方針
「死んだはずの六十人の内に入ってた?」
「ええ。シェヴァストロは、神々の黄昏の中でも危険視される思想の持ち主であったために、優先排除対象として私たちに認識されていました。性格的にも実力的にも能力的にも危険であったために、こちらでも最大戦力である私と他二名、更に精霊の眷属と森人の魔術師に協力を仰いで十人以上で戦い、勝利を収めることが出来ました。故に、あの時にシェヴァストロを殺したことは確信を持って言えるのです」
シャラの語る様子に嘘が含まれている感じはしない。下手な誇張をして実力を上に見せようとか、創志が何も知らないから適当に誤魔化してしまおうという雰囲気もない。あるのは事実を淡々と説明するような感情の混ざらない事務的な口調だけだ。
口調が事務的にならざるを得なかったのは、もしかしたら劇場で説明がとびとびに切れない様にするためと考えれば、シャラの淡々とした口調も理解できる。ついでに創志が視線を横にずらせば、そこではリシャとラサーシャの二名も神妙な顔をして頷いていたりする。
シャラに関してはまだ性格的にもよく分からないが、先刻食事をとりあった仲でもあるリシャは確実に表情に感情が浮かぶタイプの直情のはずだ。その彼女の顔に、特に違和感のない以上、話は本当なのだろう。
まあ、創志の観察眼が正しければ、という注釈は外せないが。
「じゃあ、島を襲ってきたのは一体誰なんだ?」
創志は一人、そんなことを呟く。創志自身、シェヴァストロの名前を直接聞いたわけでは無い。リナから敵の名を聞き、ロドがシェヴァストロという人物を知っていたことを聞いた上で確認して、初めて知った事柄だからだ。
ここに自分の主観は無いにせよ、ロドもリナもどちらも襲ってきた相手の情報を教える上で、創志に嘘を吐く必要は無い。だから二人が嘘をついているという可能性は除外して、新しく創志は考え直す。
吸血鬼。創志が知る前世の中には存在しなかった新しい種族。
文字通り意味をとるのだったら、血を吸う鬼だ。
「吸血鬼って、何かこう、殺しても死なない印象があるんだが、心臓さして首切って血を全部抜いて灰になったら死んでるよな?」
「ええ。私たちの時は、普通に心臓を穿って再生能力を封じて殺しましたが、最終的には灰になって消えました。基本的に生命力に優れ、不死性の強い吸血鬼であっても灰になったら死んでいます。……というかそんなことやったんですか?」
「物の例えだ」
思いっ切り引いているシャラの疑惑の混ざった視線を華麗に無視し、再び思考を沈めていく。
今回、創志は確実にシェヴァストロと名乗る吸血鬼を殺した。肉を斬り、骨を断ち、心臓を穿って息の根を止めた瞬間の感覚は、忘れようと思っても忘れられるものでは無い。刀が身体の一部と同じかそれ以上の感覚で持って振るえる様に訓練してきた創志が、斬ったものの生死判別を間違えるほどに耄碌はしていないはずだ。
かといって目の前の白竜の女性が語る話が果たして嘘なのかというと、それもまた怪しい。一人二人ならともかく、十人以上の人物が死を確認して、それが間違いだったというのが何ともまたあり得そうにない。
容易に思いつく範囲では、幻覚を見せる能力者という線だがそれは二重の意味でありえない。
敵の五感全てを騙してしまうほどの幻覚術式など高度すぎて同時に展開できても精々が五つ。この時点でシャラの場合は幻覚の可能性が消えるし、ついでに言えばそもそも種族ごとに認識する感覚器が同じなんてことの方が少ない。認識方法が違うのだから、それを誤魔化すにも違う術式が必要となり、難易度は更に上がって現実的では無い。
かといって創志の方は、刀で斬ったものの感触をいくら誤魔化されても間違えるような半端な感覚をしていない。干渉種の使う魔法は、鍛えれば鍛えるほどに魔法魔術などの自分を対象としたあらゆる術式が通じにくくなり、創志に至っては幼女神の使うレベルの術式さえ効果を無くすほどのレベルにぶっ飛んでいた。あの時出会った神ほどの圧迫感をシェヴァストロからは感じなかったことを考えると、シェヴァストロに幻術を使われたという気はしない。
実態が捉えられない。
「擬態能力者がいたのか……? それとも分身系統の術式……どっちにしても、まだ確定しないな。結局、シェヴァストロの正体は謎なままか」
分からないが故の不気味な影を感じたが、このままでは情報が少ないと判断。そもそもの基盤の情報すらほとんどないのだから、創志としても判断のしようがない。
至急、精霊たちに説明をしてもらう必要がありそうだ。
「…………思ったんだが、いつからそこにいたんだ?」
創志が視線を上げて声を掛けた先には、岩の平地を過ぎ、崖を過ぎて、海の上にひっそりと浮かぶ青い半透明の影が。
水の精霊がそこにいた。
★★★★★
