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祭りの前宵に咲く幻 ~奇跡の手品、再び~

1. 大盛況のメイド喫茶と忙しない午前

10月21日、秋晴れの澄み渡る空の下、待ちに待った文化祭の初日が幕を開けた。

校門が解放されるや否や、敷地内には他校の生徒や地域住民、保護者たちが大勢押し寄せ、校舎内は熱気と歓声で包まれていた。


陽翔たちが在籍する3年B組の教室前には、開校直後から長蛇の列ができていた。

「可愛い女子のメイド服姿が見られる!」という口コミが瞬く間に校内に広まったためだ。


「ドリンクの補充急いでー! 紅茶とオレンジジュース足りなくなってるよ!」

「茜! 窓側のテーブル、接客お願い!」


「うん、すぐ行くね!」


フリルがあしらわれた可愛らしいメイド服に身を包んだ茜が、フロアを慌ただしく駆け回る。一方、陽翔も慣れない執事服の襟元を気にしながら、必死でお客を出迎えていた。


「いらっしゃいませ、ご主人様……!」


「なんだよ、男かよ! 女のメイドさん呼んでくれよー!」


「申し訳ございません、順にご案内しておりますので……!」


怒濤のような注文と接客の嵐に、陽翔も茜も椿姫も、目を回しながら午前中の時間を駆け抜けた。


2. 仲間の出し物巡りと「まんぷく食堂」

「ふぅ……っ、やっと午前中のシフトが終わった……」


昼休憩を告げるチャイムが鳴り響き、陽翔は教室の隅で疲れ切った息を吐いた。


「まさかここまで大盛況になるとは思わなかったね……」

汗を拭う茜も、疲労の色を見せつつ笑顔を浮かべる。


「じゃあ茜、俺は午後のシフトまで抜けるから。同好会のメンバーの教室を回ってくるとするよ」


午後はSAPT同好会の仲間たちの出し物を視察する予定になっていた。

まず陽翔が向かったのは、魔那美がいる3年D組の教室だ。クラスの出し物は『まんぷく食堂』。


教室の扉には、大きな画用紙に『まんぷくしょくどうにようこそ!!』という文字とともに、コック帽をかぶった妙に味のある不思議なキャラクターの絵が描かれていた。


(これ、魔那美さんの絵だな……味があって一目でわかる……)


「いらっしゃいませ! ご注文は何にいたしますか!?」


活気あるクラスの生徒に促され、陽翔は空いている席についた。

「えっと、カツカレーとラーメンをお願いします」


しばらくすると、小さなコック姿に身を包んだ魔那美が、両手に料理を乗せたトレーを持ってやってきた。


「……こちら、カツカレーとラーメンです」


「あ、魔那美さん。お疲れ様です」


「……来てくれたのね。ありがとう」


「どうせ文化祭の料理なんてレトルトだろ」と高をくくっていた陽翔だったが、一口食べて驚いた。スープの出汁もカレーのコクも格別で、本格的に作り込まれていたのだ。


「すごく美味いです、これ!」


「当番が終わったら、私も3-Bのメイド喫茶の方に行くから……」


「あ、はい! 待ってます。……それと、入口に貼ってあった魔那美さんの絵、すごく良かったですよ。素朴で、温かみがあって」


陽翔が素直な感想を伝えると、魔那美はぽっと頬を朱に染め、俯きながら小さな声で呟いた。


「……ありがとう」


照れくさそうに厨房へと戻っていく魔那美を見送り、満腹になった陽翔はクレープを一口かじりながら2年生のフロアへと移動した。


3. 恐怖のお化け屋敷と部室の不思議な展示

2年E組の前に到着すると、そこには血文字風のフォントで『こわ〜いお化け屋敷』と書かれた不気味な看板が掲げられていた。


「結愛のクラスはここか……。フン、元暗殺者のお化け屋敷とはいえ、所詮は高校生のクオリティだろ。俺は絶対怖がらないぞ……」


強がりながら黒いカーテンをくぐり、薄暗い教室へと足を踏み入れる。

暗闇の中には墓石や破れた障子、不気味な日本人形が配置され、独特の冷気が漂っていた。


忍び足で進んでいると——


ガガガガガガガガガッ!!!


