幻影祭の前宵 ~東洋と西洋、魔術の邂逅~
1. 2学期の幕開けとメイド喫茶決定
2学期が始まり、街の街路樹がほんのりと色づき始めた10月の上旬。
陽翔たちの通う高校では、目前に迫った文化祭の出し物を決めるホームルームが開かれていた。
「今年は出し物、何になるんだろうね~」
「うちのクラス、去年はお堅い展示だったし、今年はハデに行きたいよね!」
ざわつく教室の熱気から離れ、陽翔は自分の机で頬杖をつきながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
(毎年毎年、文化祭なんて面倒なだけだと思うんだけどなぁ……)
「では、我がクラスの出し物についての意見を募る」
壇上で教壇を叩いたのは、学級委員長の清坂翠だった。
途端にクラス内から「お化け屋敷!」「本格占い屋!」「メイド喫茶!」と様々な声が上がる。
(茜のメイド服姿か……ちょっと見てみたい気もするな……)
陽翔が口元を緩めたその瞬間——
「あんた、今絶対ロクでもないこと考えてたでしょ」
後ろの席から、椿姫が冷ややかな視線を突きつけてきた。
「な、何も考えてねぇよ!」
「嘘おっしゃい。顔に『邪心』って書いてあるわよ」
結局、クラスの多数決によって今年の出し物は『メイド&執事喫茶』に決定した。女子はメイド服、男子は執事服で接客を担当することになる。
「私、ずっとメイド服を着るのに憧れてたんだ〜! すごく楽しみ!」
隣の席で茜がパッと表情を輝かせる。
「お揃いのメイド服なんて、ちょっとワクワクするわね」
椿姫も満更でもない様子で頷く。
「へぇ……まあ、椿姫にはメイド服は似合わなさそうだけどな。ゴフッ!?」
軽口を叩いた直後、椿姫の容赦ない裏拳が陽翔のぞぞみ(みぞおち)へと突き刺さった。悶絶する陽翔を冷ややかに見下ろし、翠が全体に向かって宣言する。
「文化祭は10月21日、22日、23日の3日間だ。他校からの一般客も大勢訪れる。我がクラスの威信にかけて、丁寧におもてなしするように」
「「「はーーーい!!」」」
歓声とともにホームルームは解散となった。
2. 秘密のデッサンと「テンジクネズミ」
放課後、陽翔はひとり娯楽研究会の部室へと足を運んだ。
ドアを開けると、まだ結愛の姿はなく、珍しいことに魔那美が机に向かって猛然とペンを走らせていた。
「珍しいですね、魔那美さん。勉強ですか? てっきりニート志望なのかと……」
「……元の世界に戻れるまでは、人並みに社会生活を送らなきゃいけないの」
淡々と答える魔那美に、陽翔は(そういえばこの人、異世界の住民なんだったな……)と改めて思い出す。
「へぇ、どこの大学目指してるんですか? 理化学部とか?」
「それは……」
急に挙動不審になり、口ごもる魔那美。よく見ると、彼女が開いているノートの下に、別の紙がコソコソと隠されている。気になった陽翔が背後からそっと覗き込むと——そこには、お世辞にも上手とは言えない、まるで幼子がクレヨンで描いたような不可思議な生物の絵が描かれていた。
「…………」
「……もしかして、見た?」
魔那美が顔を真っ赤にして振り返る。
陽翔は必死に笑いを噛み殺しながら、首を激しく横に振った。
「いやっ! 俺は何も見てないです! とても味のある、素晴らしい芸術的な絵だなと——」
「……天誅」
「ふぐっ!?」
魔那美の無感情な声とともに強力な『拘束魔法』が発動し、陽翔の全身が一瞬で固められた。
そこへ、「せんぱ〜〜〜っい!!」と元気よく結愛が飛び込んでくる。
「私のクラスはお化け屋敷に決定しました! 先輩のクラスは……って、えぇ!?」
床の上で、魔法により不自然な姿勢のまま丸まって固まっている陽翔を見て、結愛はギャグ漫画のようなショック顔になった。
「先輩が……! 先輩がテンジクネズミみたいになっちゃってる!?」
「なんで俺が責められてこんな目に遭うんだよ……!」
