水路
スウェーデン戦の後、また桐島の名前と写真が世界を貫いた。「東洋の魔女」という言葉と共に。英語圏、スペイン語圏、フランス語圏と次々に広がった。
黒川からメッセージが来た。「欧州のクラブから、複数の問い合わせが来ています。ちなみに・・・言いにくいですが、『東洋の魔女』という呼び名が各国メディアで広がっています。」
桐島はその行を、もう一度読んだ。
東洋の魔女。頭を机に打ち付けそうになった。
スウェーデンのDFがつぶやいた言葉が、そのまま広がったらしかった。その不思議さを言い表すには、確かに魔法という言葉は使いやすいかもしれない。が、「女」を前面に出したことは一度もないし、語呂的に魔法使いよりも「魔女」の方がインパクトがあるからなのかもしれないが、「魔女」と呼ばれることの居心地の悪さは、もはや言葉にならない羞恥だった。
オフの朝は、そういう形で始まった。
* * *
浜田の「一日フリー」の指示のもと、選手たちはいくつかのグループに分かれて街に出た。ただ、当然だが一人での行動は禁止されていた。治安の問題が大きい。
桐島のグループは、山岸、宮内、欧州組のFWの四人になった。
山岸悠介は、日本代表のキャプテンだった。三十六歳のDFで、Jリーグでキャリアを積んだ後、二十四代で代表の主軸になった。口数が少なく、必要な場面で必要なことだけを言う人間だった。桐島がチームに加わってから、特別に何かを言ってきたことはなかった。ただ、ピッチの上でも外でも、山岸がいると空気が安定した。また1番桐島が代表の空気に慣れるように気を回していた。
「車を借りよう」と桐島が言うと、三人が顔を見合わせた。
「誰が運転するんですか」と宮内が言った。
桐島は「商社にいた頃、海外出張が多かった。自分で運転する方が早い場面が多くて・・・」というと、みんな何とも言えない顔になった。
レンタカーの窓口で手続きをした。係員が桐島のパスポートの性別と年齢と写真と現物を見て、何か言いたそうな顔をしたが、まあ東洋人ならそういうこともあるかと一人で納得したように頷いて書類を渡してきた。桐島はスペイン語で礼を言った。係員が少し驚いた顔をした。
「スペイン語、話せるんですか」と欧州組のFWが言った。
「少しだけ。ポルトガル語の方が得意です」
宮内が「すごい」と言った。山岸が「代表に入ってから、一番驚いた」と言った。メキシコシティの道は、桐島が想像していたより複雑だった。
環状道路と幹線道路が入り組んでいて、標識がスペイン語だけだったが、そこは大した問題にはならなかった。桐島は車を走らせながら、後部座席で宮内と欧州組のFWが地図を広げて喋っているのを聞いていた。行きは、助手席に山岸が座っていた。山岸は窓の外を見ていた。何かを考えているのか、ただ景色を見ているのか、判別しがたかった。
最初に向かったのは、テオティワカンだった。
市内から北東へ約五十キロ。かつてのメソアメリカ最大の都市の遺跡で、太陽のピラミッドと月のピラミッドが広大な台地に立っていた。観光客が多かったが、ピラミッドの規模は圧倒的だった。
桐島は太陽のピラミッドの頂上まで登った。急な石段だった。高さは六十五メートル。風が吹いていた。
頂上から、メキシコ高原が見渡せた。
山岸が隣に来て、しばらく黙って景色を見ていた。それから、ぽつりと言った。
「今回が最後だな」
桐島は山岸を見た。
「代表のことですか」
「そうです。このワールドカップが終わったら、代表は引退しようと思っています」
桐島は何も言わなかった。山岸は続けた。
「体はまだ動く。でも、次のワールドカップまで四年ある。四十になって代表でやれるかというと、正直難しいと思う。」
風が吹いた。高原の空気が、乾いていた。
「後悔はないですか」と桐島は聞いていた。
