負けヒロインにあーんされる
「はい、あーん?美味しい勇人?」
「美味しいよ、夏海」
おいおい、まじかよ。まさかこのタイミングでお前ら現れるのかよ主人公と勝ちヒロイン。
いや、ここに居るのは知っていたが遭遇するとは夢にも思わないだろう。しかも、この最悪なタイミングで。
どうやら、神様は負けヒロインに対して冷た過ぎるだろ。これじゃあまりに彼女が可哀想だ。
そう思った俺は水瀬の様子を窺うと案の定水瀬は下を向いて俯いていた。
「……水瀬……この席離れよう。ほら、あそこの席とかどうだ「…ここでいいよ」え?」
俺がそう言って席を立とうとしたところを水瀬は俺の服の端を掴んで止めた。
「……今逃げたら、ダメな気がする。何故かそんな気がするの」
水瀬はそう言って何か覚悟を決めたような顔で俺を見つめた。
「……本当に良いのか?」
俺は水瀬の意思を確かめるように彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返して問う。
「うん……完全にとは言えないけどもう大丈夫」
「…………はぁ、分かったよ。だがキツくなったら言えよ?俺はまだ無理して進むべきじゃないと思うけど、水瀬が必要だと思うなら俺はその意思を尊重する」
彼女の瞳を見ていると嘘は感じられなかった。俺は長い間思考したのち折れた。
この選択は俺個人としてはベストとは言えない。けれどそれはあくまで俺の意見だ。そこに彼女自身の意見は含まれていないのだから水瀬がどうしようか決めたところでこれ以上口を出すのもヤボってもんだ。
彼女が自分の足で前に進もうとしているのだ、それを応援するのがファンであり友人である俺のするべきことだろう。
「……ありがと、湊川君」
そういった彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「別にこれくらいは普通だ」
「そっか、じゃあ食べよう。折角優勝したんだからしんみりした雰囲気で食べるのは違うと思うし」
「そうだな、いただきます」
「いただきます」
俺達はお互いに手を合わせ、合掌をすると取って来た料理に箸を伸ばすのだった。
◇
「それ美味しいそうだな」
「うん、美味しいよ!このパフェに入ってるイチゴクリームと生クリームがいい感じの甘さでフルーツの味を殺していなくて無限に食べられそうだよ」
俺達は、先ほどまでの暗い雰囲気がまるで嘘だったかのように和やかな時間を過ごしていた。
最初はしょうもない小学校の時にあったあるある話しから修学旅行どこに行ったとかそんなしょうもない話でも、これが案外面白くって、マンガの回想シーンでは描かれていなかった話が、多く俺が知らなかった彼女の新たな一面をすることができて楽しかった。
俺の方は水瀬が気になっていたことを聞かれた。
何でそんなに卓球が上手いのか、特殊な練習とかはしたのか卓球はいつ頃始めたのかと卓球のことばかり聞かれた。
なんの面白味もない話しか出来なかったけど、水瀬はニコニコと楽しそうに話を聞いていたので彼女の期待には応えられたのだろう。
水瀬が堺達の方を気にしながら話すことは無くなっていた。
そして今は、料理を食べ終えた後の食後のデザートを食べている。
俺は何故か食べ放題のところにあったハーゲンダッ◯のイチゴ味を小さいカップ二つ分くらいの量を取り食べている。
水瀬は春休みの期間限定で出されている小さめのイチゴをふんだんに使ったパフェを幸せそうに頬を緩めながら食べていた。
俺はそのパフェを取ればよかったなーと水瀬が食べているのを眺めながら考えていると、水瀬が俺の視線に気づいたのか顔をこちらに向けた。
「湊川君、もしかしてこれ食べたいの?」
「いやぁ、まあそれだけ美味しそうに食べてたら誰だってどんな味かは気になるだろ?」
「それもそうだね、でもこれ私が取って来たので最後だからもうないんだよね」
そう言って彼女は視線を空になっているガラス張りのクーラーに目を向ける。そこには俺たちの高校の生徒が遠慮なく取るせいで何一つ残っていない悲しい空間になっていた。
「別に今度食べればいいから、気にすんなよ」
水瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべているので、俺は気にするなと伝えアイスを口に入れた。
「はい、あーん夏海美味しい?」
「うん、このデザートも絶品ね」
そして相変わらず空気の読めない主人公たち、何そんなこと周りの奴らがしていたら水瀬が気にしてしなくちゃいけないみたいな感じになるだろ。
「ねぇ、湊川くん///私達ってもしかしてカップルに見えるのかな?」
ほら、見ろ水瀬がパフェのスプーンを握って赤面しながら俺に聞いて来ただろ。やめてくれ彼女がいたことのない俺はこう言った場面どう答えていいのか分からないんだ。
「///周りの奴らにはそう見えるんじゃないか?知らんけど」
そう言った俺もそっぽを向く。言っていて恥ずかしい。本当どうしたらいいんだよ!
誰か教えてくれ!
「じゃあさ、///あーん、とかした方が良いのかな?」
「さ、さぁどうなんだろう俺達はカップルじゃないし別にしなくてもいいんじゃないか」
「でも、周りの人がみんなしてるし一回くらいどうした方が///」
「いや、でもこれはお互いに好きあってる奴がすることで」
「湊川君は私のこと嫌いなの?」
その聞き方はずるいだろ。
「///嫌いじゃない……」
「私も…………じゃあ、いくよ。あ〜ん///」
そう言って水瀬はスプーンでパフェをすくい、俺の口にスプーンを近づける。
周りの空気に呑まれてすることになったが、いざするとなるともの物凄く恥ずかしい。まるで体中の血が沸騰しているように熱く火照っている。
俺は出来るだけ早い方が良いだろうと思い一思いに食べた。
「どう?///美味しい」
「///恥ずかし過ぎて良くわからん」
俺は顔を見られたくなくて、腕で顔を隠し俯いた。本当に恥ずかしい。
「じゃあ、もう一回する///?」
「いや、遠慮しとくこれ以上は///俺が保たない勘弁してくれ」
「そっか」
こうして、俺は二度目の人生にしてようやく美少女からの初あーんは終わった。
感想?とりあえず味は感じられなかったとだけ言っておこう。
初々しいなぁー(砂糖吐きながら)