拘束されたまま陽翔は情けない声を上げた。
数分後、拘束を解いてもらった陽翔と結愛の前で、魔那美は顔を真っ赤にしながらぽつりと漏らした。
「……じ、実は……絵本作家を目指しているの……」
小さな子供たちに夢や希望を届ける絵本を作りたいのだという。
あの偏屈でクールな魔那美が絵本作家。陽翔と結愛は驚きで目を丸くした。
「えっ……ええっ!? え、絵本作家! す、素晴らしい夢だと思いますっ!」
結愛がダラダラと汗をかきながら必死にフォローを入れる。(正直、あの画力ではかなり厳しそう……)という心のツッコミは全員の共通認識だった。
「都立芸術大学を目指しているの。偏差値45程度の中堅大学で、学科試験は問題ないのだけれど……実技の静物デッサンがあって……」
(そりゃああの画力じゃ、筆記がどれだけできても不合格一確だよなぁ……)
陽翔は密かに同情した。
そこへ「遅くなってすまなかった」と翠が入ってくる。
「ん? 三人揃って何をやっているんだ?」
「「いや、なんでもないです……!」」
こうして部室でのドタバタが収まった後、娯楽研究会としての文化祭の出し物を決める会議が始まった。
去年は、翠が『和菓子の実演販売』、結愛が『ダーツ(真兵の投擲訓練を応用した百発百中のアトラクション)』、魔那美が『魔術理論の展示発表』を行ったらしい。
「今年も我々3人は同じ出し物で良いとして……陽翔、君はどうする?」
「俺ですか? 俺にはこれと言った特技もないですし……」
「あるではないか。君には『スワップ』の能力がある」
「……っ」
翠の言葉に、陽翔の表情が瞬時に陰った。過去の手品大会で起こした大失敗、客の冷ややかな視線、幼少期の苦いトラウマが脳裏をよぎる。
「……すみません、スワップを使ってのパフォーマンスは、あまりやりたくなくて……」
理由を察した翠は、それ以上追及しなかった。
話し合いの結果、陽翔はスワップの異能に頼らない「純粋な手品(スプーン曲げ、トランプマジック、ジャグリング)」を練習して披露することになった。
「文化祭まであと3週間ほどだ。短い期間だが、皆で全力を尽くそう!」
翠の言葉に、全員が力強く頷いた。
3. 商店街での買出しと、忍び寄る異変
翌日の放課後。
魔那美は美術室でデッサンの補習があるため、陽翔、翠、結愛の3人で出し物の買出しに出かけた。
賑やかな商店街を練り歩き、和菓子の高級餡や白玉粉、ダーツの景品、そして手品用のトランプやコップ、ジャグリングボールなどを買い揃えていく。
買い物を終えた3人は、小休憩のためにファストフード店へと入り、ポテトとコーヒーを注文した。
「こうしてみんなで談笑する時間というのも、良いものだな」
翠が満足そうにポテトをつまむ。
「なんか私たち、某吹奏楽アニメの部員たちみたいですね〜!」
結愛が笑顔でポテトを頬張る。
(そういえば……この同好会に入ってから、もう3〜4ヶ月くらい経つのか……)
陽翔はコーヒーのカップを見つめながら、感慨にふけっていた。
あと半年もすれば高校卒業だ。大学へ進学した時、自分はこの目まぐるしくも温かかった高校生活を、どんな風に思い返すのだろうか。
ピロリロン——。
翠のスマートフォンが鳴った。画面を確認した翠が立ち上がる。
「すまない、生徒会から急ぎの雑務処理を頼まれてしまった。私は先に学校へ戻るよ」
「わかりましたっ! 私はもう少し、先輩と甘い愛の談笑を楽しんでから戻りますのでっ!」
「そんなんしねえよ!」
陽翔のツッコミにクスリと笑い、翠は一足先に店を後にした。
夕暮れ時の河川敷をひとり歩きながら、翠はふと思った。
(陽翔の奴……以前に比べて、随分と柔らかく笑うようになったな……)
彼の心の傷が少しずつ癒えていることに安堵しつつ、(このまま、穏やかな毎日が続いてくれればいいのだが……)と祈るように空を見上げたその時。
——きいいいいいん……!!
