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途切れた道のその先は  作者: 月の輝く夜に
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二つの顔

ワールドカップ本大会出場が決まってから、桐島への取材申し込みは倍以上になった。


所属チームの黒川は、元々はスカウトだったが桐島のメディア対応を一手に引き受けている。代表入りが決まった直後からアサインされた。取材交渉から声明文の調整まで、桐島の名前が外に出るものはすべて黒川の手を経ることになっていた。

黒川の元に届く依頼リストは毎日更新され、テレビ、新聞、雑誌、ウェブメディア、ポッドキャスト、ドキュメンタリー制作会社が並んだ。「異例の経歴を持つ代表選手」「移植手術からのカムバック」「四十七歳の記憶と二十歳の体」——見出しの言葉は媒体によって少しずつ違ったが、何を売りにしているかはどれも同じだった。


桐島の存在は、代表入り以前からある程度知られていた。移植を経てサッカーに復帰した選手というエピソードは、スポーツ紙やウェブ記事で断片的に報じられていた。しかしピッチに立つ桐島の映像が広く流れると、話の重さが変わった。二十歳の華奢で美しい姿、その中に宿っている四十七年分の経験とプレーとのギャップは、画面を通じても伝わった。視聴者の関心は一気に高まり、マスコミはワイドショー的に桐島の詳細な情報を求め、ドナーとなった女性の素性にまで追い始めた。


桐島はすべての取材を断った。コメントを求められたときは、自分の経歴や代表でのプレーについては答えた。しかしドナーに関することは、一言も口にしなかった。氏名も、年齢も、どんな人物だったかも。ドナーの情報が外に出ることを、何としても防ぎたかった。

ただ、ワールドカップ予選の熱は収まらなかった。サッカー協会側も、代表選手への取材要請をすべて封じ続けるには限界があった。黒川と協会が落としどころを探り、出た結論が一つの条件だった。サッカー選手としての軌跡に限定した内容であること。移植医療の倫理やドナーの情報には踏み込まないこと。その二点を満たすなら、ドキュメンタリー制作への協力に応じる、と。

受けたのは、スポーツ専門の映像制作会社が作るドキュメンタリーだった。製作期間は半年。完成したものは、本大会の前に放映される予定になった。

取材の過程で、一つのことが起きた。

製作会社が、桐島のかつての映像を見つけてきた。

映像は三本あった。

一本目は、三十年以上前の草サッカーの試合を撮った、個人の手持ちカメラの映像だった。画質が粗く、ピントが定まらなかった。桐島は当時十五歳で、ユニフォームではなく、学校の体操着を着て走り回っていた。

二本目は、四十歳頃に会社の同僚が撮ったフットサルの映像だった。屋内の体育館で、桐島はゴレイロを任されていたらしく、ゴール前でボールを弾いたり、声を出してコートを仕切ったりしていた。

三本目は、手術を受ける前年の、地域のシニアリーグ大会の試合映像だった。この映像だけは画質が鮮明で、ベストゴール集のような編集がされていた。四十六歳の桐島が、DF二人をかわしてシュートを打つ場面が三度あった。

製作会社のディレクターが、それをモニターで見せながら「この方が、今の桐島さんとは信じられない思いですが」と言った。

桐島はモニターを見た。

そこにいる人間を、知っていた。

知っているが、遠かった。写真の中の自分を見るような感覚と似ているが、あまりに遠い。声も聞こえた。映像の中の声が、確かに自分の声だった。しかし今の自分の声とは、高さも質も違った。自分でもあり、別人の声であるように感じた。

「流していいですか」とディレクターが聞いた。

「どうぞ」

映像が動き出した。四十六歳の桐島が走っていた。体が重そうだった。それでも、ボールを追う目の向き方が、今と変わっていなかった。ボールの行く先を、一手先に見ていた。その癖だけが、今もそのままだった。

ディレクターが「ここです」と映像を止めた。三本目の試合映像の、ゴールを決めた直後の場面だった。桐島がガッツポーズをしていた。周りの選手に背中を叩かれて、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。

