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奏界のエデン  作者: 雪菜
第一章

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第15話 水晶谷に眠るモノ

 宮殿を出たシオンたちは宿でチェックインを済ませ、荷物を整理して旅支度を整えると、ルクシーレの東門へと向かった。

 

 女王の計らいでヴェルスーズの兵が駆動四輪車ヴィークルを走らせることほんの三十分ほど。


 ルクシーレの東には、砂色の山脈が広がっていた。裾野は深緑色の苔に覆われ、低木もまばらに見えるがほとんどは岩と砂ばかり。円錐形の連なった岩山のひとつに、ぽっかりと大口を開けた洞穴があった。

 あれが、水晶谷エーテル・ケイアと呼ばれる洞窟みたいだ。穴の奥からは仄かな光が漏れ出ていた。


 街までは大した距離でもないし、探索にどれほどの時間がかかるかわからなかったので徒歩で帰る旨を伝え、兵士と別れた二人は穴の中へと足を踏み入れた。


「わ、あ……」


 洞窟に入った途端に、ルクレティアが感嘆の声を上げた。シオンもまた、息を呑む。


 天井や岩壁。そして地面には青白い光を放つ水晶がいくつも突き立っていた。切り出して形を整えれば譜面石になるそれは、エーテルの結晶。長い年月をかけて岩肌に染み込んだエーテルが飽和してしまっているのか、洞窟内は青い粒子が火の粉のように舞っていた。


 そのため、視界が効く程度に洞窟の中は明るい。


 ふと女王の言葉を思い出したシオンは、ズボンのポケットから銀色の方位磁針を取り出した。上蓋には竪琴を構えた女性のレリーフが施されており、開けると蓋の裏側に『空の調律師』と刻まれている。


 オルラントで七人しか持つ者はいない、特別な称号を与えられた証。


 針はくるくると回っていて、一向に方角が定まらなかった。


「……本当だ。磁場が狂ってる」

「道に迷ったら、困ってしまうわ」


 広い空間に、空いている横穴はひとつだけ。いまのところは一本道だけれど、奥が入り組んでいたらルクレティアの危惧するとおりになってしまうだろう。


「分かれ道があったら、目印を付けて進むしかないかな」


 そこかしこに突き立つ水晶に傷でも付ければ、何とかなるだろう。


 進んでいくと、薄ぼんやりとした光に照らされていた洞窟内はだんだんと明るさがくっきりとしていき、その分だけ、舞い散る粒子も増えていった。エーテルの濃度はどんどん濃くなっていく。


「シオン、大丈夫?」


 隣を歩くルクレティアが不安そうに見上げてきた。エーテルへの完全な耐性を持つ彼女は問題ないが、シオンはそうもいかないからだ。


「まだ平気だよ。少し体がだるいくらい、かな。でもこれ、天上人フィオルでもキツそうな濃度だね。かなり濃い」


 調律師はエーテルへの耐性が高いものが多い。その中でも空の竜(ラグナロク)の加護を受けているシオンだから平気なだけであって、エーテルへの耐性が薄い地上人ドルイドならすぐさま昏倒してしまうほどの濃さだった。天上人でも長居すれば意識がもたないだろう。


「どうしてこんなにエーテルが濃いのかしら?」

「わからないけど、魂の竜(エインヘリヤル)と関係があるのかもしれない」


 空気中のエーテル濃度が極端に高い例として、空の境界(アステルト・ベルト)がある。エーテルが状態変化すると、新たなエーテルが生まれる。その結果一時的に周囲の濃度が増し、浮遊大陸を支える浮力を生み出すために常にエーテルが状態変化を繰り返している空の境界の濃度は、計り知れないのだ。


 では、この洞窟はどうなのだろう。


 水晶谷エーテル・ケイアと呼ばれるこの洞窟の様相は異常だ。譜面石が採掘できる鉱山でも、ここまでエーテルの濃度は高くないと聞く。

 空振りに終わる可能性が高いと思っていただけに嬉しい誤算だけれども、気になることもあった。


 女王が言っていたとおり、内部構造はさほど入り組んではいなかった。枝分かれした道もあるけれど、すぐに行き止まりに突き当たるため迷うこともない。ほぼ一本道に近い。


 だからこそ行方不明者が出る、という言葉が不可解だった。意識を失って行き倒れてしまうことも考えられるが、普通ならその前に引き返しそうなものだけれど。


 色々なことを考えながら黙々と通路を進んでいると、赤い光が遠くでちらついた。ルクレティアと顔を見合わせ更に近づいていくと、突き当たりの岩壁に洞穴ができていた。


 穴を潜ると、水晶谷の最深部らしき場所に到着した。空間はとても広く、天井には大穴が空いており、そこから差し込む夕日が水晶を輝かせている。


 シオンの身の丈を越す巨大な結晶があちこちに突き立つ空間の奥地には、とある生物が眠っていた。


 羽を折りたたみ、黒光りする鱗に覆われた巨躯と尾を丸めたその姿は、間違いなく竜。


「あれが、魂の竜(エインヘリヤル)?」


 こぼれ落ちたルクレティアの囁きに刺激されたかのように、沈んでいた竜の頭がゆっくりと持ち上がった。


 遠くから、赤い瞳が無感動にふたりを見下ろした。視線が絡むと、凪いだ瞳にギラギラと宿るものがあった。それは、燃えるような殺意。


 どくり、と鼓動が跳ねた。それは、死への恐怖から来る警鐘。


 ――これは、まずい。


 魂の竜(エインヘリヤル)などではない。シオンは直感で悟った。


「違う、幻竜だ……っ!」


 シオンの叫びに呼応するかのように幻竜が頭上を見上げ、咆哮を上げた。


 ビリビリと地面が振動する。倒れかけたルクレティアを抱き留めると、空気がうねるような感覚が肌を刺した。

 空を見上げると、空間が歪むように揺らぐ。紅に染まりつつある空に亀裂が走ったような錯覚を感じた後に、赤い点が生まれた。空に浮かんだそれはみるみる迫り、天井に空いた大穴めがけて飛来する。


 烈風が二人の身体をなぶった。髪と衣服が煽られるなかで現れたのは、眠っていた幻竜よりもふた回りほど小さな二匹の赤い竜。

 その内の一匹が入り口を塞ぐように舞い降り、もう一方は巨大な幻竜を守るように降り立つ。


「……っ、どうして幻妖種ニーズ・ヘッグが空にいるのっ?」


 ルクレティアの疑問は当然だ。答えはわからないけれど、腑に落ちた点もいくつかあり、シオンは内心で舌を打った。


 ――やられた。


 女王の涼しげな美貌を脳裏に浮かべ、歯噛みする。


 思い返すのは、街に設けられていた防壁。頑丈な壁は、外敵から市民を守るためのものに違いない。女王が知らなかったとは思えない。

 飛行船での一件を聞き、幻竜を退治させたかったのだろうか。わからないけれど、悪態を吐く余裕もないし、こんなところで死ぬつもりもなかった。

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