39.緊張って大事だからなるの
メントルを若くしたらこうなるだろうと思うくらいオンラードは、メントルに似ていた。しかしメントルとは、雰囲気が違い硬質で生真面目な表情をしている。
「オンラード、元気そうだね。僕がお嫁さんを連れて来るまで結婚しないと言っていたけど、連れて来たんだから君もいい加減結婚してね」
「旦那様、そうは言われましてもすぐに結婚相手は見つかりません。それに旦那様に忠誠心が高く面白みのない私の妻になりたいものなどそう簡単におりません」
オンラードが言うと後ろに控えたメイド達が何か言いたげだった。熱い視線をオンラードに向けている所を見ると思いを寄せているようだ。
エルメスが微笑ましいと思っていると、メイド達と目が合ったので頑張りなさいと頷いた。
「まぁまぁ、男性は仕事熱心で真面目な人が一番ですわ。ねぇ、エイダー?」
「僕のことですか。ふふっ、貴女に褒められるのは嬉しいですね」
エイダーの頬が少し赤められたのが可愛らしい。可愛いというのが男性に対して褒め言葉ではないとわかっていてもそう思う。
「仲が良さそうで何よりです。夕の食事はどう致しますか」
「外で食べますよ。エルメスもです」
「かしこまりました」
部屋に入り人払いすると大きなため息が漏れた。知らず知らずのうちに緊張で息を詰めていたようだった。
「何に緊張しているのかしら私」
格下だと無体にされたわけではない。それに歓迎してもらっているのを理解している。ここまで緊張する理由が出てこない。
ノックが聞こえたので身なりを整えるとエイダーがお茶を持って立っていた。
「緊張していたようだからお茶で一息入れませんか。今回は、美味しいお菓子もありますよ」
「綺麗ね」
一人用らしい小さいフルーツタルトで目で見ても楽しい。
「お茶もどうぞ」
「悪いわエイダー」
エイダーが目の前でお茶を淹れようとするので止めたがやめなかった。カップから漂う湯気からお茶の香りが引き立ち、力んでいた肩の力が抜けた。
「ありがとう。美味しそうだわ」
「そう言って貰えると料理人も喜ぶよ。そして僕もね。これから共に過ごすんだから無理せず少しずつ慣れて欲しいとみんな願ってるんだ」
「それは貴方が優しいからだわ」
アフェクシオン領で花のように大事にしてくれているからこそ怖いのかもしれない。世間の評価では、出戻りで子どもがいない令嬢なのだ。
「君もね。僕を大事にしてくれている。お互い大事に出来るなら怖いものが減って行くと思います」
「詭弁だわ」
「そうですね。お腹が空いたので一緒に食べませんか。ほら」
エイダーは、タルトを一口大に切り分けるとエルメスに差し出した。戸惑っているとタルトを唇に押し当てられたので食べた。酸っぱいベリーとカスタードの甘さが美味しい。
「美味しいでしょう? 以前ボレにベリーが好きだと言っていたからボレがここの料理長に君がベリーが好きだと伝えていたらしい」
「そうなのですか」
「君は、君が思っている以上に味方や助けたいと思っている人がいるんですよ。でも君は自立心が強い人だからあえて見ています。だから助けてほしい時は、助けてと言ってください。多少遅くても解決します」
馬鹿正直に答えるエイダーを見てだいぶ心が軽くなった。
「多少遅いって変ね。そこは、すぐにと言う所でしょう」
「多少遠回りしても確実に助けられるようにしたくて。それに前、君に言われた通り領主として領地を守る責任がある」
「えぇ、私はそう願ったわ。もう大丈夫、頑張れるわ」
淑女らしからぬ満面の笑みをかえすとエイダーも安心したように笑った。
それからしばらくして食事に行く時間になり移動した。一体どこに行くのかと思いきや個室があり美味しいと貴族御用達のお店だった。以前牛肉の卸先として店主と顔を合わせたこともある。
「懐かしいわね」
牛肉料理の試供品を出してもらうことが多く。非常に良い意見だと喜ばれていた。
隣を見れば複雑な表情を浮かべているエイダー。前夫と来たことがあると思ったのだろうか。
「来たことがありましたか」
「仕事でよ。…意外に嫉妬深いのね」
「貴方に対してですから」
照れ隠しなのか顔を背けるエイダーをからかいながら進むと。店の中でも一番広く豪華な一室に通された。
そして帝国民なら大抵の人が知る人物が座っていた。
成人を迎える前にも関わらず自信に満ちた表情。帝国一の美姫と謳われた相貌を受け継いでいる。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
「非公式の場だから寛いでよ。せっかく美味しい料理も準備してもらったんだから」
スルファム帝国帝位継承権第一位ナルソス。エルメスは、かつて伯爵家のマナー教師の言葉を思い出し背筋を伸ばし顎を引いた。
「さぁ、テーブルへ取引をしよう」