その笑い方を、桐島は覚えていなかった。

自分がそういう顔で笑うということを、知らなかった。鏡の前で笑うことはなく、笑っている自分の映像を見る機会もなかった。だから初めて見た。四十六歳の自分の、くしゃくしゃの顔を。

何かが来た。

悲しいのではなかった。懐かしいのとも少し違った。ただ、遠い、と思った。あの体が遠い。あの声が遠い。あの重心が遠い。取り戻せないのに、取り戻したいと思う感覚があった。矛盾しているのはわかっていたが、そういうものだった。

「大丈夫ですか」とディレクターが聞いた。

「大丈夫です」

「続けますか」

「続けてください」

ドキュメンタリーの予告映像が、ニュースで流れた翌日から、反響が来た。

かつての草サッカー映像と、今の代表でのプレー映像を並べた数十秒の映像が、SNSで拡散した。再生数が、一晩で数百万回を超えた。コメントは様々だった。

感動した、という言葉が多かった。しかし桐島はその言葉を、少し距離を置いて受け取った。感動というのは、あくまで手術からリハビリを経て再生し、表舞台に立つまでの編集されたストーリーに対してのものだ。内側にいる者の感情は、もっと混濁していて、整理がつかないものだ。それよりも、予想してはいたものの、今の自分の容姿と似ても似つかないので、裏切られたという気持ちがあるというコメントが多くあった。


黒川から「反響がすごいです。コメントは見ない方がいいかもしれない」とメッセージが来た。

「見ています」と返した。

「大丈夫ですか」と更に返信が来たが、自分からそれ以上返信することはできなかった。


その夜、桐島は古いアルバムを出した。

引っ越しのたびに持ち歩いてきた、厚いフォトアルバムが二冊あった。最後に開いたのがいつかは覚えていなかった。手術の前後から、開くのを避けていた気がした。

一冊目を開いた。

子供の頃の写真が並んでいた。小学校の運動会、家族旅行、友人たちと撮った集合写真。そこに映っている真っ黒な少年が自分だという記憶は確かにある。しかし今の体との接続が薄く、まるで遠い親戚を見るような感覚があった。

二冊目に移った。社会人になってからの写真が増えた。会社の同僚との飲み会、恵子との初期の写真、拓海が生まれた病院での一枚、美鈴を抱っこしている写真。

その一枚で手が止まった。

美鈴を抱っこしている写真だった。生後三ヶ月くらいか、美鈴はまだ目もはっきり開かないような時期で、桐島は不器用そうに、でも慎重に、その小さな体を両腕で支えていた。カメラを向けた恵子に少し照れたような顔をしていた。

その顔が、映像で見たくしゃくしゃの笑い方と重なった。

あの体でしか、あの時間はなかった。

美鈴が生まれた日に戻ることはできない。それは当然のことだが、写真を見るとその当然が、具体的な重さになった。失った、という言葉は正確ではない。変わった、という言葉も足りない。続いているが、形が変わった。それが最も近かった。


アルバムを閉じたとき、桐島の中で、別の引力が動き始めていた。

かつての自分を見た。

では、葵はどんな人間だったのか。

葵の家族とは、会っていなかった。ドナーの個人情報は、原則として受け取ることができない。手術の前後を通じて、桐島が知ったのは、担当医から漏れるように伝わってきた二つの断片だけだった。名前が葵であること。バレーボールの選手だったこと。

それ以来、桐島は葵の家族に連絡を取っていなかった。取れなかった、というほうが正確かもしれない。二十歳の体を受け取って、今こうして代表のピッチに立っている。その事実が、ずっと喉に刺さっていた。感謝を伝えようとするほど、言葉が嘘くさくなった。葵の人生を受け取っておきながら、自分は何をしているのかという感覚が、連絡を取ろうとするたびに手を止めさせた。


