銀色の災厄 ~圧倒的な力と崩れ落ちる絆~
1. 嵐の前の静けさと、忍び寄る陰
親睦会合宿も、いよいよ3日目の朝を迎えた。
澄み渡る青空の下、コテージのテラスで潮風に吹かれながら、陽翔は小さく溜息をついた。
「楽しかったけど……もう終わりかぁ」
「陽翔、何を呆けている。荷物の整理と部屋の掃除がまだ終わっていないぞ」
翠に声をかけられ、陽翔は慌てて背筋を伸ばした。室内では、結愛と魔那美がキャッキャと騒ぎながら荷物をバッグに詰め込み、大暮先生はリビングで静かに書類を整理している。
「あ、俺、ちょっと喉乾いたからジュースでも買ってきます」
そう言って立ち上がろうとした陽翔を、隣にいた茜が制した。
「あっ、陽翔ちゃんは荷物まとめで大変でしょ? 喉乾いてるなら、私が買いに行ってあげる!」
「え? いや、茜に頼むのは悪いよ——」
「ううん、私が行きたいの! だから陽翔ちゃんは掃除してて!」
茜は陽翔の返事を待たずに、脱衣所から自販機のある屋外へと脱兎のごとく走り去ってしまった。その背中を見送りながら、陽翔は首を傾げる。
(なんか……今日の茜、朝からずっとソワソワしてるな……)
一方、コテージを出た茜は、走る足を緩めると、悲痛な表情で振り返った。
(みんな……ごめんなさい……。私……私は……)
——きいいいいいん……!!
その瞬間、耳奥を刺すような甲高い異音が空振し、世界の色彩が反転した。
昼近くの明るい日差しが注いでいた海辺が一瞬で不気味な静寂に包まれる。波の音がパタリと止まり、空が禍々しい紫黒色に染まっていく。
空間を侵食する歪み——『虚蝕領域』が、ビーチ全体を容赦なく呑み込んでいった。
2. 虚蝕領域での戦闘と、乱入者
「みんな、AG(agressor)よ! 浜辺に集まって!」
コテージから飛び出した翠の怒号に、全員が即座に戦闘態勢をとる。
海岸線には、空間の裂け目から蠢き出た数体の異形(AG)が身構えていた。
合宿での特訓の成果もあり、メンバーたちの動きは研ぎ澄まされていた。
「はぁぁっ!」
結愛が身軽な跳躍から短刀を繰り出し、AGの側頭部を切り裂く。体勢を崩した個体へ、翠の鋭い雷撃が突き刺さり、肉体を黒く焦がした。
「『時間停止』……2秒……!」
魔那美が瞬時に時を止め、動きを封じた隙に、陽翔が前に出る。
「スワップ……!」
陽翔は足元に転がっていたビーチボールと、ポケットから取り出した『魔力凝縮型・火属性護身爆弾』の位置を瞬時に一瞬で入れ替えた。敵の懐で巻き起こる爆炎。
「さすがです、先輩っ!」
連携は完璧だった。追い詰めた最後の大型AGに対し、全員でトドメを刺そうと踏み込んだ——まさにその瞬間。
ドォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃音が轟いた。
何の前触れもなく、AGの頭部に「目に見えない極限まで圧縮された空気の塊」が直撃したのだ。一瞬にして頭部を粉砕されたAGの巨体が、ビーチの砂を盛大に巻き上げて吹き飛ぶ。
「え……!? 何が起きたんだ……!?」
陽翔が息を呑み、全員が武器を構え直して周囲を警戒する。
ジャリ……ジャリ……。
静まり返った砂浜の先から、ゆったりとした足音が近づいてきた。
銀色の髪を海風に優雅に揺らし、琥珀色に輝く金色の瞳を持った美しい女性が、優然と歩み寄ってくる。
彼女は唇に穏やかでどこか冷徹な笑みを浮かべ、絶望的な圧迫感を纏って立ち塞がった。
「……困るわね。この程度の雑魚にてこずっているようじゃ……あなたたちに、この世界を守ることなんて到底無理だわ」
「なっ……息を呑むな……!」
翠が額に汗を浮かべ、警戒を最大にする。
「あんた……一体誰だ!?」
陽翔の問いに、女性は愛おしいものでも見るかのように細めた目で微笑んだ。
「私の名はアストラル。あなたたちと同じ……SA(特殊能力者)よ」
3. 圧倒的な絶望
アストラル(鴛海藍子)が、片手をふわりと軽く掲げた。
瞬間——
ドドドドドドンッ!!
周囲の空気が強烈に圧縮され、目に見えない無数の空気爆弾が連続して炸裂した。
「くっ、スワップで——ぐぁっ!?」
陽翔は回避を試みたが、相手の放つ圧倒的な念動の圧力によって身体が金縛りのように固定され、空間を入れ替える隙すら与えられない。
「AGによる支配と淘汰を経て、人類はようやく本当の進化を遂げられるの。弱者は消え、強者だけが残る……それが自然の摂理でしょう? 多少の犠牲が出ようと、仕方のないことよ」
「そんな勝手な理屈……ふざけるな!!」
怒りに震える翠が全力の雷撃を放つ。だが、アストラルは一歩も動かず、目に見えない念動バリアで易々と防いで見せた。そればかりか、かすかに掠れた腕の傷が瞬時に塞がり、元の綺麗な肌へと戻っていく。
(攻撃が……効かない!? 瞬時に回復しているのか!?)