青い。半透明で、向こう側が透けるほどの薄さを保ちつつ、しかし最も見る者に印象深く残すのはその儚さでは無く、どこまでも深い海を思わせるようなその青さだった。
流石は精霊。自然に宿り、その意志を持つ者として、感じられるのは海を潜った時のあの安心感にも似た深い静けさ。水の、それも随分と格の高い精霊であることを見ただけで感じさせるだけの雰囲気を纏っていた。容姿にしても、冷静さを表すような吊り上がった切れ目、女型の肢体に、羽衣のような薄い服を体にかけている姿には長いこと生きていることを雄弁に語る貫禄がにじみ出ていた。
ただ悲しいことに、既に美少女はインフレ気味だ。今更新しい人物が来ても面倒という気配しか出せない。というか対応が面倒である。
よって創志がその精霊に対し何らかの賞賛の視線やらを向けることは無かった。というか無感動な視線だけを向ける。
その視線が気に食わなかったのか、水の精霊は不満げな表情になってこちらに浮かんだまま近づいてきた。
そして何やら、精霊語で色々と話し始める。
「 ■ ■ ■ ■ ――――――」
発声も、発音も、意味も何もかも違う言葉では、創志もシャラもリシャもラサーシャも分からない。ただ一人、リナを除いては。
「 ■ ■ ■ ■ ――――――」
その精霊の言葉に返事をするかのようにリナも口を開いて精霊語を話し始める。流暢な発音は、美女の物よりも僅かに高音だが、意味はやはり聞き取れない。
創志に抱きかかえられているリナと、強気そうな水の精霊との間で会話らしきものがしばらく成立し、状況が理解できない創志たちは口を挟むことも出来ない。
リシャだけが何やらいきなり来て何の事情説明もなかった精霊に噛みつこうとしていたようだが、なんとなく空気を読んだシャラとラサーシャに抑え込まれていた。
「 ■ ■ ■ ――――――ソージ。今このシャラさんが話したことって、全部本当だって。自分も現場にいたから知ってるって」
「へえ。というかその精霊は何しに来たんだ?」
創志が尋ねると、どうやら水の精霊は前々から創志が頼んでいた説明をしに来てくれていたらしい。
水の大精霊から頼まれて、勢い込んでやってくると、既に創志とリナがシャラたち三人組と話していて、しかもそれが丁度話そうと思っていた内容だったせいで、出ていくタイミングを掴めなかったという事。
話が途切れるまで待とうと思っていたら、丁度浮かんでいたところを創志に気付かれて渋々近づいてきたということらしい。
思わぬタイミングで精霊たちから事情説明があったが、むしろ情報の信頼性が上がったことを考えると精霊の来訪はそこまで悪いことでもない。未だに強い敵意のこもった視線で睨まれっぱなしなのには釈然としないが。
「それだけか?」
「後は、そもそもここのところずっと戦ってたのがその神々の黄昏って組織だってこととか、今度はそこの三人の所属するギルドに行ってほしいとか、そんなところだけだよ」
「へえ……っておい。今すごく大事なことサラッと言わなかったか?」
相槌を打ってそのまま流そうとしたときに、だいぶ問題な内容がリナから告げられた。前半はいいにしても、後半は聞き流せない。
リナの方からも詳しく説明してもらうと、どうやら精霊王が彼女たちのギルド長に渡りをつけていたらしく、自然の枯渇し、水も食べ物もない場所では生活も厳しいだろうとある程度次に生活できる場所を用意してもらったらしい。
無論、安全面を考えて、シャラたちがいるギルドに所属してほしいとのことだったが、そんなものは寝耳に水である。今度は三人組を問い詰めた。
「で? という話なんだが、そこらへん何か聞いてる? というかそもそもギルドって何?」
「ええ!? ちょっと待ってください。今確認します……ってあれ? 任務の書いた紙が無い!? どこ!?」
「何やってんのよ! 毎回毎回そういって失くさない様にちゃんと直しておくって言ってたんじゃなかったの!?」
「だから今回も、落ちない様に鞄のそこに入れてたはずなんですが……あれ? ホントにない!」
ガサゴソと大きなカバンを漁り出すシャラとリシャの二人。二人の慌てる様子を見ると、先は長そうだと感じさせられる。
するとその横ではラサーシャが懐から白い紙を取り出して読んでいる。
「ふむふむ……なるほど。確かに任務には調査以外にも『現地にいる住民がギルドへの加入を求めたらとにもかくにも一回連れて帰ってくること』と書いてあるな。これを見る限りだと、そちらの精霊が言っていることは正しいみたいだ」
「ん?」
「え?」
「あ!」
創志がラサーシャの突然の発現に驚いて、シャラが鞄に手を突っ込んだまま顔だけをラサーシャに向けて疑問の声を発し、リシャがそんなラサーシャの手元を全力で指さしている。誰もかれもが予想もしなかったところから出てきた言葉に、一瞬時が止まった。