実は、ドキュメンタリーの製作会社から一通のメッセージが届いていた。取材の過程で、葵の写真を見つけた、という内容だった。大学のバレーボール部の部誌と、地域の大会の記念アルバムから、数枚のスキャン画像を入手できたという。見るかどうかは桐島の意向に委ねる、と添えてあった。


自分が怖れているのは何か。葵の顔を知ることで、後ろめたさがさらに形を持つことか。それとも、知ってしまった後に、どう生きていけばいいかがわからなくなることか。


しかし今夜、アルバムを閉じたあとで、桐島はスマートフォンを手に取った。

製作会社から送られてきた画像を、開いた。

数枚あった。大学のバレーボール部の部誌から切り出したもの、地域大会の記念アルバムらしき集合写真。どれも画質は粗く、スキャンの歪みがあった。

最初の一枚は、試合中の写真だった。ネット越しにジャンプしている選手が、中央に大きく映っていた。添えられたキャプションに、葵の名前があった。

葵の顔を、桐島は初めて見た。


二十歳の、バレーボールの選手。それしか知らないのに最も自分に近い人間の顔が、そこにあった。ジャンプの頂点で、体をねじり、ボールを叩こうとしていた。美しかった。決して芸能人のような顔ではなく、あか抜けた感じもない。ただ、すっきりとした目鼻立ちに彩られた、細長い目が、まっすぐボールを見据えていた。

桐島はしばらく、その写真を見続けた。

見ながら、自分の左手を見た。

細い指。葵の指。その指が、今ここで自分のものとしてスマートフォンを持っている。

この指の持ち主が、あの写真の中にいた。ジャンプして、ボールを叩こうとしていた。その先に、どんな人生があったのか。何が好きで、何を笑い、誰と時間を過ごしていたのか。

知らない、という事実が、今夜は以前より重く感じた。

避けていたから、重くなった。避けていた間に、重さが積もった。

翌朝、桐島は葵の姉に連絡した。

姉の連絡先は、担当医を通じて伝えてもらったものだった。手術の後、一度だけ短いメッセージを送って以来、そのまま止まっていた。何度か文章を書きかけたが、送れなかった。送るたびに、言葉が薄く感じられた。

「突然、失礼します。桐島です。少し、教えていただけることがあれば、お時間をいただけますか」

返信は、思ったより早く来た。

「お待ちしていました」

その四文字を、桐島は何度か読んだ。

お待ちしていた。

いつから待っていたのか。何を待っていたのか。問い返す前に、続きが来た。

「葵のことを、聞きたいんですよね。来てください。話せることは、全部話します」

桐島はスマートフォンを置いた。

窓の外は、曇っていた。白い空だった。

葵がどんな人間だったか、もうすぐ聞くことになる。

それが怖いのか、怖くないのか、今の桐島には判断がつかなかった。ただ、行かなければならない、という引力があった。それに従うことにした。

*  *  *

その夜、桐島は再びアルバムを開いた。

今度は最初のページから、ゆっくり見た。

少年の顔。青年の顔。中年の顔。それぞれに表情があり、それぞれに文脈があった。どの顔も自分だった。だが、どの顔も、今の自分からは遠かった。


最後のページに来たとき、一枚だけ、ページに貼られていない写真が挟まっていた。

アジアカップの後、報道カメラマンが撮って送ってきた一枚だった。試合後のピッチで、桐島がスタンドに向かって手を振っている写真だった。中性化して若返った顔で、周りのがっちりしたサッカー体形のチームメイトに交じって華奢な手を振っている。

その顔が、今の自分の顔だと一番しっくりくる。これが今の自分だという自覚がある。


アルバムを閉じた。

過去の自分と、この体の持ち主だった人間と、今の自分。三つが、同じ夜の中に並んでいた。

重なることはない。しかし、それぞれがそれぞれの場所にある、ということがやっと理解できた。

まだ全ての整理はつかない。しかし、全てのものが今の自分に集約されている以上、この身体の持ち主だった葵の人生を自分が知らないということについて無責任であるように感じる。

ただ、葵の歩んできた人生を、知ろう。

それだけは、今夜決めた。


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