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奏界のエデン  作者: 雪菜
第一章

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第14話 ヴェルスーズの女王

 二人が連れて来られたのは、街の北に佇む白亜の宮殿。磨かれた大理石の壁が陽射しを受けて煌々と輝く、美しくも荘厳な外観を持つ宮殿は、内装も洗練されていた。


 少女は厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだと思ったのか、ウェルスーズの兵士の介入に早々に立ち去ってしまい、その事情は謎のまま。申し訳ないことをしてしまったけれど、成り行き上致し方なかった。


 荷物も剣も取り上げられ、謁見の準備が整うまで待つように言われたふたりは、応接間でくつろいでいた。


 といっても、向かいのソファに座ったルクレティアはそわそわと落ち着きがない。


「そんなに緊張しなくても、取って食べられたりはしないと思うよ?」


 見兼ねて茶化すと、ルクレティアはきょろきょろと部屋を見回して、心許なさそうに言う。


「……だって、こんなに豪華なお部屋は初めてなんだもの」


 ビロードのソファはふかふかで、手触りも座り心地もすばらしい。大きな窓からはたっぷりと陽光が差し込み、壁の白さを際立たせている。そよ風でゆれるレースのカーテンもテーブルにかけられたクロスの刺繍も品がよく、用意された紅茶も茶菓子も高級品だ。


 いたずらに吹き込んでくる爽やかな風は心地よくて、シオンにとっては居心地のいい空間なのだけれど、ルクレティアにとっては違うらしい。


「シオンは落ち着いてるのね」

「まあ、慣れてはいるからね。向こうではそれなりの身分だったし」


 入口に騎士の青年が立っているので帝国の名を出すわけにはいかず、濁して答えるとルクレティアはそうなのね、と相槌を打つ。


 スタンフォード家は帝国で公爵の地位を戴いていた。幼い頃から離宮に幽閉状態だったとはいえ、次代の担い手が生まれればシオンはお役御免となり家督を継ぐはずだった。なので、貴族としての教養と礼儀作法は徹底的に仕込まれたのだ。


 二人のあいだで帝国に関する話題はほとんど上がらない。聞かれたら答えられる範囲内で偽りなく話す覚悟はあるのだけれど、ルクレティアはシオンの出自に関することは尋ねてこないのだ。おそらくは気を遣ってくれているのだろう。


 部屋に侍女が顔を出すと、青年が一つ頷き、声をかけてきた。


「お待たせ致しました。陛下の下までご案内致します」


 促されて二人が立ち上がると、青年がルクレティアを制した。そして、申し訳なさそうに付け足す。


「陛下の御前にはシオンさまお一人で、と言付かっておりますゆえ。あなたさまはこちらでお待ちください」


 ルクレティアはすっかり緊張してしまっているし、ある意味ではありがたい。ただ、彼女をひとりで残すのも懸念があった。

 なぜ呼び出しを受けたのか。その意図がわからないままルクレティアを一人にして何かあっては困る。


 シオンの躊躇いを察したのか、青年がそっと付け加えた。


「ご心配なさらずとも、お連れの方に礼を失したことは致しません」


 相手の態度はどこまでも遜ったもので柔らかいけれど、結局のところ、シオンたちに選択権はないのだ。


「……わかりました。彼女をお願いします。それじゃあティア、少し話をしてくるから」


 取り残されることが不安なのか、瑠璃の瞳が物言いたげに見上げてくる。シオンはその小さな頭を軽く撫で、後ろ髪を引かれる思いを振り切って部屋をあとにした。



◆◆◆◇◆◇◆◆◆



 案内されたのは庭園だった。青年はここから先へはお一人で、と告げて下がってしまい、シオンは生垣でできた小道に沿って歩いていた。


 国花というだけあって、宮殿の庭園にもシルヴァリーの花が植えられているのか、薔薇の香りに混じって甘い匂いが漂ってくる。


 アーチをくぐると、花壇で飾られた広い芝地の奥に蓮池が見えた。石橋が掛かった池の中央には四阿が設けられている。白い大理石で造られた円形の台座を柱がぐるりと囲い、日除けの屋根を支えていた。


 小さな丸テーブルと椅子が向かい合うように置かれていて、そのうちの一つに紫色の髪を結いあげた貴婦人が腰掛けていた。青いドレスも、身につけた装飾品もすべてが高級品。


 橋のたもとまで進んだシオンは、その後どうするべきか迷った。立ち尽くしていては不敬と取られてしまう。しかし、作法によっては帝国の貴族の出だとバレてしまうかもしれない。天上人フィオルは帝国の貴族にいい感情を持たないだろう。面倒事はなるべくなら避けたかった。


