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波打ち際の夏休み ~嵐の前の、穏やかな波間~

1. 悲惨な模試と、招かれざる(?)提案

終業式が終わり、校舎全体に夏休みの開放感が満ちあふれていた。

しかし、3年2組の教室の片隅では、どんよりとした暗雲が立ち込めている。陽翔は自分の机にガックリと突っ伏し、6月に受けた大手予備校の模試結果表を力なく握りしめていた。


「……D判定……マジかよ」


そこへ後ろからひょっこりと顔を出した椿姫が、結果を覗き込んで呆れたように鼻で笑った。


「あちゃー……ある程度予想はしてたけど、まさかここまで惨敗とはね……」


「私、B判定だったよー! 陽翔ちゃんは……」


隣の席から嬉しそうに身を乗り出してきた茜だったが、陽翔の手元にある志望校判定の文字を目にした瞬間、ヒッと息を呑んで青ざめた。


陽翔は頭を抱えたまま、力なく乾いた笑いを漏らす。

「これは……ますます勉強頑張らないと本気でマズいな……」


「どうした、陽翔。随分と青い顔をしているぞ」


静かな足音とともに近づいてきたのは、学級委員長の清坂翠だった。肩越しにチラリと陽翔の結果表を見て、わずかに目を細める。すでに自分自身の結果(当然のようにA判定だ)を確認し終えている彼女からすれば、実に芳しくない数字なのだろう。


「……なるほど。秋月さんも一緒か。ちょうど良かった」


「……清坂さん」


突然声をかけられた茜は、少し警戒したように身を硬くした。翠はいつもの落ち着いた笑みを浮かべつつも、その瞳の奥には微かな複雑な感情を宿して語りかける。


「実は同好会で、夏休みに2泊3日の海合宿に行くことになってな。親睦を深めるためだ。……秋月さんも、よかったらどうかな? 陽翔が『茜も誘いたい』と言っていたからな」


「え、俺いきなりそんな……!?」


焦る陽翔をよそに、茜は一瞬だけ迷うような仕草を見せたものの、すぐにパッと花が咲いたような笑顔になった。


「本当ですか!? 私も……行きたいです!」


「ただ、うちの部員とはまだ顔を合わせたことがないだろう? これから最後の部活動がある。せっかくだから挨拶していかないか?」


「は、はい……よろしくお願いします」


少し緊張気味に頷く茜を見ながら、陽翔は内心で冷や汗をかいていた。

(……あの超個性的な後輩たちに茜を引き合わせるのか。ちょっと……いや、かなり不安だな)