空間を引き裂くような、甲高い異音が耳腔を突いた。
「虚蝕領域……!? AGが出現したのか!」
翠は表情を一変させ、結界が展開された場所へ向けて一気に疾走した。
4. 東洋と西洋の衝突
現場である裏路地に到着した翠は、その光景に目を見張った。
「これは一体……!?」
そこでは、見知らぬ少女が突如現れたAGの群れと激しい戦闘を繰り広げていた。
金髪のポニーテールを華麗に翻し、天使の幻影を召喚しながら、タロットカードを投擲してAGを容赦なく撃滅していく。
その戦い方は、翠の修める『東洋魔術』とは根本から異なる、華やかで、どこか残酷な『西洋術式』そのものだった。
少女が最後のAGをタロットの爆炎で屠り去った瞬間、翠が物陰から姿を現した。
「……その力、まさか西洋魔術か?」
少女はハッと振り返り、翠の顔を見るなり驚愕の声を上げた。
「うそっ!? あんた……3年A組の清坂翠!? あんたも魔術師だったの!?」
「まさか本校の生徒に西洋の魔術師が潜んでおり、こうしてAGと戦っていたとはな。知らなかったぞ。……だが安心してくれ。この街は我々SAPT同好会が護っている。君が矢面に立つ必要はない」
翠が静かに諭すように言うと、少女——3年F組の立花詩織は、眉をひそめて不機嫌そうに叫んだ。
「ちょっと! 東洋魔術師のくせに、勝手に首を突っ込まないでよ!」
「ふん……首を突っ込んでいるのはそちらだろう。この街の治安維持は我々の管轄だ」
「なによそれ! 言っても分からない分からず屋には、力で分からせるしかないみたいね!」
詩織は即座にタロットカードを掲げ、『The Chariot(戦車)』のカードを発動。突風のような衝撃波を纏って翠へ突撃した。
「いきなり何を……っ! 獄炎札!」
翠が放った炎の弾丸を、詩織は錬金術による空間防壁で容易く弾き返す。
「ふん! その程度の田舎魔術、アタシの西洋術式の前には無意味よ!」
「田舎魔術だと……!? 我が東洋魔術の歴史を侮辱するか、歴史の浅い西洋の青二才が!」
「何よ! 歴史が古いから偉いとでも言うの!? 実績と華やかさが全てでしょ!」
お互いに感情を爆発させ、巨大な魔法陣を展開する二人。大気が激しく震え、一触即発のエネルギーが膨れ上がったその時——
「ちょっと待ってください! ふたりともストーーーーープっ!!」
知らせを聞いて駆けつけた陽翔、結愛、魔那美の3人が現場に飛び込んできた。
「魔術師同士が喧嘩をしている……」
魔那美が呆れたように呟く。
陽翔は戦う少女の顔を見て目を見開いた。
「……えっ、あの人は……3年F組の立花さん……!?」
派閥争いの様相を呈する二人の間に、結愛が慌てて割り込もうとするが、膨れ上がった魔力の前には立ち入る隙すらない。
——きいいいいいん!!
その瞬間、二人の争いの高濃度な魔力に引き寄せられるように、空間が大きく裂け、今までとは比較にならない巨大な『上位AG』が姿を現した。
「「新手のAG……!?」」
「アタシがやるわ! あんたたちは引っ込んでなさい!」
詩織は翠の手を振り払い、錬金術で路地の小石を金属弾に変えて弾幕を張り、拾い上げた木の枝を鋭利な鉄剣へと錬成して上位AGへ肉薄した。
最初は圧倒的な手数で優勢に見えた詩織だったが、上位AGの影で構成された肉体はタフであり、徐々に押され始めていく。
「くっ……雑魚のくせに! 『The Fool(愚者)』!」
焦った詩織は強力なカードを引き抜こうとしたが、精神の乱れから不吉なカードを引き当ててしまった。直後、彼女の身体に激しい倦怠感が襲い、動きがピタリと止まる。
「うそっ……動きが……!?」
上位AGの影の巨腕が、動けない詩織に向かって振り下ろされた。
「無理をするな! 一人では無理だ!」
翠が水撃魔術で目くらましを張り、陽翔たちも一斉に戦場へとなだれ込む。
「詩織、援護する! 『雷華招来』!」
翠の雷撃がAGを襲うが、敵は狡猾にも影の防壁を展開して無力化した。上位AGは知性を持ち、3人の連携パターンを学習して反撃を繰り出してきたのだ。
「きゃあぁぁっ!」
結愛の短刀が影の触手に弾かれ、魔那美の『時間停止』も敵の空間歪曲能力によって相殺される。
そして、巨大な影の触体が、丸腰の詩織を潰さんと絶望的な速度で振り下ろされた。
「しまっ——!」
「……こっちを向けぇぇぇ!!」
陽翔の叫びが響いた。
彼は咄嗟に右手を突き出し、自分の影と、振り下ろされる影の触手の位置を『スワップ』させた。
ドガァァァン!!