 迷った末に、結局は女王に敬意を払うことを優先し、シオンはその場にひざまずいて頭を垂れた。それから、声が掛かるのを辛抱強く待つ。


「面を上げてくれ」


 降ってきた声は麗しくはあるが、男勝りだった。とはいえ、流石に威厳と気品が感じられる。


「初めまして。私がヴェルスーズの女王アウレラだ。会えて光栄に思うよ、空の調律師」

「もったいないお言葉、光栄に存じます。ヴェルスーズが太陽、女王陛下」


 こういった場は慣れてはいるけれど久しぶりで、かしこまった話し言葉は舌を噛みそうになってしまう。


 濃紫の瞳が細まった。


「発音が流暢だし、物腰も洗練されているね。君の素性は知らないけれど、家柄はよさそうだ。だが、性に合ってはいなさそうだね。楽にしてくれて構わないよ」


 そう言われても、女王相手に気安い態度など取れるはずもない。ひざまずいたまま、シオンは次の言葉を大人しく待った。


「突然呼びつけてすまなかったね。君をここへ招いたのは、飛行船での経緯を小耳に挟んだからなんだ。幻竜を退けた英雄の顔を、ぜひともこの目で見たいと思ってね」


 あの空での攻防は、すでに遠い日の出来事のように思えた。それだけのことでわざわざ騎士にシオンを探させたのだろうか。不審に思うと、女王は続けた。


「もしも私が君を宮廷付きの調律師として雇いたい、と言ったら……引き受けてくれるかい?」


 どうやら、それが本題だったみたいだ。調律師は貴重だし、称号を授与された者はある意味では王族よりも尊い宝。手元に置きたがる為政者は多い。


「身に余る光栄なお言葉ですが、僕には為さねばならないことがあり、一つ所に留まるわけにはいかないのです」

「この国に来た目的は、何かな?」

「陛下の不利益になるようなことではないかと」


 シオンが慎重に言葉を選ぶと、女王はくすりと笑む。それから、ゆるやかに首を横に振った。


「ああ、誤解しないでくれ。君の腹を探りたいわけじゃないんだ。あの飛行船には我が民も多く搭乗していた。君が居合わせなければ帰らぬ者となっていただろう。私なりに礼をしたいんだよ。何か力になれないかと思っているんだ」


 社交辞令に過ぎない言葉だと思うけれど、咎めるつもりがないのであれば別段隠すようなことでもないだろう。


「僕は魂の竜(エインヘリヤル)の伝承を求めてこの国に参りました」

神曲聖歌アステルト・ノートか。懐かしい響きだ。求めてどうするんだい?」

「調律師が伝説の楽譜コードを追うことに、理由が必要でしょうか?」


 尋ね返すと、アウレラはくすくすと上品な笑みをこぼす。


「なるほど、正論に違いない。いまのは私が無粋だったね」


 す、とシルクの手袋に包まれた指が遠く彼方を示した。反射的に目で追うが、視界に入るのは緑が目に優しい自然と青空にゆったりと流れていく雲だけ。


「ルクシーレの東に、エーテル濃度が極端に濃い水晶谷エーテル・ケイアと呼ばれる洞窟がある。その最奥に魂の竜(エインヘリヤル)が眠っている、という伝承が残されているんだ」


 いきなり詳細な場所まで知れるとは思わなかったので、シオンは息を呑んだ。


「魂の竜が? 事実なのですか?」

「さあ、どうだろう? 私が知る限りでは実際に見たものはいないから。けれど、水晶谷エーテル・ケイアの伝承が伝わっているのは事実だよ」


 九百年ものあいだ謎に包まれている楽譜なのだ。当然と言えば当然の答えなので、シオンは特に落胆はしなかった。すると、女王は眉根を寄せた。


「……ただ、気をつけるといい。磁場が狂っているせいで方向感覚がなくなるのか、それほど深い洞窟でもないのに行方知れずになる者もいる。今は封鎖しているから滅多にないけれどね」


 憂いげにそうこぼしたあと、シオンに向けて微笑む。


「もし水晶谷エーテル・ケイアに向かうのなら、私が立ち入りを許可し、兵に足を用意させよう。洞窟まで送らせるよ。大した距離ではないけれど、歩いて行くのを進めるのは忍びないからね」

「そこまでして頂くわけには――」

「言っただろう? 礼がしたい、と。大したものでもないけれど、力になれるのなら光栄だよ。それに、称号を持つ調律師に恩を売るのは悪くない」


 シオンが辞退しようとすると、アウレラは朗らかに笑んでそんなことを言う。


 何かが引っかかった。だが、それが何かまでははっきりとしなくて、シオンはもやもやとした気持ちを抱えてしまう。


 話がうまく行き過ぎているから、不安に思えてしまうのだろうか。


 もし魂の竜(エインヘリヤル)が実在するのならば、それがどのようなものでも女王はシオンの手に渡るのは良しとしないだろう。しかし、そもそも神曲聖歌の伝説を信じていない可能性のほうが高いし、本気で見つかるとは夢にも思っていないに違いない。


 シオンとしては別に空振りでも構わないのだから、行くだけ行ってみるのは悪くない。当初の予定ではヴェルスーズの伝承を調べ上げ、片端から当たって行く算段だったのだ。候補が早々に挙がるのは、悪い話ではないのだから。


 考えた末に、シオンは胸の奥のざわめきを押し殺し、深くこうべを垂れ、陛下のお心遣いに感謝致します、とその申し出を受け入れた。

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