翠は二人のやり取りを静かに見つめ、わずかに目を伏せた。その横顔には、表向きの柔らかな笑顔とは裏腹に、どこか切ない寂しさと小さな決意が混ざり合っているようだった。


2. 異能たちの顔合わせ

担任の桐谷先生による最後のホームルームが終わり、教室は完全に夏休みモードへと弾けた。


「やっと終わったーー!! 長かったぁ……」


「では行こうか、秋月さん」


翠の先導で部室へと向かう途中、茜は「同好会の人って、どんな人なんだろう……」と緊張を隠せない様子で肩をすくめていた。


部室の前に到着し、翠がドアノブに手をかける。


「やあみんな、遅くなってすまな——」


「せんぱーい!! 待ってましたーー!!」


扉を開けた瞬間、勢いよく身を乗り出してきたのは結愛だった。その勢いに、後ろにいた茜は思わずひっと身を引く。


「こらこら、来客がいるのに失礼だろう」


翠が静かに結愛を諫めると、結愛は不満そうに口を尖らせ、視線を茜へと向けた。


「あれ? この人は……」


ソファーでは、魔那美が漫画本から一切目を離さないまま、無言で4人の立ち姿を見つめている。


「は……初めまして。陽翔ちゃんのクラスメイトの、秋月茜といいます。よろしくお願いします」


うつむき加減に挨拶する茜に対し、結愛はどこか対抗意識を燃やすような、少し不機嫌そうな視線を送った。


「ふーん……以前から話は聞いてましたけど、思っていた以上に可愛い方ですね」


「……よろしく」

漫画の陰から、魔那美がぽつりと呟く。


「あはは……変な奴らだけど、根は悪い奴らじゃないから仲良くしてやってくれ」

フォローを入れる陽翔に、茜もぎこちなく笑みを返した。


5人がぎこちなく話し込んでいると、ガラリと扉が開き、大暮先生が入ってきた。


「遅くなってすまなかった。それでは打ち合わせを始め——ムッ、君は誰だね?」


大暮先生の鋭い視線が茜に注がれる。すかさず翠が間に入った。


「彼女は私のクラスメートの秋月さんです。以前から娯楽研究会に興味があったようで、せっかくの機会ですから勉強も見てあげたくて。連れて行ってもよろしいでしょうか?」


「……まあ、いいだろう。ちょうど一人分コテージのスペースが余っていたからな」


大暮先生は軽く同意しつつ、翠へ向けて『(くれぐれも異能のことは秘密にするんだぞ)』と無言の圧をかけた。


当日の持ち物やスケジュールなどの詳細が伝えられた後、大暮先生は締めくくった。


「では、8月10日の朝9時に学校前に集合だ。遅れないように」


「あとは当日を待つだけだな」

扇子をパタパタとあおりながら、翠は心から楽しそうな笑みを浮かべた。


「茜先輩、当日楽しみましょうねっ!」

最初はライバル心を剥き出しにしていた結愛だったが、持ち前の明るさですっかり茜と打ち解けたようだ。


「当日持っていくゲーム、何にしようかな……」

魔那美も密かに合宿を楽しみにしているらしい。


帰り道、夕暮れの道を二人で歩く。


「最初は緊張したけど、明るくて良い人たちだったね」


「癖の強い奴らばっかりだけどな」


分かれ道に差し掛かり、茜が振り返った。


「じゃあね、陽翔ちゃん。夏休みは定期的にメールするからね。私がいないからってサボっちゃダメだよ!?」


「わ、分かってるよ……」

(こりゃあサボれそうにないな……)と陽翔は冷や汗を拭った。


陽翔の背中が遠ざかり、完全に一人になった瞬間——茜のスマートフォンの画面が明滅し、電子音が鳴り響いた。


「……もしもし……はい。……アストラル様……はい……」


電話に応答する茜の瞳が、いつもの澄んだ緑色から、妖しく濁った深い紫へと、ほんのり変色していく。

周りでは、けたたましいセミの鳴き声だけが夏の日差しに溶けていた。


3. 秘密のリゾート島へ

8月10日、当日。

校門の前で待つSAPTの面々と茜のもとへ、一台の白い大型バンが滑り込んできた。運転席から顔を出したのは大暮先生だ。


「では皆、行こうか。荷物はちゃんと積んだな?」


車内へ乗り込み、一路港へと向かう。道中、陽翔が疑問を口にした。


「これから向かう離島って、一体どんな場所なんですか?」


「私が所有しているプライベートリゾート地だ。現地での飲食費も全て経費で落ちるから、遠慮なく飲み食いしてくれて構わん」


「えっ……!?」


学校から30分ほどで港へ到着し、そこからは大暮先生が手配した高級感溢れるプレジャーボートへと乗り換えた。青い海を滑るように進むクルーザーの上で、陽翔は我慢できずに尋ねた。


「あの……先生。このクルーザーといい、リゾート地といい、一体どうやって購入したんですか……?」


「企業秘密だ」


大暮先生は静かに目を細めて不敵に笑うだけだった。

(時空警察って、一体どれだけ巨大な組織なんだよ……)