触手の軌道が不自然に大きく狂い、詩織の直前で地面を激しく穿つ。
「え……!? 位置が……入れ替わった!?」
驚愕する詩織を前に、陽翔はさらに歯を食いしばって集中を高めた。転がっていた水道管の鉄屑と、AGの攻撃体制に入った右腕をスワップ!
一瞬、AGの右腕が硬直する。
「やるな、陽翔! 『紫電一閃』!」
翠の雷撃が直撃するが、上位AGはすぐさま体勢を立て直し、影の触手を無数に展開して4人全員を同時に殺破しようと迫る。
(頼む……動いてくれ……! 今度は……もっと、しっかりと掴むんだ……!)
絶体絶命の極限状態の中、陽翔は右手を虚空へ向けた。
『虚空把持』!!
歪む空間。陽翔の異能が上位AGの核心を捉え、その動きを「0.5秒間」完全に停止させた。ほんの僅かな隙。しかし、命を懸けた戦いにおいては決定的な勝機だった。
「……成長したな、陽翔!」
「ふん……あんた、なかなかやるじゃない!」
「今だぁぁぁっ!!」
陽翔の叫びを合図に、結愛が影の隙間を縫って跳躍し、短刀でAGの核を正確に穿つ。そこへ翠の最大出力の雷撃が叩き込まれ、仕上げに詩織が『The Tower(塔)』のカードを掲げた。
「吹き飛びなさい!!」
ドゴォォォォォン!!!!
爆炎と雷光が渦巻き、上位AGは断末魔の叫びを残して黒い粒子となり、夜の空へと霧散していった。
結界が解け、路地裏に夕焼けの赤い光が戻ってくる。
「……終わったか」
翠が息を吐くと、詩織は少し照れくさそうに金髪のポニーテールを払いながら、陽翔たちに向き直った。
「……ふん。一つ、借りができたわね。この借りはいつか必ず返すわ! じゃあね!」
詩織は錬金術で路地のほうきを空飛ぶ乗り物へと変形させると、華麗に跨がって夕空へと飛び去っていった。
その背中を見送りながら、翠が複雑な表情で呟く。
「……我々以外にも、この街で独りAGと戦う者がいたとはな。しかもあれほどの腕前……。アストラルとの戦いを思えば、我々ももっと強くならねばならんな」
アストラルの圧倒的な暴力に手も足も出なかった敗北の記憶が蘇り、陽翔は静かに拳を握りしめた。この世界には、自分たちの知らない熾烈な「戦い」がまだまだ存在しているのだと、痛感させられたのだった。
5. 指先に込める誓い
翌日の放課後。SAPT同好会の部室の隅で、陽翔はひとり黙々と手品の練習に没頭していた。
スワップという異能に頼らない、正真正銘の『タネと仕掛けの手品』。
7年近く封印してきた技術を取り戻そうと、何度も、何度も指先を動かす。
だが、長年甘やかされてきた指先は思うように動かず、コインは滑り落ち、ステンレス製のリングはガシャンと情けない音を立てて床に転がった。
(……ダメだ。全然ダメだ……!)
汗を拭い、苛立ちを抑えながら何度もリングを拾い上げる。
(昔の俺はスワップの力に頼り切っていて、技術なんてろくに磨いてこなかった。今更こんな半端な技術で……本当に客を楽しませることなんてできるのか……?)
