方向性は違えども容姿も整っている上に、うち二人が全力で相手を罵りながらとなると更に異様さは増すばかりだ。
「全く騒々しいな。食事時だぞ? もうちょっと静かに食べることは出来んのか……」
「うちのソージが恥ずかしいことをしまして申し訳ないです……」
「いいえ。こちらこそうちのアホハーピィがご無礼いたしまして……」
比較的常識を持っている狼族のラサーシャが嘆息し、精霊王の娘であり高貴な身分であるはずのリナが申し訳なさそうに謝罪し、それにさきほどまで白竜であった竜族のシャラが頭を下げ返す。白竜のシャラすらもきりっとした顔立ちに抜群のプロポーションで何とも素晴らしい美女であるために、緑の美しい髪を流したリナと頭を下げ合えば、それだけでもう何かの芸術品に見えたりする。
ただ、やってる事自体は不毛な行為であることは変わりないので、見かねたラサーシャが声を掛けた。
「二人とも。そうやってどうせそこらへんはあの二人も大人であることだし、自己責任で直していいところだと思うぞ。取り敢えず、食いっぱぐれる前に食事に戻ろう。あの騒がしい様子を見る限りでは、すぐにでも蛸がなくなってもおかしくないぞ」
そうやってラサーシャが大きめのフォークを向ける。謝りあっていた二人がフォークの先を目で追うと、その先では一つの大きな輪切り蛸足を鉄の箸と二つのフォークで引っ張りあっている創志とリシャの姿がある。
互いに目を血走らせて一切ひかない。箸というちょっと掴みにくい道具である創志の方が多少不利ではあるものの、そこを上手く蛸の半分以上をもう片方の手にあったナイフでこっそり切って勝ち取ったりしている。
しかし、それは流石に卑怯だとリシャの物言いがつき始めて、それを「実戦に卑怯は無い!」と主張し始める創志。ただ、流石にスポーツマンシップに則っていないと本人も感じたのか、ナイフを素直におさめる。
最早、二人の戦争であった。
「……まあ、あそこまで叫びあってて暴力まで発展しないということは仲がいいんだね」
「……あの勢い馬鹿のリシャと戦って一歩も引いてない。創志君凄い」
男女比実に一対四。しかも女性側が全て美女や美少女と呼ばれる何とも高水準の容姿であるのに、創志に遠慮や萎縮、色欲等は一切見られない。彼にとって目の前の存在は存在であるという以上の価値を持たないということであるが、どっちかというと今は同じ食事を狙う仇といった具合だ。
その創志の姿に、呆れたようにため息を吐くほかないリナと、自分たちの仲間の男たちと似たような空気を感じるラサーシャとシャラ。
その後、結局は火を起こしていたリナとシャラ、二人の方が優先的に食べるようになり、戦っていた二人が共闘を始めたりしていろいろと面倒な食事となったのだが、それはまた別のお話。
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「それで? 一体何をしにこんな辺境の島まで来たんだ? まあ、俺はここが辺境かどうかもよく知らないわけなんだが」
戦争のような食事も終わり、久しぶりの文明人相手でなんとなくはっちゃけていた理性を取り戻した創志は食後のお茶を啜りながら、対面する三人の少女から話を聞くことにした。
話はそもそも、先ほど蛸の魔物を斬って止めを刺した後から始まる。
海の上で蛸の生体浮舟の上に仁王立ちし、どうやってこの肉を持って帰ろうかと思案する創志。どう考えてもこんな大きな肉を持って帰ることは食事的な意味でも運搬的な意味でも無駄が多い。そもそもリナと創志ではこの蛸の足を一本食いつぶすことができるかどうかさえも怪しいものだ。
そうやって彼が悩んでいると、先に蛸と戦っていた二人と一匹が海中から上がってくる。それを見て、創志は妙案を思いつく。
―――――いらないところは押し付けようと。
そもそもが、彼女たちの方が先に戦っていたことは間違いない。そしてそれにより、蛸の意識が分散され、創志も蛸を斬りやすくなったといっても過言ではないはずだ。つまり彼女たちも蛸を倒した立派な功績者ということであり、一緒に功績を立てたということならば素材もわけ合うのが筋である。
創志としてはそんなに労力を使ってないことだし、取り敢えず足の四本でももらえれば御の字であると考えて、二人と一匹に「コイツの肉、早く分けようぜ!」と呼びかけた。
そしてそこからなし崩し的に知り合いのような感じになり、島まで連れて行った。主に蛸足運搬のための労力として。
ちなみに、回収しきれなかった蛸の残りは今頃海の栄養になっているであろう。
「う~ん、話すのは問題ないんだけど……」
「何ともはや、今更感が強いなぁ……」
「何あんた? 偉そうにしてたのに自分の住んでる島のことも知らないの?」
シャラとラサーシャが順番に空を仰いで、何とも言い難い表情を浮かべる。そもそも彼女たちもそれなりに重要な任務の途中だったのだが、この島に来た時点で半ば達成したも同然であるが故に、まず最初から説明するのが何とも難しいと頭を捻る。