「後悔はないですね。ただ、終わった後のことを考えるようになりました」山岸は少し間を置いた。「この代表が決勝トーナメントまで来た。何度かベスト8の壁に跳ね返されているので、そこは今回で絶対に越えたい。それは次の世代への遺産になる」「自分が引退した後も、このチームがどうなっていくかには、少しだけ責任は持ちたい。それは、代表のスピリットを今いるメンバーに引き継ぐことかなと思っています」と言いながら、桐島を見た。
桐島は反応に困った。確かに、体は21歳で、そこだけを考えれば決して4年後も出場できないわけではない。ただ、自分がそもそもここに立ったこと自体が奇跡であり、その後のことを全く考えていなかった。
* * *
午後、ソチミルコへ向かった。
メキシコシティの南部にある水上公園で、カラフルに装飾された平底船が水路を行き交っていた。宮内が「ここには来たかった」と言って、船をチャーターした。
船が水路をゆっくり進んだ。両岸に木々が茂り、別の船がすれ違うたびに花売りや食べ物売りが近づいてきた。桐島はトウモロコシを買った。焼いたもので、スパイスがかかっていた。
宮内が「桐島さん、次はどうするつもりですか」と聞いた。
「欧州に来るんですよね?問い合わせが来てるって聞いてます」
桐島は水路を見た。水がゆっくり流れていた。
「正直、あまり考えられません。家族が日本にいること。それから体のことが一番大きくて。移植手術の拒否反応は今のところ出ていないけれど、それもどうなるかわからない。来年も同じ体で動けているかどうか、そもそも生きているのかすら保証がない。」
「怖くないですか」と宮内が言った。
「怖いより、慣れた、に近い。この体になってから、先のことを遠くまで考えることをやめました。今生きていること自体が奇跡だから。」
しばらく誰も話さなかった。水路の先に、別の船が見えた。
宮内たちに話さなかったことがもう一つある。
桐島には、自分の人生だけを生きていない、という感覚がある。葵が生きるはずだった時間を、自分が代わりに使っている。その埋め合わせもどこかでしなければならないような気がしている。それが、海外移籍というサッカーそのものだけに今の人生を捧げる選択肢をためらわせている。
船がゆっくり曲がった。水路の景色が変わった。
桐島はしばらく、水面を見ていた。
水路の水は、どこへ向かっているのか。流れているのは確かだが、行き先がどこかを、桐島は知らなかった。湖に戻るのか、川に合流するのか。ただ、流れている。自分も、似たようなものかもしれない。
どこへ向かっているか、はっきりとはわからない。Jリーグが終わればどうなるか。代表がここで終わるのか、続くのか。この体がいつまで動くのか。一年後の自分がどこにいるかを、確かな言葉で言える人間ではなくなっていた。
かつて商社にいたころは、三年後、五年後の自分をある程度描けた。家族の話も、仕事の話も、先を見通して動いていた。しかしこの体になってから、遠くを見通す習慣が消えた。消えた、というより、流されることを覚えた、という方が近いかもしれない。
今は、流れに沿って流れ続ける。それだけでいい。
* * *
夕方、早めに切り上げた。疲れを残したくなかった。全員がそれをわかっていたので、誰も文句を言わなかった。
帰りの車は、行きと席が変わった。山岸と欧州組のFWが後部座席で眠った。桐島が運転し、助手席に宮内が乗った。これが「デート」の代わりになるのかどうか分からないが、まあそこは宮内の受け取り方に任せることにした。帰りはたわいない事だけを話した。
合宿地に戻ると、スタッフから知らせがあった。
決勝トーナメント初戦の相手が決まった。
E組を二位で通過したパラグアイだった。
山岸の顔が、一瞬変わった。三十六歳のベテランDFには、記憶がある。二〇一〇年南アフリカ大会、PK戦で日本がパラグアイに敗れた試合のことを。
山岸の顔で、その試合が何を意味するかはわかった。
「因縁だね」と桐島は言った。
これも一つの行きつく先なのかもしれない。