「なんであんたが持ってんのよ!」
「シャラが私に読んどくようにと渡してきたんだが、そういえばそのまま返すのを忘れていた。ゴメン」
「それはないですよ……」
引っ張り合いに発展するリシャとラサーシャと、地面に倒れ込むシャラ。それを見て、本当にこのままついて行っても大丈夫なのか不安になる創志。
それはリナも同じだったのか、くいくいと服を引っ張って創志の意識をそちらに向けさせる。
「……加入するの?」
「それは頼まれたし……」
と、そこまで言って、創志は条件が「加入を求めた時」とついていたことを思い出す。
「……あれ? ということは、俺たちが加入を求めなかったら、連れていかれなくてもいいのか?」
「……不安だから、やめとこう?」
リナの全くオブラートに包まない発言に、つかみ合っていた二人はダメージを受けたようだが、シャラは慌てて起き上がり、全力で説得しに来た。
「ちょっと待ってください! 多分コレは、ギルドに貴方方を入れることを前提に書いてあるに違いありません! そもそも初対面でギルドに入るなんてことを言うような輩がそこらへんに転がっているわけもないことを考えれば、特定の個人がそのように言ってくることを見越して書かれたに違いない内容なんです!」
「とは言われてもなあ……」
「何か、すっごい不安だよ」
「そこを何とか! 内のギルド長が、任務をちゃんと果たさなかった時に何するかわからないんです! 助けると思って一緒に来て下さい!」
「人違いじゃ?」
「ここ無人島じゃないですか!」
必死の勢いで頼み込んでくるシャラに、面倒だなあと思いつつ対応する創志とリナ。ちなみに後ろの方では更に激化した戦いが繰り広げられている。
その後、話し合いの結果、ギルドの長には会うが、加入はするかどうかを見送っておくということに決定された。とにもかくにも実態を見ない限り、どうにも加入なんて決定できないからという話である。
二人を連れていきたいシャラと、住める環境には行きたいがポンコツな彼女たちのいるギルドには加入したくない創志の二人の妥協点としてはそこそこといったところだろう。ふう、と話し合いを終えて一息つく二人。ちなみに後ろでは、馬鹿二人が疲れ切って座り込んでいる。
「あれ? 居なくなってる」
創志がふと海の見える方角を見ると、先ほどまでいたはずの水の精霊は影も形も失くなっていた。リナに話を聞くと「忙しいから先に戻ります」といって帰ったらしい。
「後、伝言だって。『さっさと来ないと蒸発させるぞ』って。水の四大から」
「……それは聞かなかったことにしたかった」
それを聞いた創志はなんとなく海の方角を見つめる。かつてあった水の大精霊が一体何のために自分を呼ぶというのだろう。だが、一人を除いてぶっ飛んだ性格をしている大精霊たちには正直言ってそんなに会いに行きたくない。
むしろそのまま記憶の彼方にフェードアウトさせてほしい。昔の知り合いがいるということは嬉しくないわけでは無いのだが、それを口実に一体何をされるかわからないというのはとんでもない恐怖である。前の加護を受ける試練の時に、徐々に水が侵食し始める城の中でこの世で最も堅い物質である永久氷でできたゴーレムと戦わされた記憶がよぎる。時折立っている場所へと熱湯が飛んできたり、高圧の水の刃が飛んできたりと、もう二度と近寄りたくないと切に願った過去の記憶が脳裏にまざまざと再生され、その時の気持ちが鮮明に思い出された。
絶対に叶わない願いを心に浮かべながら、視線を遠くに向けつづける創志。無論、背中には何とも言えない哀愁が漂っている。
しかしその内、「あ」と呟いて現実へと意識を引き戻すと、創志はそのまま背中に生ぬるい視線を向けていた四名の方に向きなおす。
「取り敢えず適当にしか名乗ってなかったしな。一応自己紹介しておくか」
一瞬生温い視線にひるんだが、どうにかそれだけを言いきって創志は他の四人と視線を交えた。よくよく考えてみると、全員がファーストネームしか名乗っていない。そのことに今更ながらに思い至り、素直に受け入れた四人。
「じゃあ改めまして。剣士の信田創志だ。一応、ソージの方が名前な。取り敢えずしばらくはよろしく」
「リナ。半分精霊半分人間だよ。よろしく」
「シャラ・ディート・ルーマルス。竜族ですね」
「私はリシャ・カルネ。翼人族一の才能を持つ天才よ!」
「ラサーシャ・ガルフ・セブンスムーン。まあ、狼族の槍使いだな」
そうして創志とリナは、ギルド”抵抗する者達”のメンバーについていくことになった。
あ、近いうちに題名を変えようかと思います。
「とある剣士の数奇な転生」というのが、予定中の名前です。
感想でこのタイトルを言われ、前日譚と合わせて共通点が多い方がいいかもしれないと感じ、変えることにしました。