陽翔は呆れ顔で引きつった笑いを浮かべるしかなかった。


その時、船の脇でバシャッと大きな水飛沫が上がり、イルカの群れがジャンプした。


「わあ〜っ!! イルカさんだ! 可愛いー!」


「茜先輩、動物が好きなんですか?」


「うん! 普段もベッドの周りにクマやネコのぬいぐるみを置いて寝てるの」


無邪気に喜ぶ茜の横顔に、魔那美がぼそりと呟く。

「……女の子らしい。うちの部屋にはゲームと漫画しかないわ……」


容易に魔那美の部屋の惨状が想像でき、陽翔は「あはは……」と苦笑いするのだった。


4. 弾ける波と、それぞれの夏

「「「わぁぁぁ〜〜っ! スゴーーイ!!」」」


目的地のリゾート島に到着した全員から、歓声が上がった。

どこまでも続く白い砂浜、透明度の高いエメラルドグリーンの海。広大な敷地には、豪華な木造コテージとバーベキュー場、さらには巨大なプールまで備え付けられている。


コテージに入り、それぞれの部屋に荷物を置く。二階には日当たりの良い広々とした部屋があった。


「夜はみっちり受験勉強を教えてやるから覚悟しろよ、陽翔」


「が……頑張ります……」


「清坂先生、よろしくお願いします!」

緊張しながらも気合を入れる茜。


水着に着替え、一足先に砂浜へ飛び出したのは結愛だった。オレンジ色の胸元が控えめに主張する可愛らしいビキニ姿で、陽翔の腕をぶんぶんと引っ張る。


「先輩〜! 早く海に入りましょうよ!」


後ろからは、ピンクのフリルが付いたワンピース水着を着た魔那美が、自分より大きなクーラーボックスを抱えて無言でついてくる。


「ふっふっふ、翠先輩には敵いませんけど、私の水着姿もなかなかのものでしょ?」


「おお、すごく似合ってるぞ」


「やったぁ〜〜っ!」

褒められた結愛は真っ赤になって顔を覆った。


そこへ、露出度の高い大人っぽい黒のビキニを身に纏った翠が現れた。


「皆、まずは日焼け止めを塗りなさい。特に陽翔は……肌が弱そうだからな」


「えっ、俺そんなに弱くないですよ……?」


言い返す陽翔の言葉を無視し、翠は陽翔の背中に回って丁寧に日焼け止めを塗り始めた。意外と柔らかで丁寧な彼女の手つきに、陽翔は思わずドギマギしてしまう。


「……ふん。ちゃんと塗っておかないと後で後悔するぞ」


「むぅ〜……翠先輩、ズルいです!」


不満気な結愛をよそに、魔那美は砂浜に日傘を立てると、その下で文庫本を開いて完全に日光を拒否する構えに入った。


「魔那美先輩! せっかく海に来たんだから泳がなきゃ損ですよー!」


「私は太陽の下に出ると干からびてしまう体質で……(適当)」


文庫本を離さない魔那美を、結愛は容赦なく海へと引きずり込んでいった。


海へ入ると、みんな思い思いに遊び始めた。

陽翔が海面に顔を出すと、すぐ近くで魔那美が浮き輪に揺られながら、足をバタバタとさせていた。


「あれ? 魔那美さん、泳がないんですか?」


「泳ぎは……苦手……」


ふと、魔那美は自分のつつましい胸元に手を当て、無表情のままどこか落ち込んだような空気を醸し出した。気まずくなった陽翔は慌ててフォローを入れる。


「あ、でも魔那美さんの水着、すごく似合ってますよ! そのフリルがコンパクトな体型を引き立てていて、すごく可愛いというか……」


次の瞬間、魔那美の指先から『時間停止』と『水流魔法』が同時に発動した。


ドッパァァァン!!


「なんで俺ばっかり吹き飛ばされるんだよーー!?」


「ふふん、私は訓練で水中での暗殺術も叩き込まれていますからね!」

結愛が驚異的なスピードでバタフライを決めて泳ぎ去っていく。


沖の方では、茜がバナナボートに乗って楽しそうに手を振っていた。


「茜ー! 海に落ちるなよ〜!」


「きゃあぁぁぁ〜〜っ!?」


叫んだ直後、激しくバナナボートがひっくり返り、茜は派手に海へドボンと落ちた。


「言わんこっちゃない……昔からドジなんだから……」


ずぶ濡れになりながら海面から顔を出した茜だったが、その表情は心底楽しそうな笑顔に満ちていた。


昼過ぎ。海から上がったメンバーは、お待ちかねのバーベキューを開始した。

ジュージューと肉が焼ける香ばしい匂いが漂う中、翠が持参した手作りのおにぎりを差し出した。


陽翔が一口頬張ると、その美味さに目を見張った。


「……うまっ!! 委員長、これ本気で美味いんだけど!?」


「せっかくの海だからな。みんなに楽しんでもらいたくて、今回は少し味を濃いめにして作ったんだ。紅鮭だけでなく、シーチキンや唐揚げの具もあるぞ」


「むっ……! 翠先輩、今日は特に陽翔先輩に対して気合が入りすぎてません……!?」


結愛がジト目で睨みつける横で、魔那美は無言のままシーチキンおにぎりを3個連続で口へ放り込んでいた。


食後のビーチバレーでは、陽翔が異能『スワップ』を使ってずる賢くボールの位置を変えようとしたものの、集中が乱れて失敗。頭から派手に砂浜へ激突した。


「あははっ! 先輩、それ完全に反則ですよ〜!」


「馬鹿者、ルールくらい守れ」


「……(無言で陽翔を砂から掘り起こす魔那美)」


少し離れた日陰から、茜が楽しそうにその光景を眺めている。


(……こんなにたくさんの仲間と、こうして海で笑い合ってるなんて。昔の俺だったら、絶対に想像すらできなかったな)


胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じながら、陽翔は静かに微笑んだ。


5. 月光の下の電話

夜になり、豪勢な夕食(海鮮炒め、特大Tボーンステーキ、フレッシュサラダ)を平らげた一行は、コテージのスタディルームやリビングで思い思いの時間を過ごしていた。大暮先生はパソコンに向かって何やら難しい顔で作業を続けている。