リシャに関しては、創志の後半のセリフの方に意識を取られたようで、自分の任務とかそういったことを説明する気は皆目見えなかった。
「というかソージ。そもそもこの島に三人を連れてきたのはソージだよ?」
「ん? あ、そういやそうだったな」
リナに突っ込まれ、前提を思い出した創志。そういえば自分が蛸の体内にできた魔石を取り出す代わりに蛸足を運ぶように取引したような記憶がある。
「じゃあ、質問を変えよう。何で海の底で蛸と戦ってたんだ?」
「あ、それ! それはそもそもそこの脳筋狼がいきなり海の中にいた蛸に突撃したせいだから、というかラサーシャ! あんたちょっとは反省しなさいよ!」
「何をだ?」
「あんたの無謀な突撃のせいで、あたしたちがどんだけフォローに苦労したと……」
「いや、そもそも二人が海に入らずに、海上から蛸の本体を狙っていれば……」
「はあ、黙っておきなさい」
ゴスン、とものすごい音を立てて、シャラの拳が二人の頭に直撃した。
殴られた二人は呻き声も立てずにばったりと地面に倒れ伏す。
「貴方たちが口論を始めたら話が進まないでしょう。さて、では海の底にいた理由を説明しようと思うのですが、そうなると少々長くなります。創志君もリナちゃんもいいですか?」
「あ、ああ……」
「うん」
にこにこと笑って話し始めるシャラの姿に、底知れない何かを感じた創志は怖気を感じて素直に従った。ちなみにリナは特に何かを恐れる様子を見せていない。
「端的に話すとですね……私たちはある犯罪集団に属している犯罪者達を捕縛または殺害して、色々と決着をつけようとしている少々公的な組織の一員ですね。今回は、最近この島辺りで見られたという大きな黒い雷がその集団の一人の犯罪者の使う術式に酷似していたために、調査の為派遣された者です」
「あー……」
シャラがざっくばらんに説明すると、身に覚えがありすぎるほどあった創志は口を開いて意味を為さない呻き声を上げる。リナは離島暮らしで権力とか社会とかそういうことをほぼ理解していないので頭に疑問符を浮かべて首を傾げたままだ。
ここで確認しておいた方が後々いいという予感がしたので、取り敢えず確認の為にロドから話された吸血鬼の名前を出してみる。
「その犯罪者ってさ、もしかしてシェヴァストロなんちゃらかんちゃらとか長い名前の真っ黒な男だったりする?」
「知ってるんですか!?」
つい最近戦った不吉な男の名前を出すと、シャラは面白いように身を乗り出して食いついてきた。創志とシャラの間にあったお茶がこぼれそうになり、リナが瞬時に精霊術で器を安定させる。
思わぬところで家事スキルの上がっているリナの成長を横目に見ながら、取り合えず創志の方もシャラとの情報共有の必要性を感じたので、会話を進めることにする。
「ええっとだ、差し当たって詳しく話してもいいんだが、こっちもいくつか頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
頭を書きながら苦手な交渉事を進める創志に、シャラが僅かに警戒したような視線を向ける。彼女は今人型状態で、背中に体系に合わせて小さくなった白の竜の羽根と尻尾があるとはいえ、絶世といっても過言では無い美女だ。故に、頼みと聞いて警戒したのは何回か面倒な要求を受けたからだろう。
「別に捕って食いやしねえよ……頼みっていうのは、その組織の目的とか、今そいつらがどうなっているかの話とか、そういった情報のことが聞きたいんだ。どうしても、シナキリ島にいたら入ってくる情報は無くなるからな。流石に襲ってきた相手が何を考えてたのかもわからないのは不気味すぎる。ついでに言えば、世間一般の情報も大分ほしいけどな」
創志がトントンと地面を小突いてシャラに話すと、警戒した自分を恥じるかのようにシャラも赤くなった。そんなに人の世に擦り切れてない様子に創志は何とも言えない若さを感じつつ、考え込むシャラをじっと待つ。
「……事情を判断した後、私の権限で話せる範囲で構わないですか?」
「別にいいさ。こっちはほとんど何も知らないんだ。情報に飢えてる」
本音だった。
精霊によって、ある程度外の世界の情報を集めてもらってはいたが、基本的に俗世間とかそういったものとの関わりのない彼らでは集めてくる情報と欲しかった情報に明確な差異が出てきてしまう。
特に貨幣等は何度説明してもそこまで重要に思ってくれないし、逆に自然の多さについては恐ろしく敏感に情報を集めてくる。創志が現在知っている情報の多くは、世界の地理的な気象条件とか火山砂漠の位置とかそういった物ばかりで、国家名とかはさっぱりなのだ。
つまり創志は今回ようやく島の外の世界への手がかりを見つけたのだ。
「……分かりました。ではその条件でお話を聞かせてください」
「分かった。ただその前に……」
創志はそこで言葉を区切って、指で地面に寝転がっている二人を指し示す。
「……流石にコレ、このままほっとくのは止めよう。白目向いたままだし。目に入ったら話にならないし」
「……そうですね」
そうして若干気を抜いた形で、シャラと創志の会話が始まった。