結愛が間合いを詰めようと果敢に飛び込んだが、アストラルは空間跳躍(虚空渡り)で背後へ回り込み、強烈な念動力の衝撃波で結愛の身体を弾き飛ばした。
「きゃぁぁぁっ!」
「結愛!……くそっ、『虚空把持』!」
陽翔は必死に手を伸ばし、アストラルの動きを空間ごと固定しようと試みた。しかし、制御が不完全な陽翔の異能は、彼女の強大な念動力にあっさりと押し潰されてしまう。
「可愛い努力ね……でも、まだまだ足りないわ」
アストラルは焦る様子もなく、散歩でもするかのように優雅に歩を進めながら、圧倒的な力で一人また一人と追い詰めていく。
「……ッ、強すぎる……!」
膝をつき、砂を握りしめる陽翔。
魔那美が極限まで集中し、時間を5秒まで引き延ばそうと試みたが、アストラルは嘲笑うかのように同質の波動を放ち、時間停止そのものを相殺して破棄した。
「時間操作……面白いけれど、私の前では無意味よ」
翠が歯を食いしばりながら立ち上がる。
「みんな……まだだ! 諦めるな、連携するんだ!!」
だが、誰の目にも明らかなほど、力の差は絶望的だった。相手はまだ本気すら出していないのだ。
「さて……そろそろ、お遊びは終わりにしましょうかね」
アストラルの冷たい瞳が、陽翔たちを見下ろした。彼女の掌に眩い光が収束し、空間を抉るほどの高密度な『光の槍』が形成される。今まで放たれたどの攻撃とも次元が違う、死の気配。
(あ……ダメだ……殺される……!)
絶望に目を見開く陽翔。
アストラルが死の槍を振り抜こうとした——まさにその時。
「そこまでだ」
4. 元・同僚の影
ずどんっ!!
突如、木陰から放たれた一筋の漆黒の光線がアストラルの頬をかすめ、背後にそびえ立つ巨大な岩山を一瞬で蒸発させた。
「なっ……!?」
アストラルが素早く距離を取ると、トレンチコートの裾を翻した大暮先生が静かに歩み出てきた。その手には、見たこともない銀色の大型ビームガンが握られている。
「うちの大切な部員たちを、好きにいじめてもらっては困るな……」
「くっ……時空警察か。相変わらず、邪魔ばかりしてくれるわね」
アストラルは初めて苛立ちを露わにし、大暮先生を睨みつけた。
大暮先生は静かに、しかし底知れぬ冷徹さを込めた瞳で彼女を見返す。
「貴様……この世界の住人ではないな。並行世界のSA……いや。『藍子』、元・同僚か」
アストラルは一瞬だけ表情を歪ませたが、すぐに蔑むような嘲笑を取り戻した。
「今日のところは引き下がってあげるわ。……でも、次はないと思いなさい」
彼女の全身が光の粒子に包まれ、空間へ溶け込むように消えていく。
姿が消える寸前、アストラルは大暮先生に向かって残酷な笑みを残した。
「……あなたも、いつまであの青臭い理想を追い続けられるかしらね?」
光が収束し、虚蝕領域が解除される。
静まり返ったビーチに、潮騒の音だけが戻ってきた。
「……先生……」
陽翔が声を出そうとすると、大暮先生は遥か先の地平線を見つめたまま、重く長い息を吐き出した。
「藍子……お前は本当に、変わってしまったな……」
5. 無力さの痛感と誓い
帰りのプレジャーボートの船内には、息が詰まるほどの重苦しい沈黙が立ち込めていた。
怪物に完敗したショックと恐怖で、誰一人として口を開くことができない。
合流した茜だけが「みんな、どうしたの……? 何があったの……?」と不安そうに周囲を見回していたが、誰もその問いに答えることができなかった。
(俺たちは……なんて無力なんだ……。仲間一人すら守れず、手も足も出ないなんて……!)
陽翔は自分の無力さに激しい憤りを覚え、握りしめた拳を震わせていた。
そんな陽翔たちの様子を見かねたように、操縦席の大暮先生が静かに語りかけた。
「……やつは、今までの下位AGとは根本的に違う。並行世界からやってきた特殊能力者(SA)であり、我々時空警察でも長年逮捕にてこずっている特A級の危険人物だ」
先生の厳しくも温かい眼差しが、ミラー越しに陽翔たちに向けられる。
「君たちが歯が立たなかったのは無理もない。落ち込む必要はないんだ。……これから、少しずつ強くなっていけばいい」
先生の言葉が、陽翔の冷え切った心にじんと沁み込んでいく。
陽翔は船窓に映る自分の情けない顔を見つめ、胸の奥で固く、強く誓った。
(強くなりたい……! 守られるだけじゃダメだ。仲間を、茜を……誰も傷つけさせないくらい、俺は絶対に強くなってみせる……!)
夕日に赤く染まる海を進む船の上で、陽翔の目には静かな覚悟の火が灯っていた。