「悪い子は真っ二つに切り裂いちゃうぞ〜〜〜っ!!」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」


突然、ジェイソンのホラーマスクをかぶった結愛が、おもちゃのチェーンソーを爆音で打ち鳴らしながら物陰から飛び出してきた。悲鳴を上げた陽翔は、勢い余って派手に尻もちをついた。


教室から這い出るように逃げ出した陽翔の前で、マスクを外した結愛が大爆笑していた。


「あはははは! 先輩、いくらなんでも怖がりすぎですって〜〜っ!」


「うるせー! 暗殺者がジェイソンのコスプレしてチェーンソー振り回すとか、どんな組み合わせだよ! 殺意が高すぎるだろ!」


ジト目で睨みつける陽翔に、結愛は屈託のない笑顔を向けた。


「ちょうど私も休憩に入ったので、一緒に翠先輩の和菓子教室に行きませんか?」


「まあ、いいけど……」


「やったー!」


結愛は嬉しそうに陽翔の腕にぴったりと抱きつき、二人はSAPT同好会の部室へと向かった。


部室では、和服を着こなした翠が、訪れた一般客に丁寧に和菓子の包み方を手ほどきしていた。


「やあ、君たちか。そちらの出し物はどうだ?」


「こっちは大盛況ですよ。可愛いメイド服が見られるって男子たちが押し寄せてて」


「先輩ったら、私のお化け屋敷で腰を抜かしちゃって〜! 今思い出しても笑え……痛っ!」


笑い転げる結愛の頭に、陽翔のチョップが容赦なく振り下ろされた。


二人は翠の指導のもとで和菓子作りに挑戦し、出来上がったあんみつと最中をその場で頬張った。


「美味しい〜〜〜っ!」

「うん、めちゃくちゃ美味いな!」


和やかな空気の中、部室の向かい側のスペースに目をやると、そこには魔那美の展示コーナーがあった。

『魔那美の魔術理論 ~あなたにもできる初心者の黒魔術~』という物々しい題名の横に、広辞苑並みに分厚い魔術書と、びっしりと狂気的な数式が書かれた羊皮紙が並べられている。


「……何語で書いてあるのかすら読めない……」


陽翔が困惑していると、時計の針はすでに午後のシフトが始まる直前を指していた。


「あ、やばい! そろそろ戻らないと怒られる!」


「私はもうちょっと部室にいますね〜」


「結愛くんと陽翔の演目は明日だったな。明日は一般客が一番多く来る日だ、頑張るんだぞ」


翠に応援され、陽翔は慌てて教室へと駆け戻った。


4. 再会と解けていく心の結び目

「もうっ! 遅いよ陽翔ちゃん!」


教室に戻るなり、茜がぷんぷんと怒った顔で出迎えた。


「わりぃわりぃ! 色々回ってたら予想以上に時間がかかっちゃって……」


「私たちはこれから休憩だから、あんたは終わりまで調理と接客、頼んだわよ!」

椿姫からエプロンをひったくるように渡され、陽翔は再び執事としての仕事に戻った。


(そういえば……アイちゃん、午後に来るって言ってたな……)


隣町から電車を乗り継いでの移動になるため大変だろうが、なんとか初日と2日目の2日間だけ来られることになったらしい。幼少期の大失敗とトラウマの記憶があるため、彼女の顔を思い浮かべるだけで、今でも胸の奥がソワソワと締め付けられる。