テレビの前では、結愛が陽翔にピタリと身体を密着させてサスペンスドラマを見ていた。


「あっ! この人が真犯人だったんだー! 全然気づかなかった〜!」


「俺は最初から絶対あいつだと思ってたけどな」


ソファーでは魔那美がスイッチでマインクラフトに没頭している。


「ちょっと外の空気、吸ってくるね」


茜がそっと立ち上がり、ドアへと向かった。


「おー、いってらっしゃい」


陽翔は返事をしながらも、去り際の茜の表情が一瞬だけ暗く陰ったのを見逃さなかった。

(あいつ……今、変な顔をしなかったか? ……気のせいか)


テレビに目を戻す陽翔。


しかしその頃、コテージの外——静まり返った夜のビーチで、茜は暗闇に佇んでいた。

彼女の手に握られたスマートフォンの画面が淡く光り、通話口から冷たい声が漏れている。


『彼らはまだ、能力を引き出し切れていません。今はまだ彼らの異能の見定めと、監視が目的のはずでは——』


『そんな甘いことを言っている場合かしら?』

電話の主——アストラルがせせら笑う。

『今はまだ脅威にならないかもしれないけれど、窮鼠猫を噛むと言うでしょう? 災いの芽は早く摘んでおかないと』


「……分かりました。お任せします」


茜は苦い表情で言葉を返した。


『あなたはあくまで任務として桐ヶ谷陽翔を監視しているに過ぎないのよ。断片的にとはいえ覚醒を果たした彼は、今後我々にとって大きな脅威となる可能性があるわ。変な情を持たないことね。……とにかく、私は好きにさせてもらうわ』


ブツリと通話が切れる。


「……っ」


(私には……もうどうすることもできないの……?)


切ない表情を浮かべ、茜は空を見上げた。

雲を抜けた冷たい月光が、彼女の悲しげな瞳を静かに照らし出していた。


6. 山の散策と、夜のフォークダンス

合宿2日目。

この日は朝から島の中央にそびえる小高い山の散策へと向かった。


「山登り……疲れましたねぇ……」


「結構急な坂だったからな」


「でも、カブトムシやクワガタがたくさん採れて楽しかったよ〜! かわいそうだから途中で全部放してあげちゃったけど!」


明るく話す茜の横で、魔那美だけが真っ青な顔で震えていた。

「私は……脚がたくさんある虫は苦手……」


午後はリゾート地備え付けのプールへ繰り出した。

元真兵の経験から水泳が得意な結愛が、金づちの茜に親身になって泳ぎを教えている。陽翔と結愛、茜がプールでバシャバシャと水を掛け合って遊ぶ中、翠と魔那美は大型のガーデンパラソルの下で優雅にジュースを飲んでいた。


「あれだけ体を動かして、まだ泳げるなんてすごいわね……」


「フッ、あれが若さというものなのだろうな」


プールから顔を出した陽翔が、二人に向かって大声で叫ぶ。

「おばさん臭いこと言ってないで、お前らも降りてこいよ〜!」


「誰がおばさんだ!!」


そんな賑やかな様子を、監視員用の高い椅子に座った大暮先生が温かい目で見守っていた。「あまり無理はするなよ……」


夕方になると、全員でキャンプファイヤーの準備を始めた。

薪を集め、針葉樹と広葉樹を交互に組んでいく。


「木材って、結構重いんですね……(汗)」


力仕事が苦手な魔那美にはライターやトング、チャッカマンなどの小物を運んでもらい、手分けして作業を進める。


「材料集めも重要だからな。みんなに手間をかけさせてしまってすまない」


大暮先生の言葉に、陽翔は薪を積み上げながらしみじみと思った。


(こうやって、みんなで協力して何かを作るなんて……昔の俺だったら考えられなかったな。一人でいるのが当たり前だったのに。……でも、この楽しい時間も明日には終わっちゃうと思うと、なんか寂しいな)