焦りと悔しさに胸を焦がしながら、放課後が暮れるまで練習を重ねた。
なんとか「それなりに形になった」と思える動きができるようになったため、陽翔は意を決して部員の面々の前で披露することにした。
「じゃあ……見ててくれ」
深呼吸をし、金属リングを手に取る。繋がったリングが外れ、再び繋がる『リンキング・リング』の技だ。動き自体は滑らかで、手落ちもない。
しかし——見終えた結愛は、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「うーーん……たしかにそれなりに形にはなってるんですが……見ていて楽しいかと言われると……正直、ちょっと……」
「手品とは、技術の誇示ではなく『観客の心をワクワクさせるエンターテインメント』でなくてはな。今の陽翔の手品には、心が乗っていないぞ」
翠の言葉が、陽翔の胸にグサリと刺さった。
(……やっぱり、そうだよな。技術だけを磨いたって……ただ『上手いだけ』で、誰も笑顔になんてなれない。俺は……本当に手品師として戻れるのか……?)
自分の情けなさに唇を噛み締める陽翔の横で、結愛は短刀型の特注ダーツを標的の中心へと正確無比に叩き込んでいた。その動きには迷いがなく、日増しに鋭さを増している。
魔那美もまた、真剣な眼差しでノートに向かい、複雑な魔法理論の論文を執筆していた。
(みんな……自分の道を見つけて、着実に強く、前に進んでる。……俺も変わらなきゃダメだ。もう一度、心から観客を笑顔にできる手品師に……!)
部室の中に、静かだが確かな決意の空気が満ちていった。
6. 文化祭前夜の電話と、漆黒の報告
それから3週間の月日が流れ、あっという間に文化祭の前日を迎えた。
夕暮れの帰り道、陽翔と茜は二人並んで歩いていた。
「ついに明日かぁ……。あっという間だったな」
「同好会でも手品をやるんだよね? 私、絶対に顔を出すね!」
「あんまり期待するなよ? 正直、まだまだ下手くそだからさ……」
謙遜する陽翔に、茜は不思議そうに首をかしげた。
「陽翔ちゃんが手品好きだったなんて、知らなかったな」
「まあね。……一応、子供の頃の夢が『手品師』だったんだよ」
「わぁ、素敵なお話!」
笑顔を見せる茜に、陽翔は苦笑いを返した。
「昔の話だよ。あの頃の俺は……ただ純粋だっただけさ」
自分を偽らず、ただ誰かを笑顔にしたいと願っていた幼少期。あの頃の情熱を、自分は取り戻せるのだろうか。
帰宅後、自室に入った陽翔は、意を決してスマートフォンを操作し、ある人物へ電話をかけた。
プルルル……ガチャ。
『もしもし? ようちゃん!?』
受話器の向こうから聞こえたのは、幼馴染の月城愛の明るい声だった。
「あ、アイちゃん……? 夜遅くにごめん。……あのさ、明日からうちの学校で文化祭があるんだけど、もし良かったら来ないかなって……」
『えっ! 本当に!?』
「俺、部活の出し物で手品をやることになってさ。……昔、手品大会で大失敗して、アイちゃんにも嫌な思いさせただろ? だから……今度こそ、喜んでもらいたくて」
『行く! 絶対に行くよ! ようちゃんの手品、また見られるなんてすごく嬉しい!』
電話越しの愛の弾んだ声に、陽翔の胸が温かくなる。
文化祭の日程を伝え、電話を切った陽翔は、静かに自分の手のひらを見つめた。
(過去から逃げ続けてきたけれど……これで少しは、過去の自分に決着をつけられるだろうか)
「……今度こそ、絶対失敗しない」
一方その頃——。
現世とは異なる異空間『DS(閉鎖空間)』の深部。
禍々しい漆黒の玉座に深く腰掛け、退屈そうに頬杖をつく男がいた。黒の王——デスタル・ノアである。
空間が歪み、一人の少女が静かに玉座の前へとひざまずいた。
「どうした、我が僕よ」
デスタル・ノアの重厚な声が空間に響く。
伏せられていた顔を上げたのは——秋月茜だった。
その瞳は、怪しい紫色の光を宿している。
「ご報告があります、デスタル・ノア様」
茜は冷徹な声で、玉座の主へと告げた。
「……『クロノスの鍵』の所在が判明いたしました」