忙しくトレーを運んでいると、教室の入り口で、おどおどとした様子の少女が足を止めた。


「ええっと……3-Bの教室って、ここでいいのかな……」


「!……いらっしゃいませ、お嬢様」


陽翔は深く息を吐き、メニュー表を抱えて駆け寄った。


「こ……こんにちは、ようちゃん」

月城愛は、恥ずかしそうに頬を染めて見上げてきた。


「何になさいますか?」


「……オムライスと、スープをお願いします」


注文を受けた後、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

何か話さなければと、陽翔がドギマギしていると、愛が優しく微笑んだ。


「元気そうで……よかった。昔は、ずっと暗い顔をして塞ぎ込んでいたから……」


「そ、そっちこそ……元気そうでなによりで……」


緊張のあまり滑舌が不自然になる陽翔に、愛は静かな瞳を向けた。


「……PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、もう治ったの?」


「あ……! うん、一時期はすごく酷かったけど、今はもう全然平気なんだ。……あ、あの時、俺が勝手にパニックを起こして自滅しただけで、アイちゃんは何も悪くないからね!?」


慌てて弁明する陽翔に、愛は首を横に振った。


「私……ようちゃんのことなんて、一度も責めたことないよ。あれは、事故だったんだから……」


「うん。……あの頃はちゃんと話せなかったからさ。一度、こうやって正面からアイちゃんと話がしたかったんだ。……話せて、良かった」


胸のつかえが少しだけ取れた陽翔に、愛は嬉しそうに頷いた。


「手品ショー、明日だよね? 絶対に見に行くから、頑張ってね!」


「……おう!」


去っていく愛の背中を見送りながら、陽翔は深く安堵の息をついた。かつてのトラウマは、確実に過去のものへと変わり始めていた。


5. 体育館のステージと「奇跡の手品」

文化祭2日目の午後。

昨日以上の超満員で熱気に包まれるメイド喫茶で、陽翔はステージ用の衣装に着替えて決意を固めていた。


「じゃあ、俺……行ってくる!」


「頑張ってね、陽翔ちゃん! 私もシフトが終わったらすぐ応援に行くから!」


茜の声援を受け、陽翔は体育館へと向かった。


ステージ裏の袖幕。派手なピロティ風のピロ衣裳に身を包んだ陽翔は、手に汗を握りながら深呼吸を繰り返していた。


(……アイちゃん、客席に来てくれてるかな……。スワップの異能を使わない、俺の本当の手品……今度こそ、みんなに届けられるか……?)


「陽翔! 次お前の番だぞ、スタンバイ急げ!」


係の生徒に促され、陽翔は意を決してステージの中央へと躍り出た。


マイクを握り締め、腹の底から声を張り上げる。


「みなさん、こんにちはー!! 本日はSAPT同好会プレゼンツ! 封印されし幻の技……『奇跡の手品』をお見せします!!」


ワッと体育館に大きな拍手が湧き上がる。


まずはジャグリングからスタートだ。ボールを高く打ち上げるが——緊張で力みすぎたあまり、一個のボールが派手に床へ転がった。


観客席から「あっ!」「あはははは!」と笑いが起こる。


(つっ……最初からやらかしたぁぁぁっ!?)


血の気が引く陽翔だったが、咄嗟にピエロのような大袈裟なリアクションで頭を抱えてみせた。


「うわぁぁっ! ピエロさん、まさかの大失敗をしてしまいました~! ピエロだって人間だもの、ミスくらいするよねっ!?」


お道化た言葉に、観客席からドッと大きな笑い声が巻き起こる。失敗が、逆に会場の空気を一気に温めたのだ。


勢いに乗った陽翔は、練習を重ねた『リンキング・リング』を取り出した。

金属のリング同士を打ち合わせ、カシャンという音とともに瞬時に繋ぎ合わせ、そして一瞬で解いて見せる。


「えっ!? 今どうなった!?」

「外れた瞬間が見えなかったぞ……マジで凄くないか!?」


どよめく観客席。陽翔の胸の中に、熱いものがこみ上げてくる。


(……よし、手応えがある! この感覚……昔の俺が、ずっと求めていたものだ……!)