高校の修学旅行は北海道だったため、海での本格的なイベントは陽翔にとってこれが初めてだったのだ。


夜が訪れ、巨大な薪に火がくべられた。

パチパチと音を立てて炎が立ち上り、暗闇を赤く染め上げる。スピーカーから流れる音楽に合わせて、全員で手をつないで「マイムマイム」などのフォークダンスを踊った。


「学校の行事だと平気でできたけど、この人数で踊るとちょっと恥ずかしいな……」


「キャンプファイヤーなんて、中学の林間学校以来だな。こうして火を囲むのは良いものだ」


「俺、林間学校行けなかったからさ……」

陽翔はPTSDの件には触れず、さらりと受け流した。


「私は真兵の訓練で火をよく使わされていたので、トラウマであまり得意じゃないんですよね〜」


「火は制御が難しい……。昔、火の魔法で自分の部屋を火事にしそうになったことがある……」


衝撃の告白をする魔那美に、陽翔が目を丸くする。

「え、マジで!?」


「本気で水魔法を使って消火する羽目になったの。だから苦手」


「……実に魔那美くんらしい失敗だな」


大暮先生がカメラのシャッターを切り、炎の前で弾ける笑顔を見せる5人の姿を写真に収めた。それを見た茜が、心からの笑顔で呟いた。


「本当に……みんなで来られてよかったねっ!」


7. 秘密の告白と、終わりの予感

キャンプファイヤーの後は、屋外のキャンプ場で手作りカレーの調理が始まった。


「野菜を切るのは私に任せてください! 私の華麗なナイフ裁き、見せちゃいますよ〜!」


トントンと恐ろしい速度でジャガイモの皮を剥いていく結愛。


「うわ、鳥のもも肉って硬くて上手く切れねぇ……」


「うむ、飯盒の米は完璧に炊けているな」


大暮先生が飯盒の蓋を開け、満足そうに頷く。


「結愛、あんなに綺麗に包丁使えるなんて凄いな……」


「刃物の扱いをさせたら、私の右に出る者はいませんよ!」自慢気な結愛。


調理の最中、陽翔の手元を見た茜が慌てて声を上げる。

「陽翔ちゃん! 野菜はそんなに強く炒めなくていいって! 焦げちゃうよ!」


「えっ!? 料理なんてしたことないから、これくらい勢いよくやった方が火が通るのかと……」


「私は……味見を頑張る」


「ジャガイモが溶けてしまわぬよう、入れるタイミングは慎重にな」


それぞれの役割を果たし、出来上がった特製カレーを全員で囲む。


「「「いただきます!!」」」


スプーンで一口運んだ陽翔が、叫んだ。

「やばい、マジで美味い!!」


「みんなで作ったからな、味も格別だ」


「おかわりは山ほどあるから、どんどん食べてくれ」


「私は……甘口が好き……」


「私は激辛に挑戦したいですね〜! 辛いものはダイエットにも効くらしいですよ!」


賑やかで温かな夕食の時間が、ゆっくりと過ぎていった。


深夜。コテージの2階にある勉強部屋で、陽翔、茜、翠の3人は机に向かっていた。


陽翔は苦手な数学(ⅠAの二次関数)、茜は苦手な英語の指導を翠から受けている。


「違う、そこはabにxを二乗でかけて——」


「うぐぐ……二次関数って昔から本当に苦手なんだよなぁ……」


「清坂先生、ここの英文はどうやって訳せばいいんですか?」


「この文は仮定法過去が使われているから、areではなくwereになる。つまりこの例文は——」


テキパキと的確に教える翠。


「見たところ、二人とも筋は悪くない。得意科目は問題ないが、苦手科目は基礎で躓いているようだな」


「あ、ちょっとトイレ行ってくるね」

茜が部屋を出て行った。


扉が閉まったのを確認し、陽翔は以前から気になっていた疑問を翠に投げかけた。


「……委員長って、いつ頃から魔術を教わり始めたんだ?」


翠はペンを止め、少し懐かしむように目を細めた。


「幼い頃は何も教わっていなかったのだ。だが……あるきっかけがあって修業を始めてな。最初の3年間は山に篭ってひたすら基礎訓練、あとはひたすら実戦の繰り返しだ」


「山ごもり……すごい大変だったんだな……」


「陽翔は、自分の力とどう向き合ってきたのだ?」


「俺は……最初、この能力(スワップ)が目覚めた時はただの手品だと思っててさ。最初は上手く使えなかったり暴走したりしたけど、人前で手品として披露していくうちに、自然とコントロールできるようになった感じですね」


「そうか。……秋の文化祭で、うちの娯楽研究会も出し物をすることになってな。陽翔、スワップを使ってマジックショーの出店を出さないか? 君の力があれば注目を集められる」


過去のトラウマである「あの手品大会」の苦い記憶が、一瞬だけ陽翔の脳裏をよぎった。


「俺は——」


言葉を紡ぎかけたその時、ガチャリとドアが開き、茜が戻ってきた。


「お待たせしました〜!」


「さあ、あと1時間頑張ろうか」


翠の言葉に促され、二人は再びペンを握り直した。


こうして、楽しくもどこか切ない海合宿の2日間は、嵐の前の静けさを残したまま、あっという間に過ぎ去っていくのだった——。

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