続けてロープマジック。結び目を消失させたり、自在に長さを変えたりと華麗な手さばきを見せるが——ラストの大技でロープを派手に振り回した瞬間、自分の足が引っかかり、ステージ上で盛大にすてんっと転倒した。


ドテェェェン!!


「うわあぁぁぁっ!?」


一瞬の静寂の後、体育館全体が壊れたような大爆笑に包まれた。

陽翔は慌てて立ち上がり、膝の汚れを払いながらおどけて叫んだ。


「ピエロさん、幻のロープに魂を奪われて、すってんころりんしてしまいましたーーっ!」


客席の前列を見ると、駆けつけた茜が腹を抱えて涙を流しながら大笑いしているのが見えた。


(あの野郎……なんちゅう絶妙なタイミングで爆笑してんだよ……!)


その後もいくつかの手品を披露し、失敗すらも笑顔に変えていく陽翔のステージは大盛況のうちに幕を閉じた。


「凄かったぞー!」「もう一回やってくれー!」


鳴り止まない大歓声と拍手の中、息を切らした陽翔は深く、深くお辞儀をした。


(……失敗もたくさんした。カッコいい手品師にはなれなかった……。だけど、みんなが笑ってくれた。……これが、俺の望んでいた『手品』なんだ……!)


ステージを降りる陽翔の顔には、爽やかな達成感と、確かな誇りが満ちあふれていた。


6. 友情のぬくもりと、背後に迫る影

体育館を出た陽翔を待っていたのは、目を輝かせた愛だった。


「ようちゃん! 手品、すごく良かったよ!」


「いや……せっかく見に来てくれたのに、失敗ばかりで恥ずかしいよ……」


赤面して掻きむしる陽翔に、愛は温かい眼差しを向けた。


「ううん。ようちゃん、昔は固く心を閉ざしていたけれど……今はすごく、良い顔で笑うようになったね」


「……うん。昔はアイちゃんしか信じられる人がいなかった。でも今は……バカ言い合える仲間や、信頼できる部員たちがいるから」


愛は嬉しそうに微笑み、遠くを見つめた。


「ようちゃんの元気な姿が見られて、本当に良かった。遠くから来た甲斐があったよ。……またいつ会えるかわからないけれど、いつかまた、会えたらいいね」


「……うん。アイちゃんも、元気でね」


去っていく幼馴染の背中を、陽翔は晴れやかな気持ちで見送った。過去の呪縛は、今度こそ完全に解き放たれたのだ。


しかし——その頃。


体育館の静まり返った裏側で、日陰に身を潜めた茜が、スマートフォンを耳に当てて暗い声で囁いていた。


「……間違いありません。『クロノスの鍵』は、桐ヶ谷陽翔の中にあります」


『……灯台下暗しとは、まさにこのことだな』


通話口から聞こえる不気味な男の声に、茜は無感情に答えた。


「彼の絶大な魔力が無意識に障壁となり、鍵の鼓動を完全にジャミングしていたようです」


『……桐ヶ谷陽翔は貴様のことを深く信頼しているのだろう? ならば易い御用だ。くれぐれも感づかれるなよ』


「わかりました。手筈通りに——」


通話を終えた茜は、画面を閉じ、静かにスマートフォンをポケットへと仕舞い込んだ。


(明日……ついに我が主のゲートが開かれる。これで……デスタル・ノア様の悲願が叶う……)


はずだった。

悲願の成就を目前にして、喜ぶべきはずの胸の奥が、激しく疼く。


(……喜ばしいことなのに……どうして……?)


拭っても、拭っても。

茜の頬を、一滴の温かい涙が静かに伝い落ちていった。


忍び寄る終焉の足音に気づく者は、まだ誰もいない。

不穏な静寂を孕んだまま、文化祭の2日目は静かに幕を下ろしたのだった